学歴社会は本当に公平と言えるのか?「機会の平等」が残酷な結果を生み出すかもしれないワケ

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2026年01月21日 21:30  All About

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学歴社会の本質的な問題は、教育という「一律の踏み台」が、もともとある有利・不利を解消しない点にあります。むしろ隠れた不公平を固定化させている可能性も……。※画像:PIXTA
仕事の成果や評価は、本人の能力や努力によって決まる——私たちの多くはそう信じ込んで働いています。しかし、その前提となる「スタート地点」は本当に同じなのでしょうか。

『学歴社会は誰のため』(勅使川原真衣著)は、不要論が叫ばれながらも存在し続ける「学歴社会」の謎を解き明かす一冊です。

今回は本書から一部抜粋し、学歴社会において努力や成果がどのように評価されてきたのか、その背景にある構造について紹介します。

「平等」と「公平」、「有利」と「不利」

しばしば参照されるあるイラストを示して考えてみます。このイラスト(図1)の左側が「平等」で、右側が「公平」を示します。
【図1】「平等」と「公平」を示すイラスト(『学歴社会は誰のため』より引用)

いろいろな人に、一律に「同じもの」を支給すること——これは平等な配分と言えましょう。

一見すると何ら問題がなさそうですが、イラストの左側をよく見ると、もともとの個体差があるままなので、一番小さな子どもは依然として視線が完全にさえぎられています。

一方で、もともと背の高い左の人は、もらった踏み台のおかげで悠々、観戦していますよね。

これぞ、高い柵を越えて野球観戦したいという願いを共通のゴール(欲求)とした場合に、背の高い人がこの場合は有利であり、背の低い人ほど不利、と説明できます。

前者はラッキー、楽々。後者は困難を伴うとも言えましょう。

これをさらに、平等と公平という観点に戻すと、もともと個体に歴然とした差がある複数人に対して一律に「同じもの」を渡すことは、機会(チャンス)の平等にすぎないのだ、という説明が成り立ちます。

「同じもの」を相違のある人びとに一律に渡すことは、その結果を見たときには、もともとある個体差の不自由さをなんら乗り越えていないわけですね。

つまり、機会の平等は、個体差のある人間に対して「一律」という手続きで成そうとすると、残念ながら結果の不平等を生みかねない。

かつ、そのことが問題視すらされていないじゃないか?

差異に満ちた人間に対して、「同じもの」を一律に手渡すことは、「不公平」だよね? という話なのです。

学歴社会の根本的な問題点

そのうえで学歴社会の文脈に戻すと、学校と労働をつなぐフレームワークを先のイラストと接続すると、次のように置き換えられます。

===
3人の人間=労働者

観戦(得たいもの)=成果、達成(仕事)

踏み台=学校教育
===

学歴が個人の達成を左右する、つまりそこまでの過程にすでに有利・不利があることを自覚しない/不公平さが残っているとの疑いをもたないこと。

これこそが、学歴社会の問題点である——そう実証的に指摘したのが、私も修士課程で指導いただいた教育社会学という学問分野の研究者たちなのです。

先のイラストのように、身長、年齢、性別などの属性の違いのほか、個人はその置かれた環境も、本人の志向性や体調なども、言わずもがな可視・不可視の差異に満ちています。同じ人間というだけで、総じて違う(個体差のある)生き物です。

ただ仮に、柵の内側で野球観戦をしたい(=仕事、達成)ときに、初期値の違い(先のイラストでは身長差)に対してなんら無自覚なまま、「平等な」踏み台=学校教育という一律の社会システムが入り込んだとて、どうでしょうか?

仕事をして、立派に稼いでいくということを(旧来的な価値観ではありますがいったん、便宜上)「達成」と置くと、どういう傾向がありそうでしょうか?

学歴は要るだの、要らないだのの議論の前に、自分以外も含めた社会全体を可能な限り把握して、全体像を詳らかにする——巷の言説と研究の違いはここにあるでしょう。

勅使川原 真衣(てしがわら・まい)プロフィール
1982年、横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て組織開発コンサルタントとして独立。2児の母。2020年から進行乳がん闘病中。新書大賞2025にて第5位入賞、HRアワード2025書籍部門入賞の『働くということ』(集英社新書、24年)や本書『学歴社会は誰のため』(PHP新書、25年)他、著書多数。 近著に『「働く」を問い直す』(日経BP)、『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと』(KADOKAWA)、『組織の違和感』(ダイヤモンド社)がある。新聞(本よみうり堂)や雑誌(論壇誌Voice)にて連載中のほか、文化放送武田砂鉄ラジオマガジン水曜パートナーとしても発信している。
(文:勅使川原 真衣)

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  • 経済的なもの以外にも体格や健康など人は平等ではない。どんな事をしても平等にはならない。同一労働は同一賃金というが責任や成果、その品質など同じ作業でも結果に差が出る。それは同一で無い
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