画像提供:マイナビニュースウクライナ侵攻以降、西側諸国との断絶を深めるロシア。経済制裁や国際的孤立によって「ロシア衰退論」も広がるが、元外交官の山中俊之氏は、ロシアが簡単に崩れることはないと指摘する。中国との関係強化、北極圏開発、宇宙・軍事技術、資源――。ロシアは今後、どのような国家像を目指すのか。山中氏の著書『世界のエリートが学んでいる教養としての超現代史』(SB新書)から、一部を抜粋して紹介する。
○西側と断絶するロシアの活路
これからのロシアはどこへ向かうのか。
西欧型の民主主義国家へと移行する可能性は今後も困難が予想されるでしょう。
むしろ強権的な指導者のもとで、国家としての統一や安全保障を優先する傾向を持ち続けると考えられます。
となると、今後10年ほどの短中期で、西欧との関係が修復するとも考えづらい。戦時下の統治体制、制度的な経験の不足、相互の不信、経済制裁の続行──こうした要因が積み重なっている限り、西欧との「再統合」は現実的ではありません。
むしろ現状でもっともロシアにとって合理的なのは、中国への依存度を高めつつ、多極化する国際秩序の一角としてのポジションを確立・維持すること。上海協力機構(SCO)やBRICSが、その政治的な足場となるでしょう。代償として主権的な自由度は低下しますが、エネルギー、穀物、軍需、宇宙といった分野では、ロシアは今後も交渉力を発揮していくはずです。
国際社会では苦境に立たされているかに見えるロシアですが、チャンスはあります。
第一に挙げられるのは、北極圏です。
ロシアは北極沿岸の3分の1を占める世界最大の「北極沿岸国」で、北極圏はロシアの地理的な優位性が政策上の強みとなる数少ない領域です。地球温暖化はロシアにも多くの悪影響をもたらしますが、同時に、北極海航路の利用拡大や資源開発、監視・軍事インフラ整備など、新しい可能性を開く面もあります。
第二に、やはりロシアの宇宙開発、基礎科学、軍事技術は見過ごせません。
これらの分野に関してはソ連時代からの蓄積があり、現在の制裁下でも資源を集めやすい分野です。
そして第三に、芸術文化のソフトパワーも加えておきましょう。政治とは距離を置きながら評価されうる非政治的な影響力は、ロシアの「国としての物語」を再構築する資産でもあります。
一方で、ロシアの構造的な弱点もはっきりしています。まず、少子高齢化、他国への頭脳流出は長期の成長力を削ります。先に述べたような資源依存の財政構造が、産業の多角化やイノベーションを阻むという問題も続くでしょう。また、欧州との金融・技術面での断絶が当面の間続くことは必至であり、かつては傘下にあった東欧諸国の反ロシア感情も、簡単には消えないはずです。
○孤立でも西欧回帰でもない「第三の姿」
さらに50年単位の長期的な視点で考えてみると、ロシアは「完全孤立」でも「西欧回帰」でもない、第三の姿に落ち着く可能性が高いように思えます。
すなわち、中国を中心とする非西欧圏ネットワークの重要な拠点でありつつ、北極・宇宙・軍需・穀物・資源などの選択的分野で一定の重みを維持し、芸術文化資産は国際社会で静かに評価される──そんな位置取りです。
政治体制が強権的であっても、限定領域での技術と芸術文化の力が、国力を開き続ける。それがロシアの「しぶとさ」の源でしょう。
もちろん別の道筋もあり得ます。ウクライナ戦争が停戦すれば、対ロシア制裁が段階的に緩和され、西側諸国との経済的な交流も限定的であれ復活するかもしれません。
しかしその場合でも、冷戦後、あるいはウクライナへの介入前のような西側との交流が戻るわけではなく、互いに一定の距離を保ちながら機能的に共存していくにとどまるでしょう。先に概観したようなロシアと西欧との歴史的経験、政治文化の違いが、両者の歩み寄りの限界となる可能性が高いからです。
○屈辱的でも「中国傘下」に落ち着く
ロシアを単純な善悪の物語に押し込むべきではありません。
ウクライナ侵攻は明らかな国際法違反であり、ロシアによる一方的な暴力と破壊と言わ
ざるを得ません。
しかし同時に、ロシアという国は、地理・歴史・政治文化・社会矛盾・芸術的創造力が複雑に絡む存在であり、それを指導者個人の性格だけで説明すべきではない。安全保障の焦燥、専制の持続、文化の厚み、勢力圏の影──こうした長い時間の蓄積の中に、現在のロシアを置き直すことが必要です。
総じて言えば、ロシアの「強さ」は地政学上の優位性と豊富な資源や動員力、科学、軍事、芸術文化に宿っており、「弱さ」は人口動態、産業多角化の遅れ、国際関係上の断絶、周辺との摩擦に表れています。
西側の価値観が支配的な局面では、ロシアの脆さが前面に出るでしょう。ただし、国際関係は西側一辺倒ではなく、常に揺れ動いています。非西側諸国の自立性や優位性が増す局面ではロシアの強みが生きるでしょう。
とはいえ、冷戦時代のように一極を担うというよりは、中国の傘の下で影響力を保つ。つまり、かつてソ連の資金や先端技術などの援助を受け入れるために毛沢東がスターリンやフルシチョフに頭を下げた時代とは大きく変わり、中国との立場は逆転します。ロシアとしては屈辱感もあるかもしれませんが、それが、おそらくは避けがたい歴史の流れとなるはずです。
○まとめ
ロシアは今後も、強権体制と勢力圏の維持を優先していくと思われるため、西側との
再接近は現実的ではない。かつては中国の「兄貴分」だったが、すでにロシアを大きく超え、急速に台頭している中国を軸とした「非西側ネットワーク」の一角として、
これからは資源や軍事技術、北極圏の有効活用など限定分野で存在感を保っていく。
経済的には、人口動態と産業多角化の遅れが長期的な足かせとなる。ロシアは「大国
であり続けたい国」だが、実態は「選択肢が狭まる地域強国」へ移行しつつある。
○『世界のエリートが学んでいる教養としての超現代史』(山中俊之/SB新書)
本書では、9つの国・地域について、世界の潮目が変わった「2010年以降」の超現代史を近代から近世、ときには古代史にまで遡りながら解説する。アメリカの「自国第一主義」/ロシアを突き動かす「侵略への恐怖」/中国がこだわる「国家のメンツ」――歴史を知れば、各国の思惑がわかる。世界107カ国に赴き、各国のリアルを知り尽くした元外交官が教える、分断が進む世界を生き抜くための必須教養。()