羽生結弦「悲しみや傷との付き合い方を理解しながら前に進んできた」 『notte stellata』で示した震災を伝え続ける決意

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2026年03月09日 17:10  webスポルティーバ

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 東日本大震災発生から15年を迎えるのを前にアイスショー「羽生結弦 notte stellata 2026」が3月7〜9日に開幕。羽生結弦は15年間を経た今の気持ちをこう説明した。

「たしかに福島や宮城、岩手も復興が進んだところは進んだし、コミュニティが復活しているところもあると思いますが、そのまま取り残されている地区もある。『復興してきたよ』っていうなかにも、中身をのぞいてみたらぜんぜん復興していないというか......。元に戻るわけではないので。そういった意味ではずっとずっと応援し続けたいなという気持ちと、自分自身も被災した傷であったりトラウマみたいなものを、やっぱりずっとずっと抱え続けていくべきなんだなっていうことを、理解して付き合えるようになったかなと思っています」

【だからこそ強く生きている】

 そんな心境で臨んだ今年の『notte stellata』での羽生の滑りにはこれまでと少し違う静謐(せいひつ)さが感じられた。湧き上がる感情を心の奥に押し込めて踊る静かな心が、見ている側にじわりと染み込んでくるような演技だ。そんな静かさはオープニング後の本郷理華や鈴木明子、無良崇人などの滑りにも感じられた。

 第1部の最後に登場した羽生は、新演目『Happy End』を演じた。プログラムは、被災地の小学生から大学生までが所属する東北ユースオーケストラとのコラボレーション。この混成オーケストラは震災直後、坂本龍一氏の呼びかけで始まった被災地の学校にある楽器の点検・修理を行なうプロジェクトから派生し、編成されたものだ。

 緊張感に包まれた、静かな滑り。楽器の音が重なり合って響くなかで、どこからか湧いてくる力のようなものも感じられるプログラムだった。

「自分自身の悲しみや傷への向き合い方だったり、付き合い方であったり、そういったことをちょっとずつ理解しながら前に進んできたつもりの15年間でした。その年月があったからこそ、今、逆にその傷に向き合おうという気持ちも出てきたり。逆にあれがあったからこそ、今こうやって学んで生きているんだ、強く生きているんだということを何かに表現したいと思って、『Happy End』は振り付けを自分でしました」

 そして、『Happy End』に込めた思いをこう語る。

「ひたすら苦しいという感じです。(震災後に演じた)『天と地のレクイエム』はどちらかというと震災に直接気持ちを寄せて、当時のガレキがいっぱい積まれている道を見渡しているような光景を表現しながら、そこにひとつの魂を見つける感じでした。

 今回は、自分自身の身体が蝕まれていったりとか、坂本龍一さんがこの曲を書いた時、ご自身が病に蝕まれていた頃だったとお聞きしていたのもあって......。ちょっとずつ復興はしているけどそのなかでところどころに残っている傷痕であったり、僕が練習で滑るアイスリンク仙台に残っている壁の傷などを少しずつ感じながら、それに蝕まれながら自分が苦しんでいるけど、最終的にはその傷も全部自分なんだと受け入れながら、演技が終わったあとに『次があるよ』と思えるようなプログラムにしたつもりです」

【表現のために基礎の「き」から】

 滑りの雰囲気もこれまでと変化しているようにも見えた。羽生はその要因についてこう説明する。

「ダンスの要素を増やした感じはしています。あとは身体の使い方の理論がわかっているからこそできる連動性であったり。ボクサーを見れば、すごく強い人のパンチはきれいに身体が動いて、そこには曲線美がある。それと同じようにきっと僕らの身体表現という部分においても、理にかなっているからこそ、『人間としてきれいだよね』という動きがあるなと思って。そういうものをひたすら感情の土台として入れていったイメージがあります。

(2018年)平昌五輪のあとに、表現や芸術には技術が基礎にあるという話をさせていただきましたが、あらためてメンテナンス期間を経て、感情を乗せるためにはやっぱり技術的なことや基礎的なことがある。そのうえにやっと感情が乗せられるんだなと気づき、一つひとつ丁寧に作ったプログラムではあります」

 プロ転向後に毎年続けてきた単独アイスショーだったが、今回は充電期間を経て約8カ月ぶりの表舞台だった。その間には身体の動きについて学び、これまでいかに我流だったかということをあらためて発見したという。

「フィギュアスケートは人気の競技ではあるけど、実際やっている人口は多いスポーツではないし、科学的な根拠のある研究がたくさんあるかと言われたらそんなこともない。そういう研究的には未開発なスポーツのなかで、どれだけ根拠のない練習と、根拠のない技術を身につけてきたというのをあらためて実感しました。そのうえでは、ほんのちょっとかもしれないけど、フィギュアスケーターとしてだけではなくてスポーツに携わる人間、ダンスに携わる人間として『こういう身体の使い方をしなければいけない』という基礎の『き』くらいは学んでこられたのかなという気はしています」

【演技から感じさせた震災を伝える決意】

「忘れることはできない」「忘れてはいけない」と心のなかにとどめている震災への気持ち。それと共通する"思いの連続性"のようなものを第2部で、ジェイソン・ブラウンが『鏡の中の鏡』で見せた。そして、羽生が最後に演じたのは再び東北ユースオーケストラとコラボレーションする『八重の桜』だった。

「(競技現役時代に)『天と地と』をフリースケーティングの最後のプログラムとして選んでいたので、その続きとして『八重の桜』を演じたいという気持ちがありました。『天と地と』を滑り終わり、僕自身がこのステージに立って、どういうふうにこれからの人生を生きていきたいか、そして最終的に僕がスケーターとして氷の上や皆さんの人生の轍のなかに何かを残してこられたのかなというようなイメージで、最後に一つひとつ思い出を置いていくみたいな気持ちでつくりました」

 咲き始める桜への思いを込めた、穏やかな流れのある滑りのなかに感じさせる生命。そして満開の桜の下で幸せを感じるような、優しさを漂わせる演技でアイスショーを締めくくった。

「東北ユースオーケストラのなかでも、震災後に生まれた方もいるし、震災当時はまだ幼くて記憶がないという方もいます。でも坂本龍一さんが募ってくれたおかげで、彼らはきっと復興や震災のことを考えて過ごしていると思います。それと同じで僕も当時16歳でしたが、いろいろな記事などを書いていただいたりするなかで、伝えるべき立場として頑張らなければいけない使命を帯びたような気がしました。

 東日本大震災後に災害が起きた地域にも行きましたが、やっぱりあの震災があったから防災の意識が変わり、守られた命や守られた生活もあると思いました。僕らも当時を知っている人間だからこそ、世代はどんどん若くなっていき新しい街も"芽吹く"けれど、『こんなことがあったからこういうふうに守ることを学んだんだよ』ということは伝え続けていきたいなと思います」

 心のなかに刻み込まれた震災への思いを伝え続ける決意。それが見る者の心へ静かに染み込んでくるようなアイスショーだった。

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