タクシー運転手が月収100万円? “勝ち組”報道の裏にある3つの不安

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2026年04月29日 09:20  ITmedia ビジネスオンライン

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タクシー運転手の収入が上がっている、本当に?

 「えっ、そんなにもうかるならオレも転職しようかな。運転には自信あるし、このまま今の会社にいてもAIに仕事を取られそうだし」


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 そんなふうに前のめりになっている方も多いのではないか。最近、タクシードライバーの収入が上がっていて、「日本版ブルーカラービリオネア」などともてはやすニュースが増えているからだ。


 ブルーカラービリオネアとは、米国から入ってきた概念だ。直訳すると「肉体労働で億万長者になった人」ということだが、もちろん、米国でもそんな極端な現象が現実に起きているわけではない。


 米国では近年、AIの普及でホワイトカラーの仕事が奪われる不安が高まっている一方で、クーラーや冷蔵庫を設置する電気設備工で人手不足が起き、賃金が高騰している。そのホワイトカラーとブルーカラーの需要の逆転現象を、こうした言葉で揶揄(やゆ)しているというわけだ。


 ご存じのように、わが国は米国で起きた現象が少し遅れて上陸することが多い。“ブルーカラービリオネアブーム”も同様で、2025年あたりからAIに仕事を奪われず、むしろ価値が上がっていく職業はあれだ、これだと話題に上るようになり、その代表例として、タクシードライバーがもてはやされるようになったのである。


・「タクシー運転手は収入4割増『ブルーカラービリオネア』日本では?(日本経済新聞 2026年1月10日)


・「月収100万超え続出! 急増する『ブルーカラー・ビリオネア』タクシー運転手がバブルに沸くワケ」(FRIDAYデジタル 2026年4月21日)


 ただ、こうした話を真に受けて本気で転職しようという人は、ちょっと冷静になったほうがいいかもしれない。日本のタクシードライバーの年収が上がっているのは、AIがどうこうという話でもなく、単に東京都内など限られた地域で、移動需要に対してタクシーの供給が少ないというだけのことだ。


 しかも、そういう「勝ち組ドライバー」の安泰が続くわけでもない。ブルーカラービリオネアの地位を揺るがす3つの不安要素があるからだ。こうした要素がある限り、実現はなかなか難しいだろう。


●手取り100万は本当か


 どういうことか、順を追って説明しよう。まず、これらの「タクシードライバーがもうかる」報道を読んでいただければ分かると思うが、手取り100万など景気のいい話は「東京に限られる」とされている。この手の「もうかってウハウハです」的なニュースは地方の現実を無視したものが多いのだ。


 なぜ東京はそんなに景気がいいのか。配車アプリの普及など、さまざまな理由が挙げられるが、最も大きいのは、日本人以外の利用者が大幅に増えたことに尽きる。


 東京都によれば、2019年に東京都を訪れた外国人旅行者数は約1518万人だったが、2024年には約2479万人まで増加している。では、都内移動で重要な役割を担う東京のタクシーは、この5年間でどう推移したのか見ていこう。


 公益財団法人東京タクシーセンターの統計で、営業している法人タクシー運転手数の目安となる「運転者証交付数」を見ると、2019年度4月の5万9591人から、2024年度4月には5万1400人となり、8191人減少している。また、個人タクシーの数を示す「事業者乗務証交付数」を見ると、2019年度4月の1万1934人から、2024年度4月には9035人となり、2899人減少している。


 つまり、外国人観光客は5年の間に約961万人と、東京23区の人口に匹敵する規模が増えたにもかかわらず、東京のタクシー運転手は1万1090人も減っているのだ。


 需要は爆増しているのに、供給が減少していけば、価格がつり上がっていくのは経済の大原則である。都内のタクシーがバブルに沸いているのは、高齢化やコロナ禍でドライバーが減少したところに、外国人観光客が大挙して押し寄せているに過ぎない。とどのつまり、安倍・菅政権から進めてきた政府の観光立国政策による「インバウンド特需」だ。


 そんな分かりやすい現象を、市場も産業構造もまったく異なる米国で生まれた「ブルーカラービリオネア」という概念をわざわざ引っ張り出して騒ぎ立てる。「バズるニュース」をつくりたい気持ちは分かるが、さすがにこれはちょっとやりすぎだ。


●タクシードライバーの高収入化を阻む3つの要素


 という話を聞いても「稼げるのは確かなんだから、ブルーカラービリオネアも夢じゃないだろ」と前のめりになる方も多いかもしれないが、やはり現実は甘くない。タクシードライバーの高収入を阻む3つの要素がある。


 (1)外国人ドライバーの増加


 (2)外国人観光客が熱望するライドシェアの本格普及


 (3)米中で実用化している「完全自動運転タクシー」の上陸


 まず、(1)については詳しい説明はいらないだろう。日本では今、あらゆる分野で「人手不足」が叫ばれ、政府が特定技能の分野を拡大している。タクシー業界もご多分に漏れず、その対象に含まれている。物流・運送分野全体で、2028年度末までに最大2万5000人の特定技能外国人を受け入れる見込みだ。


 ただ、これまではタクシー業界にはそんなに外国人労働者は入ってこないと考えられていた。多様な乗客と円滑なコミュニケーションを取り、乗車トラブルなど不測の事態に対応するには、高い日本語能力も必要だからだ。しかし、そのハードルもつい最近下がった。


 2026年1月23日の閣議決定「自動車運送業分野における特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する方針」を踏まえ、国交省はタクシー・バス特定技能運転手の日本語要件を緩和したのである。


 つまり、これからはタクシー不足が指摘される東京を筆頭に、全国で外国人タクシードライバーが増えていくということだ。これはタクシー会社や利用者にとっては、人手不足の解消につながるため喜ばしいが、当のタクシードライバーにとってはかなり微妙な話だ。


 需要の高まりに対して供給が少なかったから稼げたものが、供給が増えていけばこれまでのようには稼げなくなるからだ。


●訪日外国人が持つ日本のタクシーへの不満上位は


 加えて、タクシードライバーの脅威となるのが、(2)の「外国人観光客が熱望するライドシェア本格普及」である。これまで述べてきたように、日本を訪れる外国人観光客は、限られたタクシーを日本人利用者と奪い合わなければならず、不満を抱えている。


 内閣府規制改革推進室が2025年1月に発表した「訪日外国人の移動に関する実態把握」によれば、訪日外国人の67.2%がタクシー利用に困った経験があると回答。具体的に困った内容で最も多かったのは、以下の項目だった。


「タクシー乗り場に行列ができており、乗れなかった/待ち時間が長かった」(33.3%)


 外国人観光客の急増に反比例するような形で、タクシーが減少しているので当然といえば当然の結果だが、一方で外国人観光客が望んでいるのが、ライドシェア制度だ。


 海外へ行く方にはおなじみだが、世界では一般の人がアプリで利用者とマッチングし、自家用車で送迎する「ライドシェア」制度が普及しており、国によっては「安くて安全」と絶大な信頼を得ている。


 これは外国人観光客も同様で、先ほどの調査で「日本でライドシェアが利用できたら滞在時の移動しやすさが改善されると思うか」という質問に62.0%が「改善されると思う」と回答。「ライドシェアが導入されていたら、もっとできたことがあると思うか」という質問に対しては、75.0%が「もっとできたと思う」と回答した。つまり、ライドシェアが普及していないことが、観光面での機会損失を招いている可能性があるのだ。


 嫌がる人も多いが、日本人消費者が激減しているこの国では、移住するわけでもなく、しばらくすれば自国へ帰る「外国人消費者」は、地方経済にはなくてはならない存在となっている。2025年のインバウンド消費は、過去最高の9兆5000億円。観光は「輸出産業」という扱いで、これは自動車産業に次ぐ規模となっている。そんな「基幹産業」である観光分野で、顧客である外国人観光客から要望が出れば、政府も対応せざるを得ないだろう。


 日本のライドシェアは、他国と異なりタクシー会社の管理下で行われていることもあり、あまり普及していない。しかし、これが誰もが参入できて、利用者も気軽に使えるようになるほど普及すれば、諸外国のような「兼業ドライバー」も増えていく。


 そうなれば、専業タクシードライバーにとって大きな脅威になることは言うまでもない。少なくとも「ブルーカラービリオネア」などと安泰でいられるような立場ではない。


●「完全自動運転タクシー」上陸の脅威


 そんな苦境にあるタクシー業界に、さらに追い打ちをかけるかもしれないのが、(3)の「米中で実用化が進む『完全自動運転タクシー』の上陸」である。


 日本に住んでいるとSF映画のような話だろうが、完全自動運転タクシーは中国では深センや武漢など、米国ではサンフランシスコ、ロサンゼルス、フェニックスなどで普通に走っている。


 ひと昔前によく心配された「完全自動の車は暴走が怖い」といった懸念も、大きく表面化していない。むしろ、最近は中途半端に人間がかかわる自動運転の危険性が浮き彫りになっている。


 例えば、2026年4月12日、新潟県弥彦村で運行していた自動運転バス「ミコぴょん号」が歩行者2人をはね、負傷させる事故が発生した。とはいえ、問題は「自動運転」そのものではない。


 事故後に会見を開いた村の担当者によれば、バスは自動運転中だったが、事故直前に歩行者を検知したため自動で停止。その後、運転手が手動運転に切り替えて走行し、その際に事故を起こしたのだ。


・「村運行のバス2人はねる オペレーター『自動運転切っていた』 新潟」(朝日新聞 2026年4月12日)


 日本のタクシー会社も当然、自動運転の導入を模索しているが、人間のドライバーとの「共存」を掲げるところが多い。日本のタクシーは単なる移動手段ではなく「おもてなし」である、という考え方が強いからだ。それ自体は評価できることではあるが、安全運行の観点からは中途半端な共存ではなく、完全無人タクシーのほうが社会に求められていく可能性もある。


●日本人が幸せになる道は


 さて、このような厳しい近未来のシナリオを聞くと、中にはこんな感想を抱く人もいるかもしれない。


 「せっかくタクシードライバーが少なくなって稼げるって話になったのに、外国人ドライバーを増やしたり、ライドシェアや完全自動タクシーを普及したりという余計なことをするから稼げなくなっちゃうじゃん」


 実は、そこに「賃金」の本質がある。われわれは業界の人手不足解消や、効率化、IT化を無条件に素晴らしいことだと思い込んでしまっているが、それが労働者にとっても素晴らしいことかというと、話は別なのだ。


 ブルーカラービリオネアという表現は大げさだとしても、一部のタクシードライバーの賃金が上がっているのは事実だ。その背景には少子化があり、ドライバーの数が減って深刻な人手不足になったことがある。


 欧米を筆頭に、東南アジアやお隣・韓国でも着々と賃金が上がっていく中で、日本の賃金はこの30年でほとんど上がっていなかった。そのように政府が企業に補助金をバラ撒(ま)いても、金融緩和をしてもピクリとも上向かなかった賃金が「人手不足」によって急激に上がっている。一部のタクシードライバーに限られた話ではあるが、これは「安いニッポン」にとって非常に示唆に富んでいる。


 日本では「人手不足」は「根絶しなくてはいけない悪」のように語られる。が、それはあくまでも人を雇う経営者の視点であって、現場で働いて賃金を得る労働者にとってはそれほど悪くない話なのだ。


 これから日本は、人口も市場規模も急速に縮んでいく。それは経済も同じで、右肩上がりの成長を目指すのは「極めて難しい話」になる。そういう中で、「成長を目指さずに、減少する日本人が幸せになる」道を模索することも必要だ。このような「経済停滞」を前提とした発想の転換を、「シュリンコノミクス(Shrinkonomics)」という。


 外国人ドライバーを増やし、ライドシェアや完全自動運転も普及していけば、「人手不足」は解消されるので企業はハッピーだ。外国人観光客が右肩上がりで増えていくので、企業の業績や株価も上がっていく。しかし、当のタクシードライバーの賃金は上がっていくかというと疑わしい。


 むしろ、過剰な供給が低賃金を定着させて、失職するドライバーも増えていくのではないか。この「縮みゆく国」では、ある程度の「人手不足」を放置したほうが、長い目で見れば日本人は幸せになるのではないのか――。


 その答えは今、ブルーカラービリオネアと持ち上げられる「タクシードライバー」の皆さんが、これからどんな道を歩むのかを見れば、分かるのかもしれない。


(窪田順生)



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  • ビリオネアって資産がビリオン(10億)ドル、現在のレートなら1600億円近く。月収100万円程度じゃ、一生働いても届かないw
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