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「もう都会で働くのは疲れたから、田舎で空き家なんかを安く借りながら、仕事を見つけてのんびり暮らすのもいいかな」――。
そんなセカンドキャリアをひそかに夢見ているビジネスパーソンにとって、シビアな現実が突きつけられた。東京都に比べて地方の給料が安いことは周知の事実だが、都会暮らしの人々の想像をはるかに上回るほど、格差が広がっていたのだ。
厚生労働省が発表した「賃金構造基本統計調査の概況」によれば、2025年の東京都の月額賃金は平均41万8300円。一方、最も低かった青森県は26万3900円で、東京都との差は15万4400円だった。2番目に低かった宮崎県との差も約15万円だった。さらに山形県、岩手県、秋田県、沖縄県などが続く。この格差の開き具合は、2007年からの18年間で最大となったという。
なんとも衝撃的な話だが、筆者がこれよりも衝撃を受けたのは、ここまで格差が広がった理由について説明した厚生労働省担当者の以下のコメントだ。
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「都市部への大企業の集中が地域間格差に反映された可能性がある」
・地域間賃金、格差15万円超 賃上げ「東京集中」鮮明に(共同通信 2026年6月28日)
コメントが都合よく切り取られた可能性もあるが、この説明にはかなり疑問が残る。
「どこがだよ! 大企業は中小企業より給料が高いのだから、そうした企業が多い地域の給料が高いのは当然だろ」と思ったそこのあなたは「大企業中心主義」にとらわれてしまっている。こうした考え方は、政治家や官僚、経済評論家などによく見られる。日経平均株価や春闘といった大企業中心の指標や出来事で、日本経済のさまざまな問題を説明しようとする傾向がある。
本連載で繰り返し述べているように、日本の全企業の99.7%は中小企業で、日本人の7割はそこで働いている。「中小企業は大企業の下請けなのだから影響がある」という指摘もあるだろう。しかし、大企業と下請け取引関係にある中小企業は5%未満だ。大企業の影響は、世間で思われているほど大きくない。つまり、各地の賃金水準は、大企業が多いか少ないかだけで語れるような単純なものではないのだ。
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●なぜ賃金の地域格差が広がるのか
実際、中小企業庁のデータ(2021年時点)では、月額賃金が26万3900円と全国で最も低い青森県の大企業数は42社、次に賃金の低い宮崎県は39社だ。一方、大企業数が19社と、青森県の半分以下にとどまる和歌山県は、月額賃金が30万1900円と青森県を大きく上回る。大企業が26社しかない山梨県は31万7300円と上位グループに入っている。
青森県、宮崎県、山形県、岩手県、秋田県、沖縄県だけが「都市部の大企業集中」の影響を受けて、和歌山県や山梨県はそれほど受けないのは、どう考えても理屈としておかしい。
では、なぜ青森県や宮崎県の賃金は東京都など都市部と比べて格差が広がっているのか。これは分かりきっていて、最低賃金の格差が影響している可能性が高い。
厚生労働省が発表している2025年の地域別最低賃金を見ると、東京都の最低賃金は1226円。東京都との差が最も大きいのは沖縄県、宮崎県、高知県で、いずれも1023円だ。次いで青森県が1029円、鳥取県が1030円、岩手県と秋田県が1031円、山形県が1032円と続く。
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これらの地域はいずれも、冒頭で紹介した賃金構造基本統計調査で、東京都との月額賃金の差が13万〜15万円台の地域だ。つまり、この地域間格差には「最低賃金の格差」が大きく影響していることがうかがえる。大企業が多い、少ないという問題以前に、東京より200円近く低い最低賃金で働く労働者が多いため、地域全体の平均賃金を引き下げてしまっているのだ。
●厚生労働省が出したコメントのワケ
さて、ここで気になるのは、なぜ厚生労働省の担当者は「都市部への大企業の集中が結果に反映された」などと、最低賃金の地域格差に触れない説明をマスコミにしたのかということだ。
「忘れていた」のか、「マスコミがそのコメント部分をカットした」のか。理由は分からないが、「政権への忖度(そんたく)」があった可能性も否定できない。
もっと分かりやすく言えば、官邸から「政権の足を引っ張るようなことを話すな」と厳しく叱責されることを避けるため、意図的に賃金の低さを最低賃金と結び付けなかった可能性もある。
というのも6月26日、2026年度の最低賃金額を決める「目安審議」が始まったためだ。中央最低賃金審議会が各都道府県の地方審議会に示す引き上げの目安を決める手続きで、今年の改定額を左右する。
そういうセンシティブな時期に加えて、今、高市政権はこの夏に発表する「日本成長戦略」をまとめており、そこでは石破前政権が掲げた「2020年代の全国平均時給1500円への引き上げ」を見直す方向で調整に入ったとの報道がある。
・最低賃金「全国平均1500円」先延ばし 政府が目標見直しへ(毎日新聞 2026年6月25日)
このように「最低賃金」を巡って高市首相を筆頭に政権中枢がピリピリしている最中に、厚生労働省の役人がマスコミの取材に対して「東京と地方の賃金格差が広がっているのは、最低賃金の地域格差がえげつないことになっているからですよ」などと、そう簡単には口にできないだろう。国家公務員は「国民全体の奉仕者」である一方で、霞ヶ関でのし上がっていくには政権との関係にも配慮しなければならないからだ。
そう考えると、「地域間の賃金格差は都市部への大企業集中のせい」という謎解説も納得だ。低賃金は大企業が少ないせいということにすれば、これを解決するには、国が積極的に投資をして大企業を誘致したり、中堅企業を大企業へとスケールアップさせたりしなくてはいけない。
「最低賃金の引き上げ」はなるべくブレーキをかけて「積極財政」によって財政支出を拡大すれば、日本の賃金は上がっていくはずだという、高市政権の「経済観」とピタッとフィットするコメントだ。
●歴代首相の裏ミッション
本連載で繰り返し述べてきたが、自民党候補者の選挙は、全国の商工会や商工会議所による組織的な応援で支えられている。その中心を担っているのが、地域の中小企業や小規模事業者である。高市首相に限らず、歴代首相は中小企業が窮地に立たされるような「最低賃金引き上げ」は、なるべく骨抜きにするというのが、裏ミッションだったのだ。
しかし、石破茂前首相はそこに異を唱えて「2020年代の全国平均時給1500円への引き上げ」を打ち出した。
日本では2020年代に入ってから、政府が「賃上げ」の重要性を掲げ、賃上げ促進税制、モノづくり補助金、小規模事業者持続化補助金、業務改善助成金など、さまざまな支援策を打ち出して、多額の公的資金を投入してきた。そんな国を挙げての「賃上げ運動」もあって、確かに連合の春闘集計で賃上げ率は高水準の5%台となった。
だが、大企業や労組のある企業がいくら賃金を上げても、その恩恵を受ける人は限られる。日本の労働者の約7割は中小企業に勤めており、その多くは従業員数が数人規模の小規模事業者で働いているためだ。
つまり、日本は低賃金で働く人が多い国なのだ。こういう国で実効性のある賃上げをするには、「最低賃金の引き上げ」しかない。そういう意味では、石破前首相の方針には一定の合理性があった。
というと、「最低賃金を引き上げたら中小企業が次々と倒れて地方に失業者があふれるぞ」という声もあるが、高度経済成長期ならともかく、今の日本は外国人労働者を230万人も迎え入れなくてはいけないほど「人手不足」の状態だ。つまり、「最低賃金の引き上げへの対応が難しい零細企業」で働いていた低賃金労働者は、本人が希望すれば、これまでよりもっと良い賃金・待遇で働くことができるのだ。
しかも、そうした考え方に基づいて「最低賃金の引き上げじゃなく、中小企業が自主的に賃上げできるように補助金などで支援をしろ」と積極財政をいくら推し進めたところで、地域間の賃金格差は解消されないし、日本経済が大きく改善するとは考えにくい。
●日本経済のシビアな現実
残念ながら、中小企業にいくらバラマキをしたところで事業を維持するための運転資金に充てられるだけで、労働者の賃金に反映されないからだ。
2024年版中小企業白書の「企業の規模間移動と開廃業」には、日本経済のシビアな現実がデータによって示されている。存続企業264.7万社のうち、成長して規模を拡大した企業はわずか4万社。100社あれば1〜2社しかない計算だ。
「規模変化なし」は254万社で約96%、逆に「規模縮小」は6.7万社(約2.5%)で、規模拡大企業を上回っている。
「規模変化なし」や「規模縮小」の企業は基本的に事業を維持するだけで精いっぱいなので、補助金をもらっても運転資金に充てられる可能性が高い。仮に賃上げしても、それは一時的なもので継続できない。
積極財政による補助金などで手厚い経営支援をしたところで、補助金を活用して事業を拡大し、従業員の賃上げまで実現できる企業は、全体の1.5%にとどまる。厳しい言い方だが、このような政策は「経済政策」などと呼べる代物ではない。
では、どうすればいいのか。「規模変化なし」が大多数を占める日本企業を成長させる経済政策が一つだけある。それは「M&A」だ。現在、事業再編や事業統合に伴う経営資源の引き継ぎを支援する「事業承継・M&A補助金」がある。政府は一律の賃上げ支援策よりも、こうした事業承継やM&Aの後押しに力を入れようとしているのだ。
中小企業のM&Aを促す要因の一つが、「最低賃金の引き上げ」だ。諸外国がやっているように最低賃金を物価上昇に合わせて引き上げていけば、大半が「規模変化なし」「規模縮小」のため、経営が苦しくなる。そこで努力して窮地を脱することができる事業者もいるだろうが、多くは「もうだめだ」と事業を畳むか、同業者に売却するか。それとも、どこかと経営統合しようかと考えるはずだ。
そうした再編の動きが全国で活性化すれば、「規模拡大」の機運が高まる。それは中小企業経営者とその家族にとってはアンハッピーだが、従業員と地域経済にとってはプラスだ。
従業員はこれまでよりも大きな規模の会社で働くことになるので、給料が増えたり待遇が改善したりする可能性がある。地域では、小規模事業者が中小企業へ、中小企業が中堅企業へと成長し、結果として雇用も増え、地域経済が活性化する。
●「失われた30年」が証明したこと
このような話をすると、「成長できない中小企業は切り捨てるのか」とか「弱者切り捨てだ!」と不快になる人も多いだろうが、時代の変化に対応できない経営者が市場から退場するのは、世界では当たり前だ。
国際比較でも日本は諸外国に比べて廃業率が低いことが分かっている。これは日本の経営者が優秀なのではなく、国が高度経済成長期にできた「中小企業保護政策」を長く続けてきた恩恵もある。
ご存じのように、これからの日本は急速に人口が減っていく。ならば、それにともなって法人の数も一定程度減少していく可能性がある。
先ほど述べた日本の「大企業中心主義」の問題は、景気や賃金は大企業が良くなれば自然と下まで行き渡るという幻想を国民に抱かせたことだ。国が補助金を経営者に投入すれば、その恩恵はいつか末端の労働者にも配分されるはずだという、トップダウン型の発想を社会に浸透させた。
しかし、その効果には限界があったことを「失われた30年」は示している。これからは発想を逆転して、まず生活の苦しい労働者の賃金を引き上げて、その賃金上昇圧力によって中小企業に変革を促す。そうした環境変化によって中小企業のM&Aが進み、企業数は減っても個々の企業規模の拡大が促され、結果として賃上げの好循環が生まれる。
そして、労働者は消費者でもある。労働者の賃金上昇は消費の拡大にもつながり、内需がGDPの7割を占める日本経済にとってもプラスになる。
今の日本に必要なのは、企業支援を中心とするトップダウン型の経済政策から、労働者の賃上げから経済を活性化するボトムアップ型への転換ではないのか。
(窪田順生)
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