スマホも衛星通信もあるのに、なぜ「業務用無線機」はなくならないのか 売上高過去最高の無線機メーカーに聞く

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2026年06月23日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

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アイコムの中岡洋詞社長

 スマートフォンやチャットツールが普及した今、トランシーバーや業務用無線機は過去の技術と思われがちだ。しかし建設現場や空港、ホテル、自治体、防災の現場では、今なお欠かせない通信手段として使われている。


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 世界約180の国・地域で製品が使われている、総合無線機メーカーのアイコム(大阪市)は、2025年3月期に売上高約374億円と過去最高を更新した。スマートフォンが通信の主役となり、近年は衛星通信サービスも広がる中で、なぜ無線機は代替されず、アイコムは世界で選ばれ続けるのか。社長の中岡洋詞氏に、無線機の役割と通信インフラの未来を聞いた。


●米国国防省に採用 世界180カ国で使われる無線機メーカー


 アイコムは1954年にアマチュア無線機メーカーとして創業した。現在は業務用無線機を主力に、陸上、海上、航空、衛星通信向けまで幅広い製品を展開する総合無線機メーカーだ。


 転機となったのが1998年の米国防総省への導入である。自国メーカー以外の無線機が採用されるのは異例で、この実績をきっかけに国際的な評価が高まった。現在は世界約180の国・地域で製品が使われており、国内外の官公庁や自治体、インフラ企業などにも導入されている。


 同社の強みは、陸上、海上、航空といった異なる用途に対応する技術力と、企画・設計・製造を国内で完結させる体制にある。用途ごとに異なる周波数帯を扱う技術を生かし、多様な製品を自社で開発できる。


 こうした強みを背景に、2025年3月期の売上高は約374億円と過去最高を更新した。


 もっとも、通信を取り巻く環境は大きく変わっている。スマートフォンが通信の主役となり、近年はスターリンクに代表される衛星通信サービスも普及し始めた。そうした時代に、業務用無線機はなぜ必要とされ続けているのだろうか。


●スマホ時代に、なぜ無線機は代替されないのか


 中岡氏は、無線機の強みを3つ挙げる。1つ目は「自営性」だ。スマホや携帯電話は基地局がなければつながらないが、無線機は通信事業者のネットワークに依存せず、電波が届く範囲であれば端末同士で直接通信できる。2つ目は「同報性」。電話が基本的に1対1の通信なのに対し、無線機はボタン1つで多数の相手に一斉に情報を伝えられる。3つ目は「即時性」で、相手の電話番号を呼び出す手間なく、押せばすぐに通話できる。


 中岡氏は無線機とスマホの関係を「代替」ではなく「共存」と捉える。アイコムはスマホをトランシーバーのように利用できる法人向けアプリも展開しており、ボタン操作でグループ全体へ情報を一斉連絡できる。一方で、端末そのものの耐久性では無線機に分がある。落下や衝撃、水漏れなどが日常的に発生する現場では無線機が選ばれやすいという。


 こうした強みを背景に、活用の場を広げてきた。当初はホテルや警備、駐車場やイベントの誘導といった簡易なやり取りが頻繁に発生する現場が中心だった。しかし近年は、鉄道や航空会社といった社会インフラを担う業界への導入も進んでいる。


 導入先は民間企業だけではない。学校や自治体からの引き合いも増えているという。校内や職場にスマホの持ち込みを制限する動きや、盗撮・情報漏えいへの懸念から、通話に特化した機器が選ばれやすいためだ。


 中岡氏によると、校内放送や教室に設置されたインターフォンと連携し、不審者の侵入時に校内に一斉通報できるシステムなどについて学校から相談を受けるケースもあるという。


 近年はGIGAスクール構想の推進でWi-Fi環境が整備された学校も多い。そうした環境では、Wi-Fi経由で利用できる無線機を導入することで、月々の通信料をほぼかけずに運用できる。


 こうした無線機の強みが最も際立つのは災害時だ。2018年の西日本豪雨では、浸水によって電話やテレビが使えなくなった地域で、アマチュア無線の愛好家が無線機を通じて別の地域に住む愛好家へ救助を求めた事例があったという。さらに、2024年1月1日の能登半島地震では、アイコムが総務省から預かる備蓄用の無線機を東京・大阪・金沢の拠点から被災地へ運んだ。


 「震災の直後から数時間、数日の間は、無線機が通信を支えているのが現実だ。これは日本に限らず世界中で言える」と中岡氏は話す。通信インフラが復旧するまでの間、外部のネットワークに頼らず利用できる無線機が、重要な連絡手段となる。


 しかし、通信手段の多様化も進んでいる。近年は、米・SpaceXの衛星通信サービス「スターリンク(Starlink)」の普及により、「将来的には無線機が不要になるのではないか」との見方もある。だが中岡氏は、両者は役割が異なると考えている。


 スターリンクは主にインターネット接続を提供するサービスであり、無線機のように即時的な通話ややりとりを想定したものではない。また料金面の課題に加え、屋内や高層ビル街など、衛生との通信が遮られやすい場所では利用しづらい。


 一方、アイコムは衛星を利用して音声通話ができる無線機「IC-SAT100」をすでに実用化しているほか、スターリンク回線を活用できる無線機も展開している。新しい通信網が現れても、脅威としてではなく自社の無線機の価値を高める手段として取り込む。中岡氏は、新しい通信技術をそうした視点で捉えている。


●「割に合わないこと」をやり続ける 売上高の10%超を研究開発費に


 多様な通信手段と共存しながら、陸・海・空、さらには衛星までを一つのブランドで手がける。この幅広さを、多額の投資で支えている。


 象徴的なのが、研究開発への投資である。同社は10年以上にわたり、売上高の10%超を研究開発費に充ててきた。中岡氏によれば、直近は12%近くまで高まったという。


 背景には、創業者で現会長の井上徳造氏の「メーカーの根幹は技術であり、そこにお金を惜しむな」という考えがある。中岡氏自身、高額な測定器の購入稟議に戸惑うこともあるというが、技術への投資は止めない。「本社はかなり古い建物のままだが、技術や工場にはお金を惜しまない」と中岡氏は話す。


 もう一つの土台が、創業以来貫いてきた「メイド・イン・ジャパン」だ。1ドル=75円前後まで円高が進んだ局面でも、同社は企画・設計・製造を国内で完結させる体制を崩さなかった。雇用と技術の流出を防ぐ狙いがあるが、中岡氏は実務上の利点も大きいと話す。


 設計部門と工場が同じ国にあり、同じ言語、同じ時間帯で動くことで、量産前の調整を迅速に進められる。「急いで対応してほしい」という指示一つとっても、文化や商慣習が異なれば受け取られ方にずれが生じることがある。しかし、国内であれば、その齟齬(そご)は起こりにくい。


 こうした姿勢は、事業ポートフォリオの考え方にも表れている。一般的には、成長市場へ経営資源を収集し、収益性の低い事業を縮小する方が合理的と考えられる。しかし、アイコムはアマチュア無線から業務用まで幅広い事業を展開している。


 その理由について、中岡氏は「純粋なビジネスの計算だけで割り切っているかというと、そうではない」と話す。


 例えば、祖業であるアマチュア無線だ。市場規模だけを見れば業務用無線に経営資源を集中した方が効率的にも見える。ただ、中岡氏によると、アマチュア無線向けに開発した技術やノウハウ、部品、金型などが、業務用や航空、船舶用の製品に応用できるという。


 「一見割に合わないことをやっているように見えても、それが後になって別の市場につながることがある」と振り返る。


●「自前主義」からの転換で挑む、次の成長


 次の成長を支える柱は、大きく2つある。収益性の高い回線ビジネスの強化と、M&Aや事業提携を通じた事業領域の拡大だ。


 まず注力するのが、回線使用料による「ストックビジネス」である。携帯電話回線を利用するIP無線機などで回線の使用権を提供し、通信料を継続的な収入として積み上げるモデルだ。ハードウェア販売と比べて継続的な収益が見込みやすい。


 実際、2026年3月期には連結売上高の約1割(構成比10.1%)を占め、「中期経営計画2026」で示した目標を上回った。国内の契約回線数が20万回線を超える一方、海外は約5万回線にとどまる。中岡氏は「ここに伸びしろがある」とし、今後は米国と欧州での拡大を狙う。


 もう一つの柱が、M&Aや事業提携の活用だ。アイコムはこれまで、企画から設計、製造、販売までを自社で手掛ける「自前主義」を強みとしてきた。しかし、AIやアプリケーション開発、他システムとの連携などの重要性が増す中、全てを自社だけで完結させることは難しくなっている。2026年5月に公表した「中期経営計画2030」でも「事業提携の加速」と「M&Aの推進」を掲げている。


 実際、同社は音声AIスタートアップのボイットとの協業を進めている。ボイットの技術を活用したAIインカムアプリ「ICOM CONNECT」では、スマートフォンで無線機のような一斉通話ができるほか、20カ国語以上に対応する同時通訳や文字起こしといったAI機能も利用できる。自社開発であれば5年、10年かかる技術を協業によって短期間で取り込んだ。


 加えて、公共安全や防衛といった新市場への参入も進める。中期経営計画では、公共安全向けの次世代通信や防衛向け衛星通信に対応した製品の事業化を掲げており、2027〜2028年の事業化を狙う。計画では2030年3月期に売上高430億円、営業利益率10%を目標に据えている。


 通信手段が多様化しても、災害や公共安全、防衛など、無線機でなければ担えない領域は残る。陸上から海上、航空、衛生までを手掛けるアイコムの歩みが示すのは「スマホ」では大体できない通信がある」ということだ。その需要が、知られざる無線機市場を支えている。



このニュースに関するつぶやき

  • 逆にアマチュア無線は既に過去のレガシーです。私も特技の乙とレーダーと2アマの従免こそ持ってますけど局免はいつの間にか失効済みで今じゃ過去のメモリアルです🤣
    • イイネ!3
    • コメント 2件

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