限定公開( 3 )

第一回で大企業の新規事業開発における「実行の壁」と、第二回でそれを乗り越えるための「外部ネットワーク」の重要性について説いてきた本連載。第3回となる今回は、ビジネスの現場で急速に普及が進む「生成AI」に焦点を当てる。
新規事業という不確実性の高い領域において、生成AIは単なる効率化ツールにとどまらない。それは、顧客理解を深め、デザインプロセスそのものを変革する強力なパートナーとなり得る。最新の研修講義などの実例を交えながら、現場で起きている変化と具体的な活用法について解説する。
●社内の新規事業デザインの現場――「飛び地」から「重点領域」へ
これまでの連載でも触れてきたが、前段として大企業における新規事業のトレンドの変化に触れておきたい。 ここ数年の変化を振り返ると、企業の戦略は明らかにフェーズが変わっている。
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2016〜2023年頃まで、多くの大企業では「飛び地」を含めた全方位での新規事業検討が推奨されてきた。オープンイノベーションの掛け声のもと、既存事業の枠にとらわれない斬新なアイデアが求められ、数多くの社内ビジネスコンテストが開催された。しかし、そこで生まれたアイデアの多くは、既存のアセットを生かしきれず、結果として社内の理解や協力を得られないまま、小粒な成果にとどまったり、PoC止まりで消えていったりするケースが散見された。
こうした反省から、2024年頃以降のトレンドは明確に「自社の強み・リソースの活用」へと回帰している。「飛び地」はM&Aやスタートアップとの連携に任せ、自社で取り組む事業は、既存事業との親和性が高く、自社の強みをレバレッジできる領域に注力する。これが、大企業における「勝ち筋」として再認識され始めているのだ 。
この「強みへの回帰」において、イントレプレナーはどのような視点でアイデアを探すべきか。全くの更地から考えるのではなく、「資源(自社とパートナーのリソース)」「自社の技術」「現場(顧客・社会課題)」という3つの起点から事業機会を探索するアプローチが主流となりつつある。既存の知識、既存のアセットを使うことで単純に成功確率を高めることができる。
これに伴い、イントレプレナーに求められる資質も変化している。単に起業家的な突破力を持つだけでなく、社内の文脈を理解し、既存の強みを新しい価値へと転換できる人材が求められているのだ。
こうした現場の変化に加え、生成AIの登場が新規事業デザインのプロセスを劇的に変えつつある。
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●生成AIの波及とワークショップの変遷
象徴的なのが、顧客理解やアイデア創出を目的としたワークショップの風景だ。これまで、新規事業のワークショップといえば、参加者が壁一面に大量のポスト・イットを貼り出し、ブレインストーミングを行う光景が一般的だった。これは、テクニカルな発想手法を用いて「発想する行為」そのものに焦点を当てた、いわば「狭義のアイディエーション」である。
しかし、これからの時代に求められるのは「広義のアイディエーション」だ。これは単なる発想にとどまらず、「探索(Explore)」「調査(Research)」「分析(Analyze)」「定義(Define)」といった、アイデアを生み出すための強固な基盤形成を含むプロセス全体を指す。
従来、この「広義のアイディエーション」の前半部分、つまり市場調査や顧客インサイトの分析には、膨大な人的リソースと時間が投下されてきた。デスクリサーチに数週間、インタビューの設計・実施・分析に数週間……。この重たい作業が、新規事業のスピードを鈍らせていた一因でもあった。
生成AIは、このボトルネックを劇的に解消する。市場データの収集から、競合分析、そして顧客ペルソナの生成まで、AIは瞬時にたたき台を提示してくれる。「ポスト・イットの山」を作って満足するのではなく、AIと共にプロセス全体を高速で回し、仮説検証のサイクルを短縮することができるのだ。
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●生成AIに踊らされるのではなく、「正しく使う」ためのメソッド
しかし、ツールが強力であればあるほど、使い手の「問いを立てる力」が問われる。現場では、生成AIが出した答えをうのみにしてしまったり、浅い質問で陳腐な回答しか得られなかったりするケースも散見される。重要なのは、デザインプロセスの中にAIを適切に配置することだ。
具体例として、アドライトで実践されている徳久悟氏(九州大学大学院 芸術工学研究院 ストラテジック部門 准教授)による講義でのメソッドを紹介する。
一つは、顧客理解の第一歩であるインタビューにおける生成AIの活用例だ。これまでは対象者を探し出すだけで数週間を要していたが、最新の現場では生成AIを活用した「バーチャルインタビュー」が実施されている。「地方在住の20代・製造業勤務・初期費用を抑えて車を利用したい」といった属性を指定しペルソナを生成した上で、AIに仮想のインタビュイーを演じさせる。そこに仮説に基づいた質問を投げかけることで、初期段階の顧客インサイトを瞬時に、かつ大量に得ることが可能になった。
もちろん、これはあくまでシミュレーションであり、最終的には生身の人間への検証が不可欠だ。しかし、ゼロから手探りで調査するのと、AIによる「壁打ち」を経て精度の高い仮説を持って挑むのとでは、到達するスピードと深さが全く異なる。
もう一つの例は、考案したサービスアイデアをブラッシュアップする際の活用例だ。ブラッシュアップのプロセスにおいても、AIは強力なパートナーとなる。ここではAIを「ライター」ではなく「レビュワー(評価者)」として起用するのがコツだ。
自身が考案したサービスコンセプトに対し、AIに「投資家の視点で論理的整合性をチェックして」「ユーザー視点で競合との差別化となるポイントを評価して」と指示を出す。するとAIは、忖度なしの辛口フィードバックを返してくる。「収益化のロードマップが甘い」「競合他社との差別化が不明確だ」といった指摘は、時に耳が痛いものだが、社内の会議にかける前に論理の穴をふせぐ絶好の機会となる。
また、カスタマージャーニーマップの作成においても、AIに「たたき台」を作らせる手法が有効だ。ステージ、ステップ、タッチポイント、思考、感情、ペインポイントといった構成要素を指定し、ドラフトを生成させる。人間はそのドラフトを眺めながら、顧客体験を最適化するための機会を発見することに集中する。
●人間本来の深い思考の時間を取り戻すチャンス
生成AIの活用が進むことで、私たちは「作業」から解放されつつある。情報の収集や整理、ドキュメントのたたき台作成といったタスクは、AIが得意とする領域だ。これによって生まれた余剰時間を、人間は何に使うべきか。
それは、本来人間が担うべき「発見」「思考」「判断」、そして「意思決定」である。 AIが生成した数十人のバーチャルインタビュー結果から、数値には表れない人間の機微や本質的なインサイトを「発見」できるか。AIからの辛口レビューを受け止め、それでもこの事業をやる意義は何なのかと「思考」を巡らせることができるか。そして最終的に、リスクを負ってでもGoサインを出す「判断」と「意思決定」ができるか。これらは依然として、人間にしかできない高度な知的生産活動だ。
生成AIという強力なパートナーを得たことで、新規事業に挑戦するハードルは以前よりも下がっているといえるだろう。専門的なスキルや膨大なリソースがなくても、アイデアと情熱、そしてAIを「適切に使う」リテラシーがあれば、誰でも事業創造のスタートラインに立てる環境が整いつつあるのだ。
恐れることなく生成AIをパートナーとして迎え入れ、使い倒すこと。そして、人間は人間本来の深い思考と意思決定に時間を使うこと。それが、これからの新規事業を成功に導く鍵となるはずだ。
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