「学校トイレで暴行」の動画拡散、SNSで個人特定に 法的な観点からの指摘も

208

2026年01月07日 16:31  ITmedia Mobile

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia Mobile

栃木県の高校の男子トイレで起きた暴行動画がSNSで拡散され、一方的な暴力の悲惨さが大きな騒動となった(出典:過去記事「我が子が“迷惑動画”を投稿するとどうなるのか 親子で約束してほしい3つのこと」)

 栃木県内にある高校の男子トイレという密室に近い空間で、目を疑うような暴力が繰り広げられた。その様子を収めたスマートフォンによる動画がSNS上で拡散され、日本中の注目を集める大きな騒動へと発展している。映像には、一人の男子生徒が別の男子生徒に対し、逃げ場のない場所で一方的に殴打や蹴りを浴びせる悲惨な光景が映し出されていた。この動画がSNSで拡散されると、瞬く間にさまざまな意見が飛び交い、炎上した。暴力の激しさはもちろんのこと、それを撮影して面白がるかのような周囲の空気感に対する強い嫌悪感が問題視された。


【その他の画像】


 さらに事態は単なる炎上にとどまらず、加害者とされる生徒の氏名、顔写真、さらには家族構成や居住地までもが特定され、インターネット上の掲示板やSNSでさらされるという深刻な二次的状況を招いている。


●曖昧な言葉で片付けるべきではない 被害生徒の心身の健康を危惧する声も


 今回の事件に対し、SNS上で最も多く見られたのは、これを「いじめ」という曖昧な言葉で片付けるべきではないという強い批判の声である。多くの視聴者は、動画に映る行為を明らかな刑事事件として捉えている。実際に寄せられた意見の中には、「動画を視聴しましたが、見た人がショックを受けるほどの暴力であり、犯罪だと思います」という切実な感想や、「動画を見て思いましたが、これは『いじめ』ではなく、完全に『暴力行為』です」といった、言葉の使い分けを厳格にすべきだとする主張が目立つ。学校という枠組みの中では、しばしば重大な人身への侵害が「いじめ」という教育的指導の範囲内に収められてしまう傾向があるが、今回の映像からは、拳や足による執拗(しつよう)な攻撃という物理的な実害があると明確に分かる。


 さらに、法的な観点からの指摘も相次いでいる。「警察の動きが非常に早いですね」という称賛の声がある一方で、「警察が動き始めましたね。立件・立証されれば犯罪となります。『いじめ』という名の犯罪は存在しませんので、いじめではなく事件として扱うべきです」といった、法執行機関の介入を当然視する意見が支配的だ。校内での暴力は、刑法の傷害罪や暴行罪の構成要件に該当する可能性が極めて高い。SNSでは、「証拠があり、被害者も反撃していないため、傷害罪の構成要件を満たす可能性があります」といった冷静な分析も見られる。これまでは「学校の自治」という名の下に警察の介入が避けられる風潮もあったが、もはや物理的な実害が生じている以上、教育的配慮よりも法の裁きを優先すべきだという市民感情が明確に現れている。「なぜ学校内だと犯罪が『いじめ』という言葉に置き換わるのでしょうか。日本は法治国家ですので、当然ながら学校内にも法は適用されます」という指摘は、現在の教育システムが抱える構造的な矛盾を突いている。


 また、被害生徒の心身の健康を危惧する声も無視できない。「暴行を受けた男子生徒は、医療機関を受診したのでしょうか。体が丈夫であっても、あの衝撃や強い殴打は、後々のことを考えて適切に対処しておくべきです」という意見や、「人間はサンドバッグではありませんし、体だけでなく心も傷ついています。弱い者を標的にして自分の力を誇示する行為は、決して強くはありません」という道徳的な憤りは、暴力がもたらす長期的なダメージに対する深い理解に基づいている。学校側がこれらの声を真摯に受け止めず、事態の矮小化を図ろうとすれば、社会的な信頼を完全に失うことになるだろう。


●SNSによる特定行為とデジタル私刑の危うさが示すもの


 一方で、今回の事件はネット社会における新たな暴力の形であるとも見て取れる。加害者とされる生徒の個人情報を特定し、それを無差別に拡散する「特定行為」だ。SNS上では「すでに顔や名前がさらされて嫌になるほど出回っています。学校側も適切に対応しなければ、いつまでも拡散が止まらないでしょう」との指摘がある通り、情報の流出は止まるところを知らない。とりわけ懸念されるのは、情報の不正確さだ。誤った情報に基づいて全く無関係の第三者が犯人扱いされ、社会的抹殺に追い込まれるリスクは常に存在する。一度ネット上に刻まれた「犯人」というらくいんは、デジタルタトゥーとして一生消えることはなく、その人物の人生を修復不可能なまでに破壊しかねない。


 しかし、SNSユーザーの中には、このような私刑を「必要悪」として肯定せざるを得ないという複雑な心境を抱く声も少なくない。「『私刑だ』という意見もありますが、実際には今回のようにネットで話題にならないと気付かれなかったり、警察が動かなかったりする現実があるため、非常に難しい問題だと思います」という意見は、公的機関や教育現場への不信感を示している。暴行動画が拡散された後に警察が動いたことを問題視する声もある。「暴行動画が拡散されなければ物事が進まないというのは、悪循環だと思います。私刑を抑え込むためには、適切な窓口と対応が必要です」という声は、制度上の不備を是正することこそが、ネット上の暴走を防ぐ唯一の手段であることを示唆している。


 今回の一連の事件からは、暴行、その様子の撮影、ネット上へのアップロードの3点が大きな問題点であることが分かる。当然、被害を受けた生徒の権利と安全が守られなければならない。SNSという巨大な監視の目にさらされなければ、多くの人の目にとまらず、加害行為がもみ消される可能性は十分にあり得るが、かといって顔や個人の特定につながる動画が拡散されることも本来はあってはならない。仮に学校側がスマートフォンを校内に持ち込むのを禁止したとしても、監視の目をすり抜けて実行されたり、校外で加害行為や動画の撮影・アップロードが実行されたりする可能性があり、未然に防止しづらい問題であることも分かる。


 今後、同様の事案が発生した際、私たちはどのように向き合うべきか。教育現場と司法の連携をいかに深め、ネット社会における情報の取扱いをどう律していくのか。栃木県でのこの事件は、一過性の炎上で終わらせてはならない重い課題を私たちに突きつけているようだ。



このニュースに関するつぶやき

  • やらかしたヤツが100%悪いだろ。「私刑だぁ」とかいってるのは過去にやらかしてた連中ですかね?
    • イイネ!68
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(159件)

ランキングIT・インターネット

前日のランキングへ

ニュース設定