『孤独のグルメ』原作者・久住昌之が明かす、井之頭五郎の誕生秘話「最初からエッセイ漫画にはしたくなかった」

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2026年10月05日 09:21  日刊SPA!

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久住昌之氏 撮影/加藤岳
「最も推したいおじキャラ」9位、『孤独のグルメ』原作・久住昌之インタビュー
ここ数年、マンガの世界で「おじさん」の存在感が増している。かつては若者の主人公が多かったが、異世界モノを中心におじさんが主役のタイトルが急増。今回は漫画好き1000人を対象に大規模アンケートを実施し、識者の分析を加えると、今、求められるおじさん像と「人気のおじさんキャラ」が密接にリンクしていることが明らかになった!

◆「五郎は今もずれ続けてるんだよ」

「五郎はね、最初からズレてるんだよ」――。

『孤独のグルメ』の原作者・久住昌之氏は、自身が生み出したキャラクター・井之頭五郎をこう語った。

 輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎は、仕事の合間に立ち寄った見知らぬ店で、一人でただ食事を堪能する姿を描いた同作。初出は’94年と30年以上も前だが、今回、「最も推しているおじキャラ」についてのアンケートでは最新作を押しのけて9位に食い込んだ。

 そんな国民的グルメ漫画は、どのように生まれたのか。

「編集者から『食の知識や蘊蓄を語るんじゃなく、一人で何か言ってるようなのがいい』って言われて。それならできるし、いけるかなという感じだった。最初からエッセイ漫画にはしたくなかったんだよ。それだと“なんちゃって”ってゴマカすことになっちゃうから。そうじゃなくて、五郎は最後までずっと真剣というのがいい」

 そんな五郎は、若かりし久住氏の原体験を反映したキャラクターと言ってよさそうだ。

◆こんな世界があるんだ!? 19歳・神保町での原体験

 久住氏が大学の傍ら、東京・神保町の美學校に土曜だけ通っていた19歳の頃のこと。昼間の実技と夜の講義のあいだ、18〜19時は夕飯の休憩があった。弁当や買ってきたパンを教室で食べてもいいし、外に食べに行ってもいいという。

「若いし、お腹が空くけど、まだ友達はいない。美學校は大学を卒業してから来る人も多くて、平均年齢が23。俺は19歳で一番若かった。6時になるとみんな出ていくけど、大人だから一人で食べるのに慣れてる。俺は全然慣れてなくて。でも、パンを教室で食べるのも、何かなぁ……って」

 知らない街で、一人で食事する――。五郎に重なる、久住氏の“一人飯”初体験だった。

「美學校の近くに『さぶちゃん』というカウンターだけの古いラーメン屋があって。6人ぐらいしか入れない、ちっちゃい店。空いてたから入ったら、全員一人客なんだよ。なのにみんな楽しそうに食べてる。半チャンラーメンを食べてる人が多くて。俺はそれまで半チャンラーメンなんて食べたことがなかった。誰も喋らない。でも、みんな慣れた感じで食べてる。あ、こういう世界があるのか。面白いなって」

 翌週の美學校、まだ友達ができない久住氏は、新たな“一人飯”体験をする。

「『スヰートポーヅ』という面白い名前の餃子屋に行った。4人掛けのテーブルに1人の客もいて、自分も入ったら、いきなり相席させられたんだよ。知らない人と。テーブルが小さいから、すごく近い。それがみんな当たり前って感じになってて。隣りの人がビールを飲んでいたら、何となく気まずいかなとか思うものだけど、全然みんな気にしない。慣れてる。それがまた面白かった。こういう世界があるんだ……って」

◆日本橋の変なカレー屋で、「大人の楽しそう」を深める

 大人が楽しそう――。そんな原体験を、久住氏は重ねた。

「日本橋にツタの生えてるカレー屋さんがあったんだ。『変なカレー屋があって、メニューはカレーしかなくて、入ると何も言わなくても勝手にカレーが出てくる」って聞いて、それも面白そうだなと行ったんだ。入ったら客は全員おじさん。近所のサラリーマンばかりで、2人組の先客にパッと2皿出てきて、そしたら1人が小声で『今日は肉多いな』って呟いて。相方が小声で『うむ……』。ってそれ以外、無言。最高だなって。俺は俺で、『ルーが足りなくなっちゃうな』『このままではご飯が余っちゃう』とか心配しながら、気づけば最後はちゃんとカレーライスで終わるように帳尻を合わせてる。そういうことは高校生の頃から考えてた。でも、言うのは恥ずかしいことだと思ってたんだ」

 だが、理解者が現れる。きっかけは、酒だった。大学生にもなれば友達と酒の飲む機会も増える。

「自分はそういうことを考えるんだと話したら、『俺も絶対考えるよ』という奴がいて、『弁当を好きなものから食べるか? 好きなものを残すか?』とか考えてる奴はいるもんで、俺の考えてるセコいことを面白がってくれる人がいると、段々わかってきた。大学4年の頃、飲んでいて、『弁当の順番を考えて失敗するだけの話を漫画に書いたらどうかな。最後まで“なんちゃって”ナシで』と思ったんだよ。それまでの漫画は、福神漬けをどうするかというのをネタにした小市民的な自虐で笑わせるものだった。東海林さだおさんとかもそうだったし。でも、『最初から最後まで真剣に、弁当の食い方に死に物狂いな主人公を描いたらどうか』と言ったら、『すごく面白いよ、絶対面白い』と言った友達がいたんだ」

◆『孤独のグルメ』の原型は、大学生の頃に完成していた

 東海林さだお氏が、食への強いこだわりを滲ませる漫画を描き始め、ヒットしたのは’60年代後半。21歳年下の久住氏とは、世代も感覚も異なった。

「最初から、ギャグ漫画にする気はなかった。真面目に漫画に描いたらおかしいな、という。それは大人のほうが面白い。ちゃんとお金を稼いで自活している大人のほうが、食べ物のことを真剣に考えるのがおかしい。しかも、金ではなく、味でもないところで考え込んでいる。それも頭のなかで」

 驚くことに、久住氏が大学生の頃には、すでに『孤独のグルメ』の原型は完成していたのだ。ただ、同作には美學校の恩師のセンスも大いに影響していたという。

「自分だけ19歳で、先生の赤瀬川原平さんは42歳。でもすごく面白い42歳なんだよね。その時の自分と面白がるところが『同じだな』って思った。赤瀬川さんの面白がりのスタンスは、“はしゃがない”ということ。いつも淡々としてたね。それが赤瀬川さんのすごくクールなところ、かっこいいところで、そこにすごく影響を受けたかもしれないね。五郎もそうだと思うよ。相手がいないから。一人ではしゃいでもバカだもんね(笑)。いつも心のなかだけでやってるわけだから」

 今や映画化までされるほど支持される同作。アンケートで「最も推したいおじキャラ」の9位に入ったのも、時代が追いついたということなのか。

「時代は変わった。当時は女の人の一人牛丼屋なんてありえなかったから。でも、五郎は時代とずれ続けてるんだよ。すべってはいないけど、ずれ続けて30年だから。今もまだずれてる。松重さん(豊・ドラマ版、映画版の五郎役)だけが時代に気づかずにメインのところを歩いている感じ(笑)」

 ずるずる――。文庫本版の『孤独のグルメ』は、五郎の姿勢と歩調を合わせるように、ずるずると69刷を重ねている。

【漫画原作者 久住昌之氏】
’58年、東京都生まれ。漫画家。エッセイスト。ミュージシャン。美學校・絵文字工房で、赤瀬川原平氏に師事。‘81年、泉晴紀(現・和泉晴紀)と組んで「泉昌之」名でマンガ家としてデビュー。泉昌之名義では、デビュー作でロングセラーの『かっこいいスキヤキ』(青林堂)他、著書多数

<取材・文/齊藤武宏 久住昌之氏撮影/加藤岳>

―[漫画好き1000人が選ぶ 推したい[おじキャラ]ランキング]―

このニュースに関するつぶやき

  • 東京生まれ育ちなのも幸いしたね。東京は高給から庶民の飲食店まで豊富にあって、大学など学校も多く、多様な文化に寛容。地方だと世間が狭くなる。
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