限定公開( 21 )

かわいらしい「ぴちょんくん」のキャラクターで親しまれるダイキン工業。いまや空調事業世界一の売り上げを誇るこの企業も、実は大阪で創業されました。
1924年(大正13年)に山田晁氏によって創業されたダイキンは、当初、航空機のエンジンを冷やすためのチューブなどを製造する金属加工業をしていました。そこから、フッ素系冷媒やフロン系冷媒の研究を強め、1951年(昭和26年)に日本で初めてパッケージ型のエアコンを開発しました。
これは米国のエアコンを手本につくられたもので、それまでのエアコンが冷凍機と送風機を別々に設置し、ダクト工事・配管工事から運転に至るまで、高度な知識と技術を要としていたのに対して、パッケージ型は凝縮機・冷却器・送風機が一つにまとまっていて、自動的に制御する装置を備えています。
ボタンを押すだけで自動運転できる便利さが評判を呼び、売り上げは伸び、エアコンの世界で圧倒的な地位を築きました。
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その後、さまざまなエアコンメーカーが参入してきますが、ダイキンが一線を画していたのは、単に室温を下げる機械をつくるのではなく、その場にいる人が最も快適と感じる「空気」そのものをデザインしたことです。
日本の夏は、湿気が多く非常に不快です。ただ、温度を下げればいいわけでもありません。夏の暑い日、飲食店に行くと逆に冷えすぎていて体調が悪くなったことはありませんか? そういった不快感をなくすために、ダイキンは「温度」だけでなく「湿度」をコントロールする重要性にいち早く気づきました。そして開発されたのが「うるるとさらら」の機能です。
うるるとさららには冬季の加湿機能と夏季の除湿機能が備わっています。組み合わせて使うことで、湿度の取れた冷たい空気に室外機の排熱を利用可能。暖めた空気を混ぜ合わせます。そうすることで、冷たくないさわやかな空気だけが部屋に行き渡るのです。この技術は「冷やしすぎないエアコン」という逆転の発想で話題を呼び、家庭用ルームエアコンではパナソニックに次いで2位のシェアを誇っています。
こうした新たな価値観を大切にできる理由のひとつが、「協創」を重んじる企業文化です。社内に閉じこもるのではなく、富士フイルムや日立、旭化成などといった他企業や大学と積極的に連携し、技術を高めあうことで新しい価値を生み出しています。
この柔軟な姿勢は、東大阪の数々の町工場たちが持っているネットワーク重視の文化に通じるものがあります。「みんなで高め合おう」という開放的なマインドが、世界中の異なる気候や文化を持つ国々での成功を後押ししています。
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空気を売るという、形のないビジネスにおいて世界一になったダイキンの戦略からは、デジタル化が進み、人間関係が希薄になってきている今だからこそ学ぶものがあります。
(大野 雄斗、在阪テレビ局の報道記者)
※この記事は、書籍『大阪ビジネス』(大野雄斗/クロスメディア・パブリッシング)に、編集を加えて転載したものです。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。
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