
中国BYDが日本の軽自動車規格向けに設計した電気自動車(EV)「BYD RACCO」(以下、RACCO)を発売した。価格は214万5000円からで、全モデル・グレードが国のCEV補助金15万円の対象に。補助を受けた場合は200万円を切る価格から購入できることもあり、にわかに注目を浴びている。
一方で、すでに軽EVの分野には日産の「サクラ」やホンダの「Super-ONE」といった競合車種もある。果たして、こうした先駆者を踏まえてもRACCOは“買い”に値するクルマなのだろうか──結論から言えば、筆者はRACCOを「条件付きで買い」と考える。
●BYDの技術が盛り込まれたRACCO
BYDはRACCOを「世界初のSDVベースの軽EV」と説明する。バッテリー、電子制御ユニット、車載充電器、高電圧配電ユニットなどを一体化した新技術「X-PACK」や、左右の電動スライドドアを特徴とする他、通信経由でソフトウェアを更新するOTA(Over The Air)にも対応。購入後も車載機能や操作性などをアップデートできるという。
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ラインアップは、エントリーグレード「RACCO 200」、中間グレード「RACCO 300Plus」、最上位グレード「RACCO 300Premium」。価格はそれぞれ214万5000円、239万8000円、249万7000円。国土交通省審査値による1回の充電当たりの航続距離は、200が210km、300Plusと300Premiumが320kmとなる。ボディカラーは全6色。
目立つのは価格だが、単に安いことだけがRACCOの強みではない。その真価は、EV専業メーカーとして世界規模で量産してきた技術を、日本の軽自動車市場に投入してきた点にある。
特に重要なのが、LFP(リン酸鉄リチウム)系バッテリー技術をベースとした「Blade Battery」だ。LFP電池は、一般的にニッケル系リチウムイオン電池と比較するとエネルギー密度では不利な面があるものの、熱安定性が高い、長寿命、コストを抑えやすいという特徴を持つ。
軽EVでは搭載できるバッテリー容量に限界があるため、単純な電池容量ではなく、車両全体としての効率や制御技術が重要になる。この点で、BYDは電池セルからパック、車両制御まで一体で開発できることが大きな強みとなる。
もう一つ、EVを購入する際、車両価格や航続距離と並んで重要なのが、数年後にどれだけ価値が残るかという「残価(リセールバリュー)」だ。新車価格が安く、電池性能に優れたEVであっても、中古車市場で評価されなければ、実質的な所有コストは高くなる。
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RACCOは日本市場でどの程度の残価を期待できるか。プラス材料は明確だ。BYDは世界最大級のNEV(EVおよびPHEV)メーカーで、中国市場では年間数百万台規模の販売実績を持つ。また、Blade Batteryに代表されるLFP系バッテリー技術は、安全性、耐久性、長寿命という点で高い評価を得ている。
一方で、日本市場では中国ブランドの中古車評価はまだ形成段階にある。現在、日本国内では「ATTO 3」「DOLPHIN」「SEAL」などBYD車の中古流通が始まっているものの、国産メーカーと比較すると市場データは少ない。
さらに、EV価格競争が激しくなることで、新車価格の変動が中古車価格へ影響する可能性もある。つまりRACCOは「EVとしての価値」は高いが、「中古車としてどの程度評価されるか」は、これから市場が判断していく段階にある。
●日産「サクラ」やホンダ「Super-ONE」と比較
他の軽EVに比べるとどうか。これまで日本の軽EV市場では、日産のサクラが大きな存在感を持ってきた。サクラは、軽自動車という日本独自の市場に対し、EVならではの静粛性、力強い加速、低重心による安定した走行性能を組み合わせた商品であり、日本市場における軽EVの成功例となった。
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サクラの強みは、最新技術だけではない。日産ブランドへの信頼、全国に広がる販売・整備ネットワーク、そして軽自動車市場そのものの成熟度が大きな武器になる。日本では軽自動車の中古市場が非常に成熟しており、地方を含め幅広い需要が存在する。サクラは発売以来、多くの販売実績を積み重ねており、中古車市場でも一定の価格形成が進んでいる。
ただ、EV技術という観点では、RACCO含む最新世代の中国EVと比較すると課題もある。搭載バッテリー容量や航続距離では、今後登場する新世代軽EVに対して不利になる可能性がある。
一方、ホンダのSuper-ONEは、また異なる強みを持つ。EVは構造上、静かで力強い加速が可能だが、一方でエンジン車特有の操作感やフィードバックを失いやすい。Super-ONEは、EVのメリットを生かしながら、ホンダらしい走りの楽しさを電子制御によって再構築することを目指している。ホンダが狙うのは、単なる移動手段としてのEVではなく、「運転する楽しさ」を持ったEVだ。
また、ホンダは軽自動車市場で「Nシリーズ」に代表される強いブランドを築いており、全国規模の販売・整備網を持つ。この点は、将来的な残価形成において大きなプラス要素となる。ただし、発売直後のモデルについては中古車市場での評価がまだ存在しないため、実際の残価は販売後の市場評価を見る必要がある。
まとめると、RACCOの評価すべきポイントはEVとしての完成度であるといえる。特に、自宅充電が可能、日常利用が中心、近隣に販売・整備拠点がある、長期間所有する予定というユーザーにとっては、非常に魅力的な選択肢になる。EV専業メーカーとして培った電池技術、大量生産によるコスト競争力、そして軽EVとして十分な実用性を考えると、価格帯に対する商品力は高い。
一方で、日本市場におけるブランド価値や中古車市場での評価は、まだ形成段階にある。BYDは世界最大級のNEVメーカーであり、中国市場では圧倒的な販売規模を持つが、日本で乗用車販売を開始したのは2023年からで、中古車市場において国産メーカーのような評価はまだない。販売・整備網においても日産・ホンダと同等とは言えないだろう。
また補助金を申請すると、4年の保有義務が発生するため、その程度で乗り換える前提のユーザーや、残価や全国均一のサービス体制を重視するユーザーにとっては、サクラやSuper-ONEの安心感が現時点では大きい。
つまりRACCOは、「EVとしての技術価値はすでに高い。しかし、日本市場での所有価値はこれから形成されるモデル」という位置付けになるだろう。
●中国で進む競争が日本にも持ち込まれる?
とはいえRACCOの日本市場投入が、日本の軽EV市場に本格的な競争を持ち込むのは間違いない。補助金の適用条件や金額は地域によって異なるものの、200万円台前半から購入可能な価格帯を実現したことで、ユーザーにとって、選択肢が大きく広がった。
日本市場への影響で言えば、特筆すべき点がもう一つある。それは、中国で進む「クルマを中心とした生活エコシステム」の競争が、日本に持ち込まれるきっかけになるかもしれない点だ。
あえて言うまでもないことだが、BYDは現在、中国のEV産業の急成長を象徴する存在になっている。95年、中国・深センでバッテリーメーカーとして創業したBYDは、現在では電池技術を核に、車両開発、生産までを自社で手掛ける垂直統合型の自動車メーカーへと進化した。25年には、EVおよびPHEVを含むNEVの世界販売台数で500万台規模に達し、テスラと並ぶグローバルEVリーダーの一角を占める存在となっている。
26年に開催された北京国際モーターショーでは、BYDはコンパクトEVから高級ブランド「仰望」まで幅広い商品を展示し、多層的なブランド戦略を展開した。普及価格帯のEVから、高級SUVやスーパーカー領域までカバーする商品展開は、中国自動車産業の変化を象徴している。
しかし、中国市場に目を向けると、状況は大きく変わりつつある。中国ではNEVの普及が急速に進み、都市部ではEVが特別な存在ではなく、日常的な選択肢になった。その結果、市場は成長期から競争激化の段階へ移行している。
現在の中国市場では、BYDだけが優位に立っているわけではない。通信大手Huaweiは、現地自動車メーカーとの協業による「鴻蒙智行(HIMA)」を展開し「AITO」「LUXEED」「STELATO」「MAEXTRO」など複数ブランドを通じて、ソフトウェアを核としたSDV(Software Defined Vehicle)戦略を推進している。
中国のスマートフォン大手であるXiaomiは、スマホや家電を含むAIoTエコシステムを背景にEV市場へ参入し、スポーツセダン「SU7」を投入。スマートフォン由来のユーザー体験を自動車へ拡張しようとしている。
さらに、ソフトウェア企業のUCWebを創業・売却した経験を持つ何小鵬(He Xiaopeng)氏が率いるXPENGは、EV専業メーカーとしてAI技術や高度運転支援システムを強みに存在感を高めている。
つまり、中国自動車産業の競争軸は、単に「EVを作ること」から、「クルマを中心としたデジタルエコシステムを構築すること」へ移りつつある。車両単体の性能だけではなく、車載OS、OTAアップデート、AIによるサービス、エネルギーマネジメント、家庭や都市との連携といった領域が競争力を左右するようになっていると言ってもいい。
こうした流れの中、BYDも単なるEVメーカーからスマートモビリティー企業への進化を目指しており、一連の流れがRACCOを橋頭保(ほ)として日本にも持ち込まれるかもしれない……というわけだ。
余談だが、興味深い日中の違いとして日本メーカーが「安全性と成熟度」を重視しているのに対し、中国メーカーは「ソフトウェアによる進化」を前提にADAS(運転支援システム)を設計している点が挙げられる。RACCOは現時点の装備だけでなく、購入後も機能が進化する可能性を含めて評価すべき一台と言える。
●RACCOは試金石 日本市場でブランド築けるか
これまで日本の軽EV市場は、日産「サクラ」が大きな役割を担ってきた。そこにBYDが参入し、さらにホンダなど国内メーカーも競争に加わることで、ユーザーの選択肢は確実に広がっていく。
競争が活発化すれば、価格、性能、サービスのすべてで市場全体が進化する。地方ではガソリンスタンドの減少が進む一方、自宅充電を前提としたEVは、日常の移動手段として現実味を増している。
RACCOの登場で最も重要なのは、200万円台前半という現実的な価格帯に、実用的なEVの選択肢が増えたことだ。そして、RACCOが普及すれば中国で主流になっている「クルマのスマートモビリティー化」競争が、日本に持ちこまれる公算が大きい。
つまりRACCOは、日本の軽EV市場に価格競争と技術競争をもたらすだけでなく、中国EVメーカーが日本市場でブランドを築けるかを占う試金石になる一台と言えるだろう。
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