
ご近所づきあいのなかで、ちょっとした困りごとを誰かに相談した経験はありませんか? 日常の些細な出来事だからこそ、気軽に話したつもりが、思わぬ形で広がってしまうこともあります。今回は、回覧板をめぐる出来事から見えてきた伝え方と、距離感の難しさについてです。
『近所の家のポストが小さくて回覧板が入らなかったから、ママ友にこの話をしたら本人に言ったらしい。あり得なくない? 普通言わないよね?』投稿者さんにとっては軽い話題のひとつでした。しかし、その話が当の本人に伝わってしまい、戸惑いを感じています。
え、おかしくないでしょ?解決に動いてくれたのでは?
まず投稿者さんの行動に疑問を呈する声が少なくありませんでした。投稿者さんにとってはただの愚痴や相談でも、相手にとっては解決すべき話題として受け取られた可能性があります。
『「ポストが小さくて入らない。どうしたらいいのだろう」と相談したのでしょう? 「だったら私がそのお隣さんに言ってあげる」はその人が判断した話。本人に言われたくないなら、そもそも他人に話さない方がいい』
『「どうしたらいいんだろう」と相談されたから、解決のために動いただけでは?』ママ友の行動を一概に責めることはできないという見方もありました。こうした善意の行動が裏目に出ることもあるのでしょう。受け取り方や話した側の期待の小さな違いが、“単なるおしゃべり”でも思わぬ誤解へとつながってしまうのかもしれません。
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話題が具体的すぎた?ママ友に負担をかけたかも
コメントのなかには、話題が具体的すぎたのではという指摘も見られました。
『回覧板のようなローカルな話をいちいち相談するのは、相手に負担をかけることもある』
『コミュニケーションのつもりでも、うっとうしく思われている場合もある』回覧板という身近な存在だからこそ、自分で解決策を考えるという線引きが必要だったのかもしれません。
回覧板の渡し方は工夫できたかも!
回覧板の扱いに関する具体的な対処法も寄せられました。
『私だったら買い物袋(ビニール袋)に入れてドアノブにかける』
『玄関の濡れない場所に置いておく』
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『うちの両隣の家もポストが小さいから回覧板が入らないので、最初に「回覧板はどこに置けばいいですか?」と直接聞いたよ』このように、特別なことをしなくても、ちょっとした工夫や事前の確認で解決できるという声がありました。なかには「直接渡せばいいのでは」というシンプルな意見もあり、問題自体はそれほど難しいものではなかったのかもしれません。
結論・しゃべりすぎと他責思考に注意
何気ないひと言が思わぬ広がりを見せることは、日常のなかで珍しくないのかもしれません。今回は、回覧板という小さな出来事だったので、かすり傷と言えるのではないでしょうか。
「多言は身を害す」しゃべりすぎると自分に不利益が返ってくるという意味のことわざです。身近な関係だからこそ適度な距離を保ちつつ、自分で解決できることは自分で考える……そんな意識が、ご近所づきあいを少しだけラクにしてくれるのかもしれませんね。
文・岡さきの 編集・編集部 イラスト・猫田カヨ
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