限定公開( 5 )

企業は、苦しいときにこそ一番良い資産を手放す――。
【画像】オーナーが変わり、企業価値を大きく伸ばしたハンバーガーチェーン
東芝が虎の子の半導体事業「キオクシア(旧東芝メモリ)」を切り離したときも同様だ。会社が傾いたとき、真っ先に現金化されるのは、“お荷物”ではなく一番値の付く資産なのである。
今、まさに同じ構図がスターバックスで起きようとしている。
2026年6月、米スターバックスが日本事業の売却を含む複数の選択肢を検討していると一部で報じられた。協議は予備的段階にすぎないが、売却対象が「絶好調」な日本事業だったことが、市場では物議を醸した。
|
|
|
|
数字を見るとその堅調ぶりが分かる。スターバックス コーヒー ジャパンの2025年9月期売上高は3401億円と過去最高を更新し、店舗数は2116に達している。ドトールやコメダ珈琲店の約1000店をそれぞれ2倍近く引き離す、国内カフェ業界の絶対王者だ。
本場米国が客離れに苦しむなか、日本だけが増収増益を続ける「日米逆転」が起きている。最ももうかっている事業を、なぜ手放すのか。
●「成長投資」ではなく「本国再建」のため?
スターバックスはいま、ブライアン・ニコルCEOのもとで「Back to Starbucks(原点回帰)」と銘打った大規模な立て直しの最中にある。
同社は2026年1月の投資家説明会で、2028年までに米国で純増400店、ロイヤルティー制度の刷新、店舗体験の再構築を掲げた。注目すべきは、これらが全て再建のために資金を投じる施策であるという点だ。
|
|
|
|
店舗増設も人員拡充も設備刷新も、いずれも先行投資になる。だからこそ巨額のキャッシュを必要とする。問題は、その現金をどこから捻出するかだ。本国の不振事業を売って作ることはできない。米国で店舗を増やすと宣言した矢先に、その米国の店を減らしては元も子もないからだ。
そうなると、白羽の矢が立つのは最も好調な日本市場である。つまり今回の売却は、成長への攻めの一手というより、本国の出血を止めるための資金調達に近い。
そして、それが「今」であることにはもう一つ理由がある。
足元の日本市場ではインバウンド需要も追い風になっているが、好調の根幹は「日本人」がスタバをひいきにしてきた事実だ。
人口減少と少子高齢化が進む日本で、日本人をベースとした客数がこの先も右肩上がりで続く保証はない。高い値段がつくうちに売り抜けたい――そんな打算も透けて見える。
|
|
|
|
●買い戻した日本法人、10年あまりで再び売却へ
忘れてはならないのは、スターバックスがわずか10年あまり前に、上場していた日本法人を自ら買い戻していたという事実だ。
2014年、米本社は合弁相手サザビーリーグの保有株(約4割)を含め、上場していた日本法人を総額995億円のTOBで完全子会社化した。日本市場で機動的に勝負するため、あえて資本を一本化する判断だった。
その事業を、投じた額の4〜5倍の評価がつくとはいえ、たった10年あまりで再び売りに出そうとしている。
日本市場が10年で叩き出した価値の大きさを証明すると同時に、それを短期で手放さざるを得ない本国の窮状の深さが、同じ事実の裏表として浮き彫りになる。10年での180度転換を「戦略」と呼ぶには、動機があまりに近視眼的に映る。
●直営の重さをIPへ組み替える狙いも
同社は近年、世界中の店を自ら所有するオーナー型の経営から、「スターバックス」というブランドそのものを貸し出すIPライセンサーへと軸足を移しつつある。いわゆるアセットライト戦略への転換だが、その本質は、同じ事業が生む利益を「より高い倍率で評価される形」に組み替える財務的な一手にある。
日本のスタバ店舗のほとんどはフランチャイズではなく直営だ。これは店舗体験の質を担保できる反面、土地・内装・人件費といった「企業価値に倍率が乗りにくい資本」を自社のバランスシートに抱え込むことを意味する。
株式市場は一般に、自前で保有する重い資産を割り引いて評価する傾向がある。近年、大手企業が自社ビルを売って賃貸に切り替える動きが相次ぐのも、財務的な身軽さで企業価値を高め、経営の自由度を取り戻す狙いがあるからだ。
理想的な出口は株式の過半をファンドや事業会社に売って一括の現金を得ることになるだろう。
同時にブランドのライセンス契約は手元に残し、売却後も売り上げに応じたロイヤルティーを吸い続ける。バランスシート(貸借対照表)からは重い直営資産が消え、損益計算書には軽い手数料収入だけが残る。
実は、2026年4月に完了した中国事業の売却が、まさにこの型そのものだった。
スターバックスは中国事業の企業価値を約40億ドルと評価したうえで、その株式60%を香港の投資ファンド・博裕資本に譲渡。残る40%とライセンサーの地位を手元に残した。
日本でも同じ設計図が引かれていると見るのが自然だ。「日本を捨てる」のではない。「日本を、より資本効率の高い器に詰め替える」と表現したほうが実態に近い。
●ファンドが外食を持つ時代
では、日本のスタバはファンドの手に渡って、どうなるのか。一つの参考になるのが、つい最近の前例だ。投資ファンドが外食ブランドを買収する例は増えており、その潮流を踏まえると、スターバックスの買い手もファンドになる可能性がある。
そのロールモデルは、日本のバーガーキングである。
香港の投資ファンド・アフィニティ・エクイティ・パートナーズは2017年に低迷していた同事業を買収し、2019年には77店まで減少していた店舗を約308店(2025年10月末)へと約4倍に拡大。2025年11月には米ゴールドマン・サックスへの売却が判明し、取引額は約700億〜800億円規模とも報じられている。
「安く買い、育てて、高く売る」というプライベート・エクイティ・ファンドの教科書的成功例だ。なお、買い手がファンドや金融機関に代わっても、看板にゴールドマン・サックスのロゴが乗るわけではない。ブランドはバーガーキングのまま、資本の出し手だけが入れ替わる。
ケンタッキーフライドチキン(KFC)も同じ道をたどった。日本KFCホールディングスは長く三菱商事傘下にあったが、2024年5月、米投資ファンドのカーライル・グループがTOB(株式公開買い付け)を発表した。
三菱商事が保有していた35.12%の株式も含めて買い取り、同年9月に約1300億円で完全子会社化し、上場廃止となった。カーライルはエブリデイブランドへの転換と出店加速を掲げており、ここでもファンドが外食ブランドを保有し、成長を仕込むという同じ構図が繰り返されている。
●日本のスタバに何が起きるのか
バーガーキングが成功したのは、出発点が「壊れた事業」だったからだ。縮みきった店舗網には、立て直す余地――すなわち伸びしろがあった。
スターバックス日本は真逆である。すでに国内カフェの頂点に立ち、出店も価格も体験価値も磨き上げられた成熟資産だ。「育てて伸ばす」型の上昇余地は乏しい。
すると、新しいオーナーが残された利益を引き上げるレバーは、事実上2つしかないと筆者は考える。
それは、さらなる値上げか、コスト圧縮だ。しかしこれらの選択肢は、スターバックスの競争力を自ら削る行為に他ならない。
日本のスタバが度重なる値上げに耐えてこられたのは、体験価値を優先するブランド戦略で客離れを抑え込んできたからだ。コスト圧縮によって体験価値が痩せ、値上げが顧客満足度を削るなら、その均衡は崩れる。
皮肉なのは、本国がまさに「効率を追って体験を希薄化させた末の客離れ」を起こしていることだ。本国が反省して原点回帰を目指す間に、日本が米国の失敗をなぞってしまわないか。
もっとも、悲観すべきことだけでもない。
買い手が日本法人の独立性を尊重すれば、現地に最適化した経営判断はむしろ速くなり得る。
これを機に再びIPOすることを選べば、成功を築いた現経営陣のもとで日本のスタバが自走する道も開ける。ブランド、店舗、アプリといった消費者接点は、資本の出し手が代わっても維持されるのが通例だ。買い手が誰であろうと、日本のスタバが明日、別の名前になるわけではない。
問われるのは、その先だ。本当の論点は、売却額の大きさではない。新しいオーナーが短期の投資利益とブランドの長期価値のどちらを優先するかに尽きる。
日本のスタバの勝ち筋を作ったのは、利益を急がない忍耐だった。その忍耐を引き継ぐ買い手が見つかるかどうかに、日本のスタバの命運はかかっているのではないだろうか。
筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士
FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経て株式会社X Capitalへ参画。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。