ローソンの車中泊は、単なる「場所貸し」ではない 見落とされがちな体験価値とは

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2026年01月20日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

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ローソンは2025年7月から車中泊の実証実験に取り組んでいる。画像は店舗駐車場での利用想定シーン

●連載:グッドパッチとUXの話をしようか


【画像】ローソンの車中泊は、単なる「場所貸し」ではない 見落とされがちな体験価値とは?


「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。


 ローソンの駐車場で車中泊ができる――。そんな話を聞いて、意外に感じる人も少なくないのではないでしょうか。


 ローソンは2025年7月、千葉県内の6店舗を対象に、駐車場を活用した車中泊の実証実験を始めました(同年8月に1店舗追加され、現在は7店舗)。事前予約制で、料金は1泊2500〜3000円。チェックインは午後6時、チェックアウトは午前9時という、決められた時間帯に利用する「管理された車中泊」です。


 この実証実験で導入されているのは、日本RV協会が認定する「RVパーク」という仕組みです。24時間利用可能なトイレがある、ごみの処理ができる、夜間も安心して過ごせる、といった条件を満たした場所が車中泊スペース「RVパーク」に認定されており、利用者はそこを利用できます。これまで、全国の温泉施設や道の駅の駐車場などで広がってきた枠組みです。今回の特徴は、それが初めてコンビニという場所に持ち込まれた点にあります。


 しかし、この取り組みを単に「コンビニの空き駐車場の有効活用」という視点だけで捉えてしまうのは、少々もったいないように感じます。


 コンビニといえば、買い物をして、用事が済めばすぐに立ち去る場所。長時間滞在するイメージはありませんし、「泊まる」という行為からは程遠い場所にも思えます。しかし、この取り組みを「ユーザー体験」の視点で見てみると、コンビニだからこその価値が見えてきます。


●車中泊に潜む「負の体験」


 ローソンでの取り組みが持つ価値を解説する前に、まずは車中泊という旅のスタイルについて考えてみましょう。


 車中泊は万人向けの旅のスタイルではありません。一方で、ここ数年の旅行や余暇の過ごし方を振り返ると、「王道の観光地に行き、ホテルに泊まる」以外の選択肢が、少しずつ受け入れられてきたことにも気付きます。


 近場で過ごす「マイクロツーリズム」や、ホテル滞在そのものを目的とした「ホカンス」、乳児連れ歓迎の「ベビーウェルカム」な宿泊施設への滞在などが挙げられます。これらはいずれも、何らかの制約や条件を踏まえることにより、魅力的な価値が立ち上がってきた例だと言えるでしょう。


 車中泊もまた、「ペットと一緒に旅したい」「自分のペースで旅したい」といった、旅行ニーズの変化と結び付いています。ただし、ここで重要なのは「なぜそれが、ローソンという場所で価値が発揮されるのか」という点です。


 この問いをユーザー体験の視点から考える上で、押さえておきたいポイントがあります。それは「負の体験に目を向けること」です。


 ユーザー体験というと「新しい」「楽しい」「ワクワクする」といった、魅力的で他にはない価値をどう作るか、という話になりがちです。


 もちろんそれも重要ですが、実際には不安や面倒、気まずさといった「負の体験」をどれだけ取り除けるか、これこそが体験の質を左右する要素です。ベビーウェルカムの宿泊施設が支持される理由も、「ビュッフェ会場で子どもが大泣きしても気まずくない」「隣の部屋に過度に気を使わなくていい」といった安心感が大きいのです。


 車中泊においても同じ構図が成り立ちます。車中泊は自由度が高く、自分の旅のスタイルに合わせやすい半面、いくつもの不安と隣り合わせです。


 どこに車を停めていいのか分からない。夜間の治安が気になる。きれいなトイレはあるのか。人目は気にならないか……。こうした不安は、一つ一つは小さく見えても、積み重ねることで体験全体の質を大きく下げてしまいます。まさに「チリツモ」です。


 その点、24時間営業で、常に人の出入りがあり、清潔なトイレや飲み物が確保できるコンビニは、車中泊における「当たり前の品質」を極めて高い水準で満たす環境であるといえます。


 ローソンが車中泊利用者に提供しているのは「不安を感じない状態」です。この安心感こそが満足度の高いユーザー体験を実現する土台になっています。「ただ過ごす」というシンプルな行動が主役になるアウトドアにおいては、このような「負を取り除ける環境」が満足度を大きく左右します。


●普段通りに「コンビニを営んでいること」自体が価値になる


 興味深いのは、コンビニでの車中泊という仕組みが特別な設備投資や、新しいオペレーションによって成り立っているわけではない点です。コンビニ側は当たり前に営業しているだけなのに、そこに価値とビジネスチャンスが生まれていたのです。


 この体験が結果として、店舗における滞在時間や接触期間を自然に増やしている点も見逃せません。車中泊を利用する人は、チェックイン前後や夜間・早朝に、飲み物や軽食を購入する可能性が高いはず。新しい売り場を作らずとも、客単価がじわりと積み上がっていく構造が生まれています。


 実際、実証実験を開始した1週目の予約率は100%近くを記録していました。2週目以降は落ち着いたものの、週末は高い予約率を維持していたようです(参照:ITmedia ビジネスオンライン「ローソンの「2500〜3000円」車中泊、結果は?」)。車中泊サービスがなければローソンに立ち寄らなかったかもしれない旅行者を呼び込めていることが分かります。


 サービスデザインにおいて重要なのは、個別の機能や施策を切り出して考えるのではなく、サービス全体が無理なく回り続けるかどうかという視点です。ユーザー体験だけでなく、現場の負担、運用の複雑さ、コスト構造といったビジネス的な観点も含めて、持続可能な仕組みになっているかが問われます。


 その観点でいうと今回の車中泊は、「何かを付け足した」サービスではなく、普段通りに営んでいること自体が価値として生まれ、ビジネス的なリターンを伴う、サービスデザインの「全体性」がよく表れた好例だといえるでしょう。


●「中長期の関係性」を見据えた一手としての車中泊


 コンビニ業界全体を見渡すと、近年は「売り場で商品を売る」にとどまらない、さまざまな試みが増えています。来店の動機を作り直したり、これまでとは違う関わり方を提示したりと、コンビニにおけるユーザー体験そのものを捉え直す動きが広がっている印象です。


 その分かりやすい例の一つが、ファミリーマートによるコンビニエンスウェアの展開でしょう。他にもコンビニ各社からはUFOキャッチャーの設置といった取り組みも見られるようになりました。


 今回のローソンの車中泊は実証実験中ということもあり、利用者数や客単価といった数値の変化は緩やかで、短期的に目覚ましい効果を創出する取り組みとは言えないでしょう。しかし、コンビニがこれから中長期的に目指していくであろう方向性を、無理のない形で先取りしている取り組みだと捉えることもできそうです。


 ローソンはこれまでも、必ずしも短期的な効率だけでは測れない経営を重ねてきました。過疎地への出店も積極的で、近年では人口が3万人を切っている北海道稚内市で新店舗を続々とオープンさせたことも印象的です。同社の執行役員は日経クロストレンドの取材に対し「幼少期に近所のローソンと共に育った原体験があれば愛着が醸成される」と、中長期的なファン獲得の狙いを話しています。


 今回の車中泊もまた、中長期的なユーザーとの関係性を視野に入れた一手として読み取ることができそうです。


 既存インフラの意味を少しずらし、ユーザー体験を再解釈(リフレーミング)する。「何となく立ち寄る」「必要なものをサッと買う」といった体験だけでなく、車中泊という特別な体験を創出する。これは短期施策というよりも、時間をかけて信頼や親近感を育てていくような体験設計に近いものと考えられます。


 こうした信頼や愛着は簡単には醸成されないからこそ、既存インフラや日常的な営みに着目して、ユーザー体験を捉え直すことの意味は大きいのではないでしょうか。ともすると「当たり前」すぎて、価値としては見過ごされがち。けれど、視点を少しずらし、ユーザー体験の文脈で読み替えてみると、そこにはまだ使われていない意味や可能性が残っていることも少なくありません。


 日々の営みの中に、まだ気付けていない価値が眠っているとしたら――。「新しいことを足す」だけでなく、むしろ「何がすでにあるのか」「それはどんな意味があるのか」を問い直すことから、ユーザーにとっての価値が生まれる場合もある。今回の取り組みは、そんな視点の大切さを、コンビニという身近な存在を通して示しているように感じます。


●著者紹介:高階有人


株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト/サービスデザイナー。大手SIerにてシステム開発やデジタルビジネス企画を経験。その後コンサルティングファームにて、官公庁向けのITコンサルティングや調査研究に従事。2021年にグッドパッチに入社し、現在はクライアント企業の事業変革やイノベーション創出を支援。暮らしや仕事になじんでいくサービスを生み出すことを信条としている。趣味は音楽とアイスランド。



このニュースに関するつぶやき

  • 「トイレが24時間使える」道の駅でも、深夜「トイレに行く」ことには怖さが伴う可能性も。 入場者が住所氏名を登録するキャンプ場とは別の方向で「店員が24時間居る」コンビニの安心感は大きいと思う。
    • イイネ!3
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