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日本の航空業界は今、かつてない危機に直面している。旅客数はコロナ禍前の水準に戻ったにもかかわらずだ。
人件費の高騰や円安に加え、中東情勢の緊迫化に伴う原油価格の急騰が直撃。国際線の「燃油サーチャージ」(燃油特別付加運賃)が最大2倍(欧米路線で5万円台)に跳ね上がる見通しとなるなど、航空各社のコスト負担は限界に達している状況だ。
この波は、日本の国内線ビジネスにも容赦なく押し寄せている。空港使用料の減免や航空機燃料の軽減など、公的な負担軽減措置を除いた実質的な営業損益ですでに「赤字」へと転落し、収益改善が待ったなしの状況だ。大手航空会社のANAとJALは、2026年夏スケジュールに向け、それぞれ異なるアプローチで国内線のリニューアルに踏み切った。
ANAは大胆な運賃体系の変更(シンプル化)に踏み切り、JALは顧客への寄り添いを重視する戦略を取っている。目前に迫る「史上空前の燃料高騰」が浮き彫りにした国内線ビジネスの限界とは? 今後避けられない“運賃値上げ”を見据えた両社の生存戦略を分析する。
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●ANAの大改革 「シンプル化」の裏にある厳しいサービス制限
ANAのリニューアルの最大の目玉は「国内線運賃」のシンプル化だ。5月19日に運賃体系を大きく変える。
主な運賃は「シンプル」「スタンダード」「フレックス」の3つ。選択肢をシンプルにすることで各運賃のサービス差を明確にし、自然と単価の高い上位運賃へと誘導する「アップセル」の狙いがあるようだ。しかし、この「シンプル」への移行は、多くの既存ユーザーにとって“実質的な負担増”となる側面も孕んでいる。
ただ、最安の「シンプル」では、事前座席指定が不可(以前は可)となった。無料手荷物許容量は1個/23キロまで(以前は2個/23キロまで)、アップグレード不可(以前は可)となるなど、これまでよりサービス内容を厳しく制限している。
「スタンダード」だと事前座席指定ができるなど、従来の最安運賃とほぼ同様のサービスを提供しているものの、金額はシンプルより片道で数千円ほど高く設定しており、実質的な値上げと上位プランへの誘導として機能している。
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赤字路線も再編する。その1つが、大阪・関西空港発着の国内線だ。沖縄の那覇・宮古・石垣、札幌・新千歳を結ぶ4路線をなくし、羽田線のみにした。ANAグループのLCCであるPeach(ピーチ・アビエーション)は、関西空港を拠点としている。ビジネス客の多い近隣の伊丹空港や神戸空港と役割を分担し、グループ全体で「すみ分け」を図る戦略が垣間見える。
運賃の値上げや路線の再編など、赤字脱却に向けた戦略転換は企業にとって急務だ。しかし、SNSなどでは出張客やヘビーユーザーから「実質的なサービス改悪だ」といった不満の声も上がっている。こうした反発を放置すれば、深刻な企業離れや飛行機離れを引き起こしかねない。さらに、顧客の不満を直接受ける空港や機内など、現場を混乱させないための丁寧な対応も不可欠だ。
●JALは「寄り添い」重視 見えるサービスは維持し、機内環境を拡充
JALも国内線のリニューアルを発表した。主な内容は、新たな機材の導入、上級の「ファーストクラス設定路線」の拡大、スマートフォンなどで利用する「JALアプリ」の刷新、羽田空港のラウンジリニューアルなどだ。
運賃体系については2023年4月に、従来の9種類から「フレックス」「セイバー」「スペシャルセイバー」の3つに、すでに簡素化している。一方で、搭乗実績に応じてたまる「マイル」「FLY ONポイント」は、以前より積算率をかなり少なくした。さらに特典航空券では、シーズンごとの基本マイル数が決まっているANAに対し、JALは需要と残席に応じて変動する仕組みを導入しているため、顧客から「使いづらい」という声も上がっている。
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ただ、事前座席指定や受託手荷物の制限といった、いわば誰にとっても分かりやすいサービスは変えていない。また、ANAが新運賃で廃止した(介護認定者と同行家族向けの)「介護割引」も、JALは引き続き設けている。効率化に振り切るANAに対し、JALはあえて既存のサービスを残すことで「顧客ロイヤルティの維持」と「ブランドの差別化」を図る戦略をとったと言える。
さらに、国内線で使用する機材に関しても、最新のエアバスA350や、地方路線でエンブラエル190などの世界最先端の飛行機を導入。小型ジェット機以上では座席の充電設備や機内Wi-Fiを、ほぼ整備している。
国土交通省は2月、発火防止の観点から機内でのモバイルバッテリー使用を制限する改正案を公表した。個人での充電が難しくなる今後、自席に電源設備を搭載しているJALの機内環境は、顧客体験を大きく引き上げる要因になりそうだ。
●国も危惧する異常事態 地方路線で進む「ライバル同士の協業」
国内線を巡る状況は厳しい。国土交通省の「国内航空を巡る現状」によると、旅客数はコロナ前を超えているものの、営業利益率はコロナ前の水準まで回復していない。収入は横ばいである一方、費用が増大し、営業損益での実質的な赤字も出ている状況だ。
特に、地方路線や地方空港は厳しいため、航空会社の協業・協調が進む。
2023年10月には、ANAやJALを含む5社が「地域航空サービスアライアンス協議会」を設立。JALグループの地域航空会社とJALが共同運航する便に、ANAがコードシェア便を設定するといった取り組みを始めた。またANAとJALは、地方空港で地上作業に携わる人員を効率的に活用するための取り組みも実施している。
●中東情勢が直撃 国際線の燃油サーチャージは最大2倍に
国内線の苦境に追い打ちをかけるように、業界全体を揺るがす事態も起きている。米国とイスラエルによるイラン攻撃を受けた原油価格の高騰により、ANAとJALは6月の発券分から、国際線の燃油サーチャージを最大2倍に引き上げる見通しだ。
基準となる市場価格がイラン攻撃前から2倍超に急騰しており、日本発の欧米路線ではANAが5万5000円(2万3100円増)、JALが5万円(2万1000円増)と、現行制度で想定される最高額に達する。中国や台湾行きなどの近距離路線でも、約5000円の値上げとなる見込みだ。
これほどの負担増は、消費者の旅行控えや訪日客の減少に直結する。今後も燃料価格の高止まりが続けば、現行のサーチャージ制度の枠組みではコストを吸収しきれず、航空各社が「上乗せ額の引き上げ」といった制度自体の見直しを要請する可能性すら浮上している。
●セール頼みの「薄利多売」はもう限界 国内線に値上げ迫る
この燃料高騰は、当然ながら国内線にも波及する。コロナ禍が明けた頃にANAやJALが始めた、片道7000円ほどから販売するセールは、現在では対象外路線が増え、運賃自体も上がっている。少しでも利益を上げたい航空会社にとって、セールは「空席を埋める」のに適していた。
ただ、セールで買う利用客は、客単価が低い。特に、人気路線などで座席が早々に埋まってしまうと、変動制の運賃は上がっていく。予定が直前に決まるビジネス客は、少々高い運賃でも買うかもしれない。だが、あまりに高くなると出張規定の金額があり、買えなくなる。新幹線などの代替手段がある路線では他の公共交通機関に流れてしまう可能性もある。代替手段がない路線では、出張自体が見送られる可能性も出てきそうだ。
業界で蔓延していた「薄利多売」状態は、限界を迎えつつある。ANAの「痛みを伴う新運賃」は利用客に浸透するのか。一方のJALは、手荷物などの新ルールを追随するのか。
いずれにしろ運賃の値上げは、今後避けられない。中東情勢という外部要因に振り回されながら、航空各社は利用客の反応をギリギリまで見極める「綱渡りの経営戦略」を強いられている。
●著者紹介:シカマ アキ
大阪市出身。関西学院大学社会学部卒業後、読売新聞の記者を経てフリーランスのジャーナリスト・フォトグラファーとして活動中。主な取材分野は、旅行、飛行機・空港、官公庁や自治体、スポーツなど。国内外で、雑誌やWebなど向けに取材、執筆、撮影などを行う。ニコンカレッジ講師、空港や旅行会社などでのセミナーで講演活動も。
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