兵庫県知事選で注目された「PR会社社長」が再炎上…元慶應SFC生が語る“幼い万能感”への反感の正体

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2026年08月13日 16:11  日刊SPA!

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写真:折田楓氏のInstagramより
◆兵庫県知事選で注目された「PR会社社長」に再び厳しい声
 渦中の人物が動き出します。
 2024年の兵庫県知事選挙で斎藤元彦知事の選挙戦に関わったPR会社『株式会社Merchu』(以下、メルチュ)の折田楓代表取締役社長です。会社設立10周年を迎えてのインタビューを、自身のnoteで公開しました。

 当時、取材陣が自宅や子供の通う保育園にまで殺到したときの心境をこう振り返っています。<「こうやって人は自殺してしまうんだな」という精神のギリギリの淵まで行っていた気がします。>

 しかし、社員や地域住民、賛同者の支援によって、改めて事業活動に取り組む覚悟を新たにしたとのことです。

 折田氏といえば、「斎藤元彦候補の広報全般を任せていただいた」と公表したことで、一躍注目を集めました。しかし、これが公職選挙法に抵触するのではないかと指摘され、さらにメルチュが過去に兵庫県の事業を請け負っていた経緯から贈収賄にあたる可能性があるとの見方も示されるなど、事態は緊迫の度合いを増していきました。

 結局、刑事告発された公職選挙法違反容疑については、昨年11月に嫌疑不十分で不起訴処分となりました。ほとぼりが冷めたタイミングで、満を持して再スタートを宣言した格好です。

 しかし、ネット上の反応はシビアです。「疑惑が出た当時に一切自ら説明を行わず沈黙を貫いただけでなく、捜査に協力した形跡もない。不起訴は潔白が表明されたのではなく、社会的な責任はまだ負っている立場である」との指摘や、「そもそも自分がした行動が世間にどのような影響を与えたか全く分かっていない」との批判に、多くの共感が集まっています。

 そして、一昨年には折田氏がSFC(慶應大学湘南藤沢キャンパス)の出身であることも注目を集めました。「もしかして、と思ったら本当にSFCだった」とか、「新入社員のくせに重役のような口の利き方をするのがSFCっぽい」とか、散々な言われようでした。今回も同じような感想を持つ人がいるかもしれません。

◆なぜ「不起訴」になっても反感は消えないのか

 では、なぜ折田氏を擁護する声より反感を抱く人の方が多いのでしょうか? 不起訴処分でも納得しない世間の目は、一体どこに引っかかりを感じているのでしょうか?

 そして、SFCというブランドが否定的な世論の感情をここまで増幅させている要因は何なのでしょうか?

 それを解くカギは、彼女自身の言動にあります。刑事告訴の以前から、折田氏の振る舞いは物議を醸してきたからです。

◆立花孝志氏を「絶賛」した危うさ

 たとえば、件の兵庫県知事の出直し選で立候補した立花孝志被告(当時は「NHKから国民を守る党」党首)への評価です。折田氏は「立花さんが斎藤さんを守るという背景にはメディアを正していかなければならないという思いがある」と動画内で絶賛していたのです。

 立花被告には当選する意思はなく、斎藤知事を「合法的にサポート」するためだけに出馬したと主張し続けました。「斎藤知事はパワハラをしていない」とか「元県民局長は不倫がバレるのを怖れて自殺した」とかと真偽が定かではない発言を繰り返し、選挙戦を引っ掻き回しました。

 これが従来の常識からかけ離れていたことは言うまでもありません。

 つまり、公的な選挙において意図的に愉快犯のように立ち回った立花被告に崇高な価値を見出していたと、折田氏は公言したわけです。それは、自らの利益にプラスであると判断すれば、内容や文脈を問わず利用するという超近視眼的な独善性だと言えるでしょう。

 ここから、ごくごく基本的な倫理観すらなかったのではないかという疑義が生じます。彼女のPR活動の根っこには、民主主義社会において最低限保たれるべき良識のかけらすら存在していなかったと言われても仕方のない行為だと言えるのです。

◆原爆ドームを「映え」に、有権者の投票を「収穫」に

 自らの事業PRのために原爆ドームの前で楽しそうにポーズを取って「映え」を狙った写真をインスタにアップした行為も、これと同様です。

 そうした視野の狭さと低い視座は他者に対する想像力の欠如という形でもあらわれます。広報活動を野菜の栽培にたとえ、「種まき、育成、収穫」と表現し、有権者の投票を自身の戦略がもたらした成果物だと誇ってみせたのです。

 もちろん、コンサルタントやプランナーが全くこういう考え方をしないなどと言うつもりはありません。多かれ少なかれ身も蓋もない損得勘定で動くものだという想像はできます。

 しかしながら、それを自分の優秀さと仕事の確かさを示すエピソードとして屈託なく話してしまう横柄な無防備さに、根源的な反感が生まれるのです。

 改めて折田氏の言動を振り返りましょう。

 ほぼデマゴーグの立花被告の発言でさえも自分の陣営に有利と見れば活用する。これは民主主義が守るべき面倒な手順や倫理をすっ飛ばすという配慮のなさを示している。そして原爆ドームの根本的な意義を脱構築してまで事業に転換する乱暴さには、複雑な歴史的背景への畏怖の念が全く存在していません。さらには、有権者を収奪のコマとして扱うような神の視点から振る舞うことで、各個人の生活や感情、そしてそれが帯びる尊厳についての謙虚さを放棄しているとさえ言える。

◆言動に通底する「無自覚な不遜さ」と「幼い万能感」

 これらを通して見ると、そこにはある通奏低音が響いていることがわかります。

 それは、無自覚な不遜さと幼い万能感です。そして、それが悪意ではなく、むしろ「自分には社会をより良くする力がある」と信じる純度の高い善意からもたらされているところに、より大きな危うさがあるのです。

◆“ソリューション思考”の負の側面

 では、こうして思想的に最低限の根拠を持たないまま世の中に対して影響力を行使してもよいと考える大胆さは一体どこから来ているのでしょうか?

 それは、社会のあらゆる事象をゲームのように解決すべき問題としてとらえるソリューション思考、その負の側面です。合理性と利得の追求が最優先であり、それでこそみんなハッピーになれるという考え方です。

 善悪だとか、美醜だとか、恥じらいだとか、小難しい観念はいったん置いておいて、Win-Winでいきましょうよ、という発想ですね。

◆「未来からの留学生」慶應SFC的な“万能感”とは

 そして、これこそがいかにもSFC的なのです。

 SFCの入学式では、お決まりのフレーズがあります。「未来からの留学生の皆さん、SFCへようこそ」というもの。いまここにいるあなたたちはすでに未来の世界(新しい正解)を知っている存在であり、そこから現代社会を修復し、改善するためにSFCへやってきたのです、という意味です。

 つまり、いまの時代や社会を不完全であるという仮定のもとに、神の視点で俯瞰し、批評し、解体し、未来の世界をハッピーにするための処方箋を与える使命を担っているのだと告げられるのです。対処すべき課題が山積しているいまの時代に対するアンサーを持つ存在としての、「未来からの留学生」というストーリーを入学当初から植え付けられるわけです。この、ある種の選民思想を是とするコンセプトのもとで、学生一人ひとりが主人公として振る舞うストーリーをプレゼンするトレーニングを受ける。

「新入社員のくせに重役のような口の利き方をする」のは、決してSFC生が生意気で世間知らずだからではなく、そもそもこのようなお墨付きを与えられている存在であるからだと言えるでしょう。

 そして、雑多な生活感溢れる市街地から隔離されたキャンパスは、鴨池や芝生などが人工的に配置された自然環境と最先端のコンピューティングシステムがシームレスに融合されている。そこは、選ばれし人間にとって「良き」もの以外は存在しない、清潔さと明るさが支配している自己肯定の王国なのです。

 この無菌室のような純度の高い善性によって、意識の高さがとことん先鋭化されたソリューション思考を生む土壌になっているのではないか。

 筆者が在学していた当時から、感じていた懸念でもあります。

 だから、折田氏に対する世間の反感、より正確に言うならば、警戒感の一端は、もしかしたらSFC的なるものに象徴される環境によって増幅したものなのかもしれないとも思うのです。

 それは、折田氏個人への感情というよりは、ノイズを排除して、ひたすらに利益と社会正義へと猛進していく風潮に漠然とした不安を抱く、無意識のアラートと捉えるべきものなのでしょう。

 その意味で、折田楓氏という存在は、ただの政治的なスキャンダル以上に、いまという時代にクリティカルな問いを投げ掛けていると言えるのです。

 現代において、彼女は決して独特な人物だとは思えないからです。

文/石黒隆之

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

このニュースに関するつぶやき

  • 子守さん発の情報と赤本マッツの考察を併せて考えてみれば、折田楓は盛っていたというのが正しいのかも。三流PR会社経営のキラキラ女子はもう無視でいい。
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