漫画界の「ニューウェーブ」とはなんだったのか? 70年代パンクブームに通ずる、曖昧で革新的なムーブメント

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2025年12月11日 13:00  リアルサウンド

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『槐と優』(諸星大二郎/怪と幽COMICS)【左】ほか

 別に示し合わせたわけでもないだろうが、このところ立て続けに、かつてあるムーブメントの担い手とされていた漫画家たちの新刊が発売されており、いずれも力作である。


【画像】大友克洋、『浦沢直樹の漫勉neo』に登場


 具体的にいえば、諸星大二郎『槐と優』、星野之宣『宗像教授世界篇』(7)、いしいひさいち『ROCA』、近藤ようこ『家守綺譚』(原作・梨木香歩)、高橋葉介『夢幻紳士 猟奇篇』、そして、2022年1月の第1回配本以来、着実に巻を重ねている『大友克洋全集』(最新刊は、『Animation STEAMBOY Storyboards 2』)などのことだが、一見バラバラな作風のこれらの表現者たちは、その昔「ニューウェーブ」と呼ばれ、コアな漫画ファンたちから注目されていたという点において、つながりがある(「ガロ三人娘」の1人とされていた近藤ようこは、これまであまりニューウェーブの文脈で語られることはなかったかもしれないが、その独特な作風や、後述する雑誌の執筆者でもあったことなどから、入れた)。


 なお、日本の漫画における「ニューウェーブ」とは、70年代末から80年代初頭にかけて、少年漫画と少女漫画、あるいは、既存の商業主義的な漫画の枠組にとらわれず、新しい表現を模索していた漫画家たちとその動向を指す。前述の漫画家の他は、高野文子、吾妻ひでお、さべあのま、ひさうちみちお、宮西計三、ますむらひろしなどが、「ニューウェーブの作家」として分類された。


■「ニューウェーブ」というムーブメントはなかったのか?


 とはいえ、だ。先にも述べたように、これらの漫画家たちは、一見バラバラな作風の表現者たちであり、「手法」としての共通点をニューウェーブというムーブメントから見出すのは難しい。


 強いていえば、「マンガ奇想天外」、「漫金超」、「少年少女SFマンガ競作大全集」、「Peke」、「JUNE」といったマイナー誌で描いていた“絵の上手い”作家たちによる動向、ということになるのかもしれないが、いま述べた雑誌群が創刊される前から、「ガロ」や「COM」といった実験的な漫画誌は存在しており――仮に後者が1971年に休刊しなければ、ニューウェーブの作家たちの受け皿の1つになっていた可能性は充分あるが(※)――それら既存2誌の描き手たちとの差異を明確にするのはやや難しい。
※たとえば、諸星大二郎は「COM」の掲載歴がある(「ジュン子・恐喝」)。


 じっさい、私(1969年生まれ)より上の世代の漫画評論家たちのニューウェーブに対する評価はあまり芳しいものではなく、「結局のところ、ニューウェーブとは、70年代末から80年代初頭にかけて、マイナーな雑誌で執筆していた個性的な漫画家たちを“なんとなく”一括りにしたもので、ムーブメントと呼ぶには曖昧すぎる」といった見解の持ち主が少なくないようだ(もちろん肯定している人もいるが)。


 これは、90年代に入ったとたん、ある種の「識者」たちが、「80年代はスカだった」といったことと同じで、じっさいにリアルタイムで、ニューウェーブをはじめとした80年代カルチャーから多大な影響を受けた私のような人間にしてみれば、ちょっと寂しいものがある。


■マイナーな領域から、既存の表現を革新しようという熱い心意気


 ただ、日本の漫画におけるニューウェーブが、「曖昧なムーブメント」だったということは認めよう。たとえば、諸星大二郎と星野之宣なら比較可能だが、大友克洋と高橋葉介を表現者として一括りにするのは、やはり無理があるように思える(「高橋葉介→諸星大二郎→星野之宣→大友克洋」という流れでなら、一応の「分析」はできるかもしれないが)。


 しかし、(私は漫画と同じくらい音楽も好きなので、こういう譬え方しかできないが)70年代半ば、「パンク」のムーブメントが英米の音楽界を席巻したが、たとえば、セックス・ピストルズとクラッシュとダムド、あるいは、ロンドンのパンクバンドとニューヨークのパンクバンドでは、それぞれまったく異なる「音とファッション」なのだ。にもかかわらず、「パンク」というムーブメントはたしかに「あった」わけで、それと同じように、日本の漫画のニューウェーブにも、なんらかの共通する方向性や時代性はあったのだと私は思う。


 それは、ひと言でいえば、マイナーな領域から、既存の表現を革新しようという熱い心意気であり、部分的には、その試みは“成功”しているといえよう。


 たとえば、80年代の半ば以降、メジャー誌の少年漫画・青年漫画のリアリズム表現は、かつての「劇画」的なリアリズムから、大友克洋的なリアリズムへと「革新」されたといえるし(劇画の流れは、原哲夫あたりが継承したともいえるが)、アンダーグラウンドの世界では、一部のエロ劇画誌や自販機本がニューウェーブの作家を積極的に起用していた時期があり、そうした流れが、岡崎京子(1983年デビュー)のような異才を世に送り出すきっかけにもなった。


 前述のように、ニューウェーブというムーブメントは、80年代の初頭にはいったん収束したものとされている。しかし、その担い手たちが蒔いた種は、のちに「ヤングマガジン」や「ビッグコミックスピリッツ」といったメジャー誌に受け継がれ、ある意味では、現在も「漫画」という表現ジャンルを超え、サブカルチャー全般に大きな影響を与え続けている。また、本稿の冒頭でいくつかの「新刊」のタイトルを挙げたとおり、彼ら自身、40年以上経ったいまでもバリバリの「現役」である。


 そう、“新しい波”は、まだまだ引いてはいないのだ。


(文=島田一志)



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