沢村拓一引退 大みそかに家族に報告し決断 坂本勇人「辞めるな」に涙こらえ…日米549試合登板

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2026年01月09日 02:01  日刊スポーツ

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25年3月、オープン戦 巨人対ロッテ 練習前、笑顔を見せるロッテ沢村

前ロッテの沢村拓一投手(37)が、現役を引退することが8日、分かった。巨人、ロッテ、大リーグのレッドソックスでプレーし、日米通算549試合に登板。新人王、最多セーブを獲得するなど、球界を代表する「剛腕」として、球史に名を刻んだ。記録にも記憶にも残る15年間のプロ野球生活に別れを告げ、次なるステージへと踏み出す。


   ◇   ◇   ◇


2026年の幕開けとともに、沢村は現役生活に区切りをつけ、新たな道に進むことを決断した。昨年10月にロッテを自由契約となり、自身の進退を熟考。さまざまな未来を頭に巡らせながら、自分の思いに真っすぐに向き合った末に、出した結論だった。


「プロはなりたくてもなれるわけではないし、やりたくてもやれない世界だからこそ、自分の人生を懸けて、やってきたつもり。いつかは決断しなくちゃいけないし、新たなことに向かって、頑張っていきたい」


「チームが勝つため」に腕を振り続けたプロ野球人生だった。中大から10年ドラフト1位で巨人に入団し、プロ1年目から先発ローテでフル回転。剛速球と強靱(きょうじん)なスタミナで、セ・リーグでは江夏豊(阪神)以来44年ぶりとなる200イニング超えを達成し、新人王に輝いた。


「チームが勝つために」リリーフ転向にも迷いはなかった。4年目が終了した14年オフ、原監督から守護神転向を打診され、「やらせてください」と即答。「鬼になりなさい」と言われ、転向1年目の15年は36セーブをマークし、翌年には37セーブでタイトルも獲得した。


何度も壁にぶち当たりながらも、信念はブレず、幾度となく、はい上がった。巨人時代の20年には一時は3軍に降格。周囲の「沢村は終わった」の声をエネルギーに変え、トレード移籍したロッテで復活を遂げ、21年からは夢だった大リーグのレッドソックスでプレーした。


昨年12月上旬には覚悟を決め、大みそかに家族に引退を伝えた。「決断した今、悔しいって気持ちはないです。でもね…。勇人(坂本)からは『あかん』って言われて。『拓一、まだやれるねんから辞めるな』って。その言葉がうれしかった」。涙をこらえながら、電話を切った。これからも、沢村らしく、真っすぐに生きる。


◆沢村拓一(さわむら・ひろかず)1988年(昭63)4月3日、栃木市生まれ。佐野日大から中大を経て、10年ドラフト1位で巨人入団。1年目の11年に11勝(5完投)、防御率2・03(セ・リーグ3位)で新人王。15年に配置転換されると、守護神として2年連続35セーブ以上を記録し16年最多セーブ。20年9月に香月一也とのトレードでロッテ移籍。同年オフに海外FA権を行使しレッドソックス移籍。大リーグで2年プレー後、自由契約となりロッテに復帰した。13年WBC、15年プレミア12日本代表。184センチ、105キロ。右投げ右打ち。

このニュースに関するつぶやき

  • 明らかにセ・リーグよりも、パ・リーグが似合う選手なんよなw。読売さんで新人王、二年連続二桁勝利、二年連続35S以上、最多セーブと結果は残した。でも・・・な〜んか、パ・リーグ向き。>続く
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