
千年以上の歴史を持つこの伝統行事には、どのような意味が込められているのでしょうか。
この記事では、『教養として学んでおきたい日本の皇室』(西川恵・著/マイナビ出版)より一部を抜粋・編集し、歌会始の歴史と魅力をひも解きます。
コロナ禍でも守られた新年の伝統行事
皇室の行事や文化のなかに、宮中の新年恒例行事となっている「歌会始の儀」があります。かつては天皇と貴族がもっぱらにしていた和歌を詠む新年の歌会が、いまは皇室と人々の短歌を通した貴重な交流の機会となっています。2021年は新型コロナウイルス感染拡大で、一時は開催が危ぶまれました。歌会始が中止となったのは、明治以降の150年余の歴史のなかで、天皇のご逝去などのときの7回しかありません。今上天皇はオンラインを活用しても開催したい意向といわれ、最終的に約2カ月遅れの3月26日に催されました。
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また感染対策として出席者数を大幅に減らし、全員がマスクやフェースガードを着用。歌を詠み上げる諸役の前にはアクリル板が設置されました。近年は、日本の伝統文化を身近に体験したいという駐日大使が陪席してきましたが、今回はお断りしました。
皇室と国民が短歌でつながる特別な一日
お題は「実」で、1万3657首の応募がありました。歌会始での披講(歌を詠み上げること)の順序は、まず一般から詠進(応募)して入選した10人の歌、つづいて選者と召人(めしうど)の歌、皇族方の歌と進み、最後に皇后の御歌(みうた)と天皇の御製(ぎょせい)となります。一般の入選者で最年少は新潟県の高校2年生。天皇が毎年特別に招いて歌を披露する召人は、この年は小説家で文化功労者の加賀乙彦さんが務めました。
天皇、皇后両陛下と皇族方がお揃いになると、講師(こうじ/全句を節をつけずに読む役)が口上を述べます。
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そして一般の入選者を「××県、〇〇(姓)の△△(名)」と紹介し、五七五七七の節目ごとに語尾を引き延ばして詠み上げました。
つづいて朗吟役五人が節をつけ、あらためて唱和します。朗吟役は初句(第1句)から節をつけて歌う「発声」と、第2句以下を「発声」に合わせて歌う「講頌(こうしょう)」の諸役に分かれます。
朗々とした響きが広い空間にこだまし、そこに会した人たちは三十一文字(みそひともじ)に込められた言葉の意味をかみしめながら、歌の余韻を味わいました。両陛下も静かに聴き入っておられました。
一首平均約3分。ゆったりした時間の流れは、日本が築いてきた伝統文化の粋を垣間見せるとともに、グローバリズムと情報通信革命のあわただしい時代へのいましめのように思えました。
オンラインで参加した小浜市の入選者は、自分の歌が詠み上げられると、画面の中で深々と頭を下げました。
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コロナ収束への願いを込めた両陛下の御歌
皇后の御歌は、感染の収まりゆくをひた願ひ出で立つ園に梅の実あをし
「ひた願い」は、ひたすらに願うことで、新型コロナウイルスの感染が収まることへの祈りが込められています。そして日常が大きく変わったなかでも例年と同じように変わらぬ自然を見る喜びと、その営みの大きさを詠まれました。
天皇の御製は、
人々の願ひと努力が実を結び平らけき世の到るを祈る
天皇は新型コロナウイルス感染問題で、さまざまな分野の専門家や、現場で対応されている方々からお話を聞かれました。人々の願いと努力が実を結び、感染症が収束していくことを願われるお気持ちを詠まれました。
千年以上受け継がれる「歌会始」のルーツ
歌会始の起源は明らかではありません。平安時代半ば、村上天皇(第62代、在位946〜967年)の御代である951(天暦5)年に宮中に和歌所が置かれ、『古今和歌集』(905年成立)に次ぐ『後撰和歌集』が編纂されたころ(957年から959年)にはすでに行われていたとする説もあります。ただ、宮中では折々に貴族らにより歌会が開かれており、これらが歌会始の原型であったという明確な根拠はありません。
鎌倉時代中期、亀山天皇(第90代、在位1259〜1274年)の治世だった1267(文永4)年1月15日、宮中で「歌御会(うたごかい)」(天皇が催す歌会の呼称)が開かれました。当時の資料はこれを「内裏(だいり)御会始」と明記しており、以後、年の始めの催しとして位置付けられたことから、これが歌会始のルーツとみられています。
以後、室町時代、そして江戸時代へと引き継がれ、江戸時代の末期にしばらく途切れましたが、1869(明治2)年に明治天皇によって復興されました。
1874年には一般人が和歌を届け出る詠進が認められ、1879年から一般の詠進歌のなかの優れた歌を、独特の節をつけて詠み上げる披講が行われるようになりました。歌を通じて国民と皇室が交流する今日のスタイルが確立したのです。
1882年には御製(天皇のお歌)をはじめ入選歌が新聞に発表されるようになり、1926(大正15)年にはそれまでの呼称「歌御会始」を「歌会始の儀」とし、式次第が定められました。
国民参加の流れは第二次世界大戦後に加速します。選歌は役人から民間歌人に移り、お題も、かつての「迎年祈世」(年を迎えて世を祈る)といった王朝風から、簡明な単語になりました。テレビ中継も行われ、歌会始の後には、両陛下と入選者や選者との懇談の機会が設けられるようになりました。
一般からの詠進歌も2021年は新型コロナ感染もあって一万首台でしたが、ここ20年はほぼ2万首台で推移しています。
この書籍の著者:西川 恵 プロフィール
1947(昭和22)年長崎県生まれ。71年毎日新聞社入社。テヘラン、パリ、ローマの各支局、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。仏国家功労勲章シュヴァリエ受章。『エリゼ宮の食卓』(新潮社)でサントリー学芸賞。『ワインと外交』(同)、『知られざる皇室外交』(KADOKAWA)など著書多数。
(文:All About 編集部)

