
「効率化とは、仕事を減らすことではなく、同じ時間に詰め込める仕事を増やすことだった」──8月に話題になった「はてな匿名ダイアリー」の記事で、匿名の投稿者は「AIで効率化したのに仕事は一向に楽にならない」と書き、SNSの話題を席巻した。
実際にAIオールインを掲げるDeNAの南場智子会長も、講演で「楽になった分、(現場は)仕事を詰め込む。自ら」と語っている。AIによって6〜9割の工数を削減できた業務があるにもかかわらずだ。働く側は仕事が増えたと訴え、経営側は人が浮いてこないと嘆く。AIは確かに時間を生んでいる。しかし、その時間はどこへ消えているのか。
●「8時間で1件」が「8時間で2件」になるだけ
8月3日、はてな匿名ダイアリーに「AIで仕事を効率化したら、なぜか僕の仕事だけ増えた話」という記事が載り、SNSで話題になった。周囲から「真面目だ」と言われてきた投稿者が、良かれと思ってAIの活用法を検証し、社内に共有してきた話だ。しかし、8時間の仕事を4時間に縮めると、次からその仕事は「4時間で終わる仕事」になり、残った4時間には別の仕事が入る。
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結局、「8時間働いていた人がAIによって4時間で帰れる」のではなく「8時間で1件やっていた人が、8時間で2件やる」ことになるだけだった、と投稿者は書く。共有した本人には説明や教育、質問対応が集まり、給与は変わらない。投稿者は自分を「迷惑なサンタクロース」と呼んだ。
「THE日本企業あるある」という共感と、AIで書いた作り話ではないかという反発で反応は割れた。だが、短縮した時間が別の仕事に使われ、労働時間の短縮に直結しない傾向は、調査にも表れている。AIで浮いた時間は、誰が何に使っているのか。
●作業は速くなった、仕事は減っていない
パーソル総合研究所の「生成AIとはたらき方に関する実態調査」によると、生成AIで個々のタスクにかかる時間は平均16.7%(週26.4分)短くなった。しかし、業務時間そのものが減った利用者は25.4%にとどまる。
業務時間を削減できた人は浮いた時間の61.2%を仕事に使っており、その時間で仕事をすると答えた人の75.4%が使途に日常業務を挙げた(複数回答)。タスクが速くなった分だけ早く帰れるという関係にはなっていない。
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同研究所の田村元樹氏(シンクタンク本部)は、労働時間の枠が変わっていないことが原因と見る。「ズバリ言うと、週40時間の労働は変わっていない」。タスクは速くなっても、週40時間という枠と業務の総量は見直されていない。
例えば既存タスクが、AIで100から50に減ったとする。そこに「AIの使い方を教える、社内に広める」といった新しいタスクが乗る。それが50なら総量は変わらず、100なら総量は150に増える。「効率化した分にさらにプラスのものができると、総量は150になる」と田村氏。仕事の量はもともと週40時間に合わせて組まれているから、そこに新しいタスクが乗れば枠からはみ出す。はみ出した分が残業になる。間延びした分だけ残業時間が増えるわけだ。
では、個人の作業が速くなった分は、会社の生産性の数字に表れているのか。田村氏は労働生産性の式に表して考える。分子は付加価値、分母はそれを生み出すのにかかった労働量で、生産性はその割り算だ。
田村氏の見立てでは、AIが縮めているのは分母の側だ。同じものを作る時間が半分になれば計算上の生産性は倍になるが、分子の付加価値が増えたわけではない。「AIを使ったから値上げします、とは絶対にできない」(田村氏)
そして誰もが同じツールを使えば品質は一緒に上がり、差はつかないと見る。付加価値が増えず、週40時間の労働も変わらなければ、分母すら実際には減っていない。速くなったように見えているだけの場合もあるという。
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●「早く帰って」と言っても帰らない DeNAで起きたこと
経営の側も同じ現象に直面している。DeNAは2025年2月に「AIオールイン」を宣言した。AIを活用して約3000人の現業を半分の人員で回し、残りを新規事業に振り向ける構想だ。南場智子会長は講演で、法務によるツール利用規約のチェックは9割、ライブ配信サービス「Pococha」の配信審査は6割の工数を削ったと語った。業務フローを書き換える1年がかりの作業だったという。
それでも、新規事業への人材シフトは思うようには進まなかった。楽になった分だけ、社員が自ら仕事を詰め込んだからだ。「DeNAのメンバー、真面目ですからね」──南場氏はそう語り、シフトが「思ったほど進んでいない」と認めた。
施策を担う金子俊一氏(グループエグゼクティブ IT本部本部長)も「仕事が早く終わっても、早く帰らないですよね、日本人って」と話す。金子氏は「楽になってサボってくれるなら、成果が出ているので全然ウェルカム。早く帰ってくれ」と社内で言って回っていたという。だが返ってきたのは「楽にはなっていない」という声だった。
金子氏の見立てでは、浮いた時間は資料の精度を上げる、プログラムを書く量を増やす、じっくりレビューする、といった仕事に流れていた。2週間に1回だった1on1ミーティングを、手が空いたので週1回にしたマネジャーもいる。「決して無駄ではない。ただ、時間が空いたらこれをやりたいと思っていたところに、どんどん作業工数が流れていっている」(金子氏)
社員から見れば、作業は倍の速度で回るようになった。だが「人をファイア(解雇)でもしない限り、人件費は減らない」──現場の生産性と経営指標のギャップは、時間がたてば埋まる種類のものではないと金子氏はみる。
●現場は「この仕事をなくす」と決められない
浮いた時間が、本人のやりたかった仕事で埋まるなら、それを止められるのは本人ではない。田村氏は、組織として「減らす業務」を同時に検討していないことが一番の問題とみる。「(社員)個人が、この仕事をなくそうとはできない。会社やマネジャーなど、もう少し上のレイヤーからの仕組みや働きかけが必要」(田村氏)
AIを広める仕事も同じ問題に直面している。会社はAIの導入まではするが「あとは現場で頑張ってね」と個人の善意に頼る。パーソルの調査でも、ヘビーユーザーほど関心の低い人に教える負担が大きく、その仕事は正式な評価にも業務にも位置づけられていない。「本当にボランティアワークだと思います」(田村氏)
解決策はあるのか──田村氏は組織が導入すべき4つの条件を提示する。(1)普及や推進を正式な業務に位置づけること、(2)そのための業務時間を確保すること、(3)(AIに関連する取り組みを)評価基準に入れること、(4)そして個人ではなくチームと上司の支援を受けること──だ。
●経営層は「ある程度乱暴なリーダーシップが重要」?
経営層など上のレイヤーはどう振る舞うべきか。南場氏は、社員が空いた時間に始めたのは「やらなくても会社は壊れていなかった」仕事だとみる。ただ、それを1件1件やめさせようとしても、業務の中身は現場のほうが詳しく、議論では勝てない。
だから個別に説得するのではなく、人を先に動かす。「人が浮いてきましたなんて、誰も自ら言ってこない。仕事を取りに行っちゃいますから。だからバサッと先に動かす」「ある程度乱暴なリーダーシップが重要」と南場氏は話す。
金子氏も、経営が「空いた時間をこう使え」と指示するだけでは効きにくいとみている。「3000人いたら、3000人全員が正解を考えられるわけがない。経営層になるほど現場の解像度が下がり、現場が自負を持っている業務までやめろと指示することになってしまう。各論反対が起きるので、筋が良くない」
●DeNAが試す「滑らかな異動」と評価の設計
DeNAが試しているのは、「社員の行き先の定義」と「異動の設計」といえる。経営が筋がいい新規事業の領域を先に決め、「興味がある人は手を挙げてほしい。現業の調整は経営が責任を持つ」と公募する。
手が上がりきらなければ「スポットで1カ月だけ手伝ってくれ」と頼む。「それならやりますよ、と結構手が挙がる」(金子氏)。そうやって手が挙がらない理由を1つずつ外す「滑らかな異動」を金子氏は目指す。
最大の課題は「人をどれだけ、どう配置するか」で、3000人の半分を新規事業へという目標も「半分はエイヤ」だと認める。「悩みながら進めています」(金子氏)。評価については、DeNAはAI活用レベルを定義しているものの評価とは連動させず、「どれだけバリューを出しているか」を測っているという。
海外調査では還元志向も、ただし……
企業側を広く見れば、時間を従業員に還元したとみなす会社は多い。PwC Japanの「生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較」では、生成AIを活用中または推進中の日本の回答者の50%が、効果の還元先に「従業員の雇用時間への還元」を挙げた(複数回答、米国65%)。「従業員への利益還元」は29%(同62%)、「特に検討していない」は14%(同1%)だった。
業務時間が減った従業員が4人に1人だったパーソル調査とは母集団も設問も異なり、単純には比べられない。ただ、将来の還元予定を聞く選択肢には「成果ベースでの時短勤務奨励等」という括弧書きがある。つまりこの設問だけでは、勤怠上の労働時間がどれだけ減ったかまでは分からない。ここにはてな匿名ダイアリー投稿者の追記が重なる。「『AIを使え』と言うのは無料ですが、褒賞制度や評価制度を作るのは面倒だからじゃないか」。
●時間を生むAIと、「やめる」を決める仕事
「AIは時間を生むとは思っています。ただ、仕事を減らすわけではない。タスクは減らすけれど、仕事を減らしているわけではない」──田村氏はそう整理する。浮いた時間の行き先や、そこからどう変わっていくかを描くのは組織の仕事だという。リスキリングと配置転換のため、先に時間を振り分けることを、田村氏は「第3の賃上げ」と呼ぶ。
話題になっていたはてな匿名ダイアリーの投稿者は「会社に差し出していた好奇心を自分の人生に戻す」と書いた。DeNAは「人を先に動かす」と「滑らかな異動」で、浮いた時間の行き先を経営が決める側に回った。AIで生まれた時間を、新しい仕事や配置転換ではなく労働時間の短縮や賃金に回す会社が出てくるかは、まだ分からない。
ただ、田村氏が示す4条件もDeNAの異動も、入り口は同じところにある。AIを入れた後に、どの仕事をやめ、浮いた時間を何に使うかを会社が決めることだ。それをせずに「AIを使え」と言うだけでは、浮いた時間は次の仕事に吸収され、労働時間は変わらないままなのだろう。
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