103歳のラーメン店と91歳の洋食店…現役の“看板娘”の健康長寿支える原動力は「好きなように生きる」

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2026年02月25日 09:10  週刊女性PRIME

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写真左から銀華亭 天川ふくさん、銀座日東コーナー1948 ミヨさん 撮影/斎藤周造

 「人生100年時代」の今、年を重ねても、細く長く働き続けたいと願う人は少なくない。「人と接するからボケないのよね」と笑うふくさんとミヨさんも、その体現者だ。老舗ののれんを守り、今も“看板娘”として現役で店に立つ。103歳と91歳になっても元気いっぱいだが、その源はいったいどこから? 暮らしに密着した。

映画館がダメになって仕方なく始めた商売

12時ごろになると、『さぁ今日もお店に行かなくちゃ』って気持ちになるんですよ

 そう話すのは、群馬県藤岡市のラーメン店「銀華亭」で働く、天川ふくさん。御年103歳の現役看板娘だ。今も週5日、昼時には厨房に立つ。

 次男で店主の俊二さんの合図で麺をゆで始め、タイマーをセット。慣れた手つきで湯切りをして盛りつけまで担当。麺がゆで上がるまでは、背すじを伸ばして胸を開いたり、肩甲骨を回したりして待つ。

子どものころ、私は姿勢が悪くてね。父に『そんな猫背じゃ肺病(肺結核)になる』と言われて、それから胸を開くようにしているんです」(ふくさん、以下同)

 次男夫妻と長女とともに切り盛りするお店は、創業60年。結婚して天川家に嫁いできたのは26歳のときだった。

もともとは飲食店ではなくて、ここは映画館だったんです。私は昔、東京まで毎週、見に行くほど映画が好きでね。映画がいっぱい見られるならいいなぁと思って嫁いできたんです。料理も好きじゃなかったし、この商売(飲食店)をやっていたら嫁には来なかったですよ(笑)

 1960年代、映画館はテレビの勢いに押されて衰退。群馬県内の映画館も打撃を受け、飲食店に切り替わった。

うちもどうしよう……となったとき、高崎にある会社が『料理の見習いに来てもいいよ』と言ってくれて。ラーメンと餃子くらい作れるようになれば、主人とお店をやれるかなと思って。半年ほど通って学びました

 見習い修業を経て、映画館の片隅で「銀華亭」をオープン。しかし数年後、火事で映画館と自宅が焼失し、飲食業一本で商売をすることに。

映画館がダメになって仕方なく始めた商売でしたけど、ありがたいことに、店は賑わいました。近くの役場や郵便局で働く人、映画を見に来てくれていた人たちが、昼も夜も使ってくれて。みんな信頼関係があるから、ツケで飲んでね。夜は飲みながら歌って、わいわい楽しかったですよ

 地域に愛される店として定着した「銀華亭」。20年ほど前、夫が82歳で亡くなったのを機に、俊二さんが帰郷し、店主に。厨房では多くを語らないが、家族だからできる阿吽の呼吸でおいしいラーメンを作り続けている。

薬は便秘薬を飲む程度

ずっとやってきた仕事なんでね、身体が覚えてるんですよ。店に立つのをやめようか、なんて思ったことはないですね。横浜や茨城など、遠くからいらっしゃる方もいて。この前はお母さんと1歳の赤ちゃんが来てね。まぁニコニコしてかわいくて、『100年たったら、ばぁばみたいになるわよ』なんて笑いました。お客様と触れ合えるのがいちばん楽しいですね

 足腰は丈夫、耳も目も衰えていない。100歳を過ぎ、慶應義塾大学が健康長寿のメカニズムを調査する、百寿者の研究対象にもなった。

博士が2人来て全部調べてもらいましたけど、どこも悪くない、骨も丈夫と言われました。胃腸も強いから、お腹を壊すことはありません。薬は便秘薬を飲む程度

 と、100歳超えでも不調知らず。驚異的な身体の持ち主だ。

毎日やっていることは、家の周りの散歩と日光浴。用意してある椅子に座って、『あ〜いい気分』ってお日様を浴びています。それとね、庭の草むしりも大好き。いつも雑草がない状態にして、『庭がきれいになってるね』なんて言われるとうれしくてね

 しゃがんだり、歩いたり、立ったり……一日の中でじっとしている時間は少ない。食事は3食。朝は卵かけご飯とみそ汁、夜は家族が作ってくれたおかずを温めて、肉や魚、野菜などをバランスよくとっている。大好物は、スタミナ抜群のうなぎだ。

娘が高崎に行くと買ってきてくれるんです。『お母さん、今のうなぎの値段、いくらか知ってる?』と聞かれますが、『値段なんか気にしてたら食べられないよ!』って言って、いつもおいしくいただいています

 これまでを振り返り、「苦労もあったけど面白い半生だった」と大声で笑う。

人生、山あり谷あり、いろいろありました。でも、私は『なるようにしかならない』って思うタイプ。身体は小さいけれど、気が強いところもあってね。言いたいことを言って好き勝手に生きてます(笑)。103年も生きたから、あとはある日ポックリと逝くのがいいわねぇ。人生は他人のものじゃない、自分のもの。だからみなさん、自分の人生を好きなように生きればいいんですよ

 ふくさんと家族が守り続けてきたラーメンは、素朴で何度も食べたくなる一杯。麺類の他にも餃子や野菜炒め、麻婆豆腐などの定食も人気。運が良ければマイペース出勤のふくさんに会えるかも

夫が脳内出血で倒れたことで事業を継ぐことに

 1948年創業、銀座の老舗洋食レストラン「日東コーナー」で働いているのが、昭和10年生まれ、91歳のミヨさん。初代は貿易業を営み、ミヨさんの夫である3代目社長が、貿易業で交流のあった人脈を生かし、歌舞伎座のお膝元で飲食店をオープン。

 現在は移転し、4代目のミヨさん、5代目である息子の大作さんとともに店に立つ。看板料理は、トマトソースのロールキャベツだ。

キャベツは産地や季節によって味やかたさ、香りが全然違うの。牛と豚の合いびき肉は、銀座の有名な精肉店から仕入れています。おいしいからとにかく一度食べてみて

 と、素材へのこだわりを語るミヨさん。8時間煮込んだふわふわ、とろとろのロールキャベツを求め、時には行列ができる。このロールキャベツは、ミヨさんの夫が作り上げたレシピを再現したもの。

息子が2歳だったころ、主人が突然脳内出血で倒れて、闘病生活が始まりました。私が事業を継ぐことになったのですが、レシピがわからなくなってしまって……。主人が作った味を目当てに来てくださるお客様が多かったので、ロールキャベツだけはお休みすることにしたんです」(ミヨさん、以下同)

 ミヨさんが4代目、後に大作さんが事業を継承。15年ほど前に、夫が長年懇意にしていた有名シェフの協力により、当時の味を再現。ミヨさんの舌を頼りに何度も試行錯誤を繰り返し、30年以上の時を経て、ロールキャベツをメニューに復活させたという。

 ミヨさんは現在、不定期でランチタイムに出勤。来店客が席に座るとお水を出し、自然な距離感で接客する。

お客様がコートをお脱ぎになって、ひと息ついたころにお水をお出しする。私はお見受けしてすぐに、遠くからいらした方だってわかるんです。この間は、ベルギーからいらした方がいて。私は英会話ができませんので、急いで携帯を持ってきて、検索した画面を見せて、チョコレートやワッフルのお話をしました。今は何でも携帯で調べられて、助かっています

 付け合わせの野菜を切ったり、ひき肉を混ぜたり、料理の仕込みもテキパキ手伝う。90代とはいえ、お店にとっては欠かせない戦力だ。

 夫が倒れた'80年代、ミヨさんは40代半ば。男社会だった昭和の時代に、女性が経営者として生きていくには風当たりも強かった。

主人は意識が戻らず、口も利けない。何の情報もない中で、経営を指南していた顧問の先生方を信用しきって相談しましたが、たくさん痛い目に遭いましたよ。入院費用のために銀座のビルは手放して、当時は1日17時間、がむしゃらに働きましたね

 夫が亡くなるまでの間、会社経営と子育て、入院中の夫の介護を続けた。それでも、

人に騙されたことは結果としていい勉強になったし、毎日、大変ではあったけれど苦にはならなかった

 と話す。

『おいしかった』ってお帰りいただく瞬間がいちばんの幸せ

主人は美食家で、読書家の人でした。背は高いしお話も上手。趣味はゴルフで、カッコいい男だったの。私にとって最高の主人でした。閉店まで必ずお店の隅に座って、最後までお客様に丁寧に挨拶する人だった。そんな主人が作った手間暇かけて作ったロールキャベツは、“愛”が詰まっていたんです

 そう話しながら、人にも料理にも愛あふれる夫との思い出話に、目を細める。今でも乙女心は“現役”だ。

 元気でいるために心がけているのは、ひきこもりにならないこと。多少腰が痛くても、早朝から外に出て1日トータル5千歩歩くのが日課。

ただ散歩するのはつまらないから、ゴミ拾いをしながら歩いているの。燃やすゴミの日の前日には可燃物、燃えないゴミの日の前日には不燃物を拾ってね。地域の人と一緒に、区のゴミ拾いボランティアにも参加しています

 手先が器用で、趣味は刺しゅう。自宅で細かい作業に没頭しながら手と頭を動かすことで、認知機能は衰えを知らない。お店の手伝いや散歩で適度に身体を動かしたあとは、晩酌を楽しむことも多い。

赤ワインも焼酎も、アルコールは何でも好きなの。今朝は家を出る前に、砂肝のアヒージョを仕込んできました。帰ったらワインとアヒージョで一杯飲んで寝ます(笑)

 ロールキャベツは評判を呼び、湯せんで簡単に食べられる冷凍食品も販売。真心こもった伝統の味を、家庭でも味わえると通販でも人気だ。

主人が作った味を、たくさんの方に味わっていただきたい。その思いだけでここまでやってこられた。お客様に『おいしかった』ってお帰りいただく瞬間が、いちばんの幸せです。これからもお店の味を受け継いで、お客様に喜んでいただきたい。そのためにも、元気で働かなくちゃ

 1948年創業。手作りにこだわった洋食が味わえる、アンティークの調度品に囲まれた老舗レストラン。人気のため、ディナータイムは予約がおすすめ。ミヨさんの出勤日はインスタでチェックを。

取材・文/釼持陽子

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  • 看板娘ならそうなの!美味しいモノを食べさせてくれる、それこそ大事。そこに華を添える話。何時迄も美味しいものを食べさせて下さい。
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