侍ジャパン「WBC敗退」で改めて問われる代表戦の価値。ネトフリ独占配信で変わったこと

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2026年03月18日 09:30  日刊SPA!

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撮影/産経新聞社
3月5日に幕を開けたWBC(ワールドベースボールクラシック)。今大会は地上波で放映が行われず、ネット動画配信大手のNetflixが全試合を有料独占配信した。そのことについて、動画ならではの魅力を評価する声と、国民的行事の「有料化」を嘆く声とが分かれ、SNSで議論を呼んだ。
一方、日本代表は準々決勝でベネズエラに8-5で敗れ、WBCでは初めてベスト4進出を逃した。だからこそ改めて浮かび上がるのは、「あの大会を、誰が、どんな形で共有できたのか」という問題でもある。

ジャーナリストの森田浩之氏は今回のWBC独占配信騒動について、配信そのものの質は高くても、それによって代表戦が「みんなのもの」でなくなっていく違和感が広がったとみる(以下、森田氏による寄稿)。

◆動画配信が変えた代表戦の前提条件

私は今回のWBCで、初めてNetflix(通称ネトフリ)に入った。もちろん日本戦を見るためだ。料金も思ったより安く、迷わず加入した。

ところが友人の中には、ネトフリのWBC独占配信に怒っている人たちがいる。「日本代表の試合をサブスクに閉じ込めるなんて!」という声も聞こえた。すんなり加入した自分は、どこか鈍いのではないかとさえ思ってしまった。

大会が始まると、ネトフリのスタイルが気に入った。日本テレビが制作すると聞き、地上波の中継のような騒々しい演出になるのかと身構えたが、そんなことはなかった。実況は落ち着いていて、解説のレベルも高い。テレビとは少し違う、配信らしい中継だ。

何よりネトフリでは全試合が見られる。日本戦以外にもいい試合がたくさんあった。これで月498円(初月料金)は高くないと感じた。

では、友人たちはなぜ怒っているのか。お金の問題ではなさそうだ。「日本代表の試合をサブスクに閉じ込めるなんて」という言葉に、不満の根が隠れているかもしれない。

◆地上波が担ってきた「みんなで見る代表戦」

前回’23年大会決勝の日本─アメリカ戦。大谷翔平がマイク・トラウトを三振に斬って優勝を決めた瞬間は、約5400万人がテレビで見た。しかも平日の午前中だ。地上波だからこその数字だろう。怒れる人たちが守りたいのは、こんなふうに誰もが試合を見られる環境なのだろうか。

だとすると、一つ疑問が湧いてくる。サッカーJリーグの中継が有料になったとき、今回のネトフリほどの批判はなかったはずだ。この差はどこから来るのだろう。

野球とサッカーの違いというだけではなさそうだ。もしかするとJリーグとWBCの違いによるものだろうか。Jリーグは最初からスポーツコンテンツであり、いわば商品。でも、日本代表の試合は違う。

代表戦は地上波テレビの中心的なイベントだった。スポーツに特別な関心がなくても、テレビをつければ代表戦が見られる。翌日には職場や学校で「ゆうべ、見た?」という会話が自然に生まれる。そのとき人々が体験しているのは、日本代表というイベント、さらに言えば日本が世界と戦う「物語」なのかもしれない。

このイベントは、テレビによって「みんなのもの」になってきた。ネトフリは、その前提を静かに変えたのだ。

私は迷わずネトフリに入った。でも今は、反発したい気持ちが少しわかる。私たちにとって国の物語を共有する時間と空間は、思っている以上に大切なものなのだろう。

<文/森田浩之>

【森田浩之】
もりたひろゆき●ジャーナリスト NHK記者、ニューズウィーク日本版副編集長を経て、ロンドンの大学院でメディア学修士を取得。帰国後にフリーランスとなり、スポーツ、メディアなどを中心テーマとして執筆している。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』など

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  • 後々の記録のために書いておく。なんか、「新規客を獲得・拡大するため」だけじゃないような・・・なんか、「別の狙い」が一つ二つありそうな・・・深読みしすぎか・・・
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