東京地方裁判所(撮影/編集部)18歳未満の選挙運動を一律に禁じる公職選挙法の規定を巡り、17〜20歳の4人が国に損害賠償などを求めた訴訟の判決が9月25日にあった。規定の合憲性が争われたのは初めて。東京地裁は、未成年者にも「表現の自由」は保障されており、運動の一律禁止に合理性はないと判断した。
未成年者の政治参加を広げる一方で、大人による利用や強制からどう守るのか。作家の乙武洋匡氏は、今回の違憲判断が突きつけた「自発」と「動員」の線引きについて考える(以下は乙武氏による寄稿)。
◆未成年者を選挙に参加させ同時に大人の利用から守る。両者をいかに両立させるか?
18歳未満の選挙運動を一律に禁じる公職選挙法の規定について、東京地裁が「表現の自由」に反するとして違憲判断を示した。判決は、未成年者が自らの関心や価値判断に基づいて選挙運動に参加することまで一律に禁じる合理性は乏しいとする一方、大人が未成年者を「使用して」選挙運動をさせることを禁じた規定については合憲とした。ただ、両者を明確に線引きすることは、じつに難しい。
たとえば17歳の高校生が「この候補を応援したい」と自ら街頭に立ったとする。それは政治参加として尊重されるべきだろう。だが、親や教師など断りづらい立場から「手伝ってほしい」と言われ、不本意ながら参加していたとしたらどうか。本人が「自分の意思です」と答えていても、内心まで正確に測ることはできない。
つまり今回の判決は「未成年にも選挙運動を認めるべきか」という問いへの一定の回答であると同時に、「未成年の意思を尊重すること」と「大人から未成年を守ること」をどう両立させるのかという新たな問いの始まりでもある。
◆「自発」と「動員」をどう見分けるか
家庭や学校では、「政治に関心を持とう」「自分の意見を持とう」と教えられる。その一方で、選挙への関わりにはブレーキをかけるという複雑な要求がこれまでされてきたように思う。
さらに、政治参加を巡る年齢の線引きを眺めると、考えるべきことは多い。投票できるのは18歳から。一方、衆議院議員や市区町村長に立候補できるのは25歳から、参議院議員や知事は30歳からだ。
「応援すること」「投票すること」「立候補すること」はそれぞれ性質が違うのだから、同じ年齢でなければならない理由はない。とはいえ、なぜ18歳で、なぜ25歳で、なぜ30歳なのか。その境界線にどんな合理性があるのかは、今回の判決を機に改めて議論されるべきだろう。
子どもを大人の政治利用から守ることは必要だ。しかし、守ることと、声を奪うことは同じではない。今回の違憲判断を受け、次に問われるのは制度設計だ。たとえば、SNSで自らの政治的意見や支持を表明することは、大人の指示を受けて組織的に選挙運動に動員されることとイコールではない。誰が参加を呼びかけたのか。誰が活動内容や時間を決めたのか。断ることはできたのか。そうした外形的な事情から、「自発」と「動員」を見分ける仕組みを考える必要がある。
18歳未満の「声を上げる権利」と「搾取されない権利」を、どうすれば同時に実現できるのか。今回の判決は、そんな難しい宿題を私たちに突きつけている。
<文/乙武洋匡>
【乙武洋匡】
1976年、東京都生まれ。大学在学中に執筆した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員などを歴任。ニュース番組でMCを務めるなど、日本のダイバーシティ分野におけるオピニオンリーダーとして活動している