※写真はイメージです 昨今、我が国の高齢化率は29.3%(※)にまで上昇しています。街を歩けば、3人に1人が65歳以上という世の中です。昔は「老いては子に従え」とよく言ったものですが、最近では老いたことで問題を引き起こす高齢者も少なくありません。
今回は、そんな高齢者が巻き起こすとんでもないエピソードを取材しました。
◆かつては“人格者”だった男性の変化
「正直、最初は誰も“あの人”が迷惑老人になるなんて思っていなかったんです」
そう語るのは、築40年になる分譲マンションの管理組合理事長を務める山崎さん(仮名・48歳)です。山崎さんがこのマンションに引っ越してきてから、今年で20年になります。
当時、理事長を務めていたのが、今回問題の中心となった7階に住む高齢男性でした。住民の話を総合すると、彼はとにかく面倒見がよく、引っ越してきたばかりの若い世帯にも分け隔てなく声をかける存在だったといいます。
「ゴミ出しのルールも丁寧に教えてくれて『困ったことがあったら言いなさい』って。奥さんも穏やかな方で、理想のご夫婦でした」
ところが5年前、奥様が病気で亡くなってから、少しずつ歯車が狂い始めたようです。最初は、玄関前の共用通路に大きな観葉植物を置く程度でした。
「本人は『緑があると癒やされるだろ』って言うのですが、『通路は共用部分ですからね』と注意をすると、『ああ、そうか』と一旦は引き下がるものの、数日後にはまた別の物が置かれるんです。そして、それの繰り返しなんです」
◆布団、植木、そして住民の我慢は限界へ
次第に行動はエスカレートしていきます。共用スペースに自分の布団を干す、廊下に私物を並べる、掲示板に勝手な張り紙をする。
「注意しに行くと、『みんなで使っていい場所だろ?』って。本気でそう思っている様子でした」
管理組合には苦情が相次ぎました。「火災時に危険」「見た目が悪い」「一線を越えている」。理事会の空気も次第に重くなっていったといいます。
数人の理事で部屋を訪ね、口頭での注意を続けましたが、強く言えば逆上する恐れもある。法的措置を検討するほどでもない。まさに“扱いづらい人物”でした。
「本人に悪意がない分、余計に厄介なんです」
そんな状況に追い打ちをかけるように、事件は起こります。ある日、山崎さんが老人宅の様子を見るために7階でエレベーターを降りた瞬間、異様な光景が目に飛び込んできたといいます。
「7階の廊下が、やけに明るいなと思ったら……」
◆突如として現れた眩しいネオン
その光源は、問題の男性の玄関に設置された巨大なネオンサインでした。赤や青の光が点滅し、そこには堂々と『なんでも買い取ります』と書かれていました。
「最初、冗談かと思いましたよ。ここ、マンションだよなって」
外からマンションに目をやると、まるで街道沿いの買取業者のような風体に、住民は騒然となります。当然、古物商の許可などあるはずもありません。管理組合は最寄りの警察署に確認しますが、届け出は出ていないとの回答でした。
本人に話を聞くと、「使わない物を集めて、誰かの役に立てばいいと思った」と真顔で語ったそうです。
「悪いことしてる自覚は、まったくなかったですね」
苦情は爆発的に増え、投書箱は紙で溢れました。理事会でも「これはさすがに放置できない」と意見が一致します。しかし、直接撤去を命じれば、逆恨みされる可能性もある。そこで理事会が選んだのは、驚くほど静かな手段でした。
◆一通の手紙が老人の表情を変えた
理事会が全会一致で採用したのは、注意文でも警告文でもありません。ただの「手紙」でした。
差出人は架空の人物。「奥様と親しくしていた5階の住人」。内容は、奥様との思い出と、その人柄を丁寧に綴ったものでした。
〈奥様は争いを好まない方でした〉
〈今のネオンを、きっとお好きではないと思います〉
〈どうか一度、仏壇の奥様に聞いてみてください〉
「責める言葉は、一切入っていません。“思い出”に訴えただけです」
と振り返る山崎さん。
その手紙を投函した翌日、奇跡が起きます。あれほど眩しく光っていたネオンが、忽然と姿を消していたのです。数日後、管理組合宛に一通の手紙が届きました。そこには、乱れた文字でこう書かれていました。
「皆様にご迷惑をおかけしました。妻に叱られました」
山崎さんは、その文面を見た瞬間、胸が詰まったといいます。
かつては住人の間でも頼られ尊敬されていた人だったこの老人。その頃を思い出させる働きかけが功を奏した今回の騒動。高齢化社会と言われる昨今、同じ立場の人々の参考になるのではないでしょうか。
※令和6年版内閣府発行「高齢者白書」より
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営