画像はイメージです(tamayura39 – stock.adobe.com) 9月2日放送の『クローズアップ現代』(NHK)に、放送から約1週間が経った今も、番組公式Xに投稿された動画をめぐって議論が続いている。
発端は放送後、番組公式Xに投稿された、密着取材を受けた20代男性の生活を切り取った動画だった。
「正規雇用の20代 手取り月20万円」
そんな大きなテロップとともに映るのは、白いTシャツ姿で一人暮らしをする男性だ。
◆自炊中心なのに冷蔵庫の中身が…
部屋はキッチンと居室の間に明確な仕切りが見当たらないコンパクトな造り。ワンルームだろうか。男性が「いただきまーす」と手を合わせたテーブルには、何か具材が載ったトーストと白いご飯が並んでいる。
「自炊を徹底し食費は週6000円」
動画ではそう説明される。
続いて男性はキッチンでおにぎりを作る。「貯金に回すため昼食はおにぎりで節約」と表示されるが、その手つきはかなりぎこちない。ご飯を両手で何度もこねるように握り、なかなか形が整わない。ようやく三角形にするとラップで包み、冷蔵庫へ。庫内には保存袋に入った別のおにぎりも確認できる。
その合間には、男性が「週に1、2回ぐらいは外食とかに行ってみたいなとは思いますね」「目で見てわかる満足感というのが欲しい」と語るインタビューも挟まれていた。
ところが、この短い動画が思わぬ“検証合戦”を呼んだ。特に疑問を持たれたのがおにぎり作りだった。
《単純にご飯が全然熱そうに見えない 素手だし ヤラセくさいなあ》
《オニギリも全く握り慣れてなくてメチャクチャ》
《おにぎり冷蔵庫に入れるってどうゆうこと?カッチカチになるけど 普通冷凍庫やろ やってないのバレバレ》
視聴者のチェックはそこだけでは終わらない。
おにぎりを入れた冷蔵庫の中が、ほぼ何もなかったことから、《自炊してる人の冷蔵庫じゃないんよね せめて納豆、豆腐、卵、調味料くらい無いと》《自炊してる奴が冷蔵庫の調味料スペースこんなすっからかんな訳無いやろ》などの指摘が相次いだ。
◆細部に至るまでツッコミが相次ぐ
さらに、整然としたキッチンや室内にも目が向けられ、《一人暮らし部屋もちょっと小綺麗だしレンタル部屋の様》《壁紙などの内装が綺麗すぎる》と、“生活感の薄さ”に違和感を覚える人も。
ついには、キッチンにある家電の置き方にまで疑問が向けられた。炊飯器のように見える黒い家電が棚に収められているものの、すぐ上に棚板があり、フタを開けるスペースがほとんどないように見えるのだ。Xでは、その部分を赤い矢印で示し、《これ炊飯器だろ?これだとフタ開けられないだろww》との指摘まで飛び出した。
もちろん、画像だけでは炊飯器なのかは断定できず、使用時に手前へ引き出している可能性もある。それでも、冷蔵庫からおにぎり、部屋、家電の置き方に至るまで、あらゆる部分が「本当に普段の生活なのか」とチェックされる事態になった。こうして、視聴者による“生活のリアリティー”チェックは、動画の細部にまで及んでいった。
では、この男性は実際の番組では、どんな人物として描かれていたのだろうか。
◆「将来への不安」から毎月10万貯金する
この日の『クロ現』が取り上げたのは、平均的な収入を得ていても暮らしに余裕がなく、フルタイムで働いても生活の安心を得られない「中流クライシス」だった。
男性への密着はスーパーでの買い物から始まる。
「10%割引されていると(買うことに)罪悪感がない」
そう話しながら、10%引きになった鶏ささみを手に取る。
X動画で強調されていた「食費は週6000円」という数字も、本編ではこうした日々の買い物とともに紹介されていた。
そして男性は、児童福祉関連の正職員として働いている。この春から基本給が2万円上がり、月収は25万円。同年代と大きく変わらない水準だという。
税金や社会保険料、家賃、食費などを差し引くと残るのは約10万円。男性はそのほとんどを貯蓄に回そうとしていた。
なぜ、そこまで貯めるのか。
「貯蓄の量というのは安心感の表れだと。僕はこれだけ持っているんだぞというのが分かっていると……。やっぱり生きているうえで、もしものことがあっても大丈夫という安心感にも自信にもつながって毎日が過ごせるのかなって」
ここまで見ると、男性が置かれている状況は、短い動画から受ける「食べるものにも困っている20代」という単純なイメージとは少し違ってくる。
収入がまったく足りず、今日食べるものにも事欠いているわけではない。将来への不安が大きく、現在の生活を切り詰めてでも貯蓄を優先しているのだ。
◆おかずがまさかの“ちくわトースト”
部屋の様子にも目を向けてみたい。
男性が取材ディレクターと向き合って話す画面には、引っ越し業者サカイの段ボールが置かれている。転居して間もないのか、単に荷ほどきしていないのかは番組からは分からない。一人暮らしではよくある光景だ。
そして、X動画にも登場した食事シーンを本編で確認すると、トーストの上に載っていた具材がちくわだったことが分かる。
男性は、ちくわを載せたパンをトースターに入れると、その前で、
「上手く焼けてください」
と祈る。
焼き上がった“ちくわトースト”と白いご飯をテーブルに並べ、「いただきまーす」と食事を始める。動画だけでは分からなかった献立の中身まで見えてくると、Xで食事の組み合わせそのものにツッコミが入った理由も分かる。
続くおにぎり作りでは、短い動画以上に“不慣れさ”がよく分かる。
両手でご飯を何度も握るものの、なかなか形が決まらない。途中でご飯が崩れ、なんとか三角形に整えたころには手のひらに大量の米粒がついており、それを一粒ずつ取っていた。
料理初心者なのか、おにぎりを作る機会が少ないだけなのか。それとも自分で食べるものだから形を気にしていないのか。映像だけでは分からない。
さらに本編では、短い動画だけでは分からなかった男性の別の一面も紹介される。
◆趣味のダイビングは半年に一度
趣味はダイビングだ。
「ダイビングは生きがい。僕の心を一番安らげるものだと思っています」
男性はスマートフォンに入ったダイビング中の写真を見せ、フィンなどの道具も紹介した。しかし番組は「ここまで切り詰めても、以前からの趣味だったダイビングは半年に1回行くのがやっと」と説明する。
そして、冒頭のX動画にも使われていた「週に1、2回ぐらいは外食とかに行ってみたい」「目で見てわかる満足感というのが欲しい」という言葉も、本編ではこうした生活の流れのなかで語られていた。
つまり男性が求めているのは、豪華な暮らしというわけではない。将来への不安から貯蓄を優先するなかで、外食や「生きがい」だというダイビングといった楽しみにも、思うようにお金を使えない。番組はそんな20代の姿を「中流クライシス」の一例として描いたのだろう。
◆本来の趣旨とズレが生じてしまった
もちろん、この日の『クロ現』で紹介されたのは、この男性だけではない。
都内の公園でおこなわれていた無料の食料配布には、清掃会社で正社員として働く40代男性が月2回訪れていた。
「土曜日だけでも1日夜(の食費)が浮くので」
食費については「大きいです、家賃の次に大きいです」と話していた。
また、平日は配送ドライバーとして働き、合間にはフードデリバリー、さらにこの春から買い物代行も始めた男性も登場。年収は180万円で、パート勤務の妻は230万円。夫婦合わせて約410万円だ。
共通の趣味だった旅行は年1回行ければいい方。かつては子どもを持ちたいと考えていたものの、今ではその選択肢を考えないようになったという。
ほかにも、児童扶養手当を受けるひとり親世帯などへ食料や文具を無料で届けるNPOの取り組みを紹介。国の社会保障政策の審議委員などを務めてきた慶應義塾大学の駒村康平氏が、こうした苦境に至った社会的な背景を解説していた。
番組全体を見れば、「働いてさえいれば普通に暮らせる」という前提が揺らいでいる現状を、複数のケースから描こうとしていたことは分かる。つまり本来なら物価高や賃金、社会保障、将来不安へ向かうはずだった視線が――冷蔵庫やおにぎりへ集中してしまった。視聴者に“生活苦の証拠”として何を見せ、どう切り取るのか。『クロ現』が伝えたかった「中流クライシス」以上に、その見せ方そのものがクローズアップされてしまったことこそ、今回もっとも皮肉な結果ではないだろうか。
<TEXT/川瀬孝雄>
【川瀬孝雄】
テレビ業界に身を置く傍ら、フリーライターとして芸能・テレビ番組を中心にコラムや分析記事を執筆。テレビ番組のトレンドやドラマの傾向、芸能人の動向などを独自の視点で読み解き、ニュースサイトを中心に寄稿している。