
行くところもすることもないから
「まさにうちの夫がそうですね。60歳で定年退職したときは、2、3カ月ぶらぶらしたらまた働くと言っていたんですよ。でも結局、1度休んでしまうともう働く気などなくなったんでしょう」冷たい口調で、だが顔は少し笑いながら、トモカさん(64歳)はそう言った。現在、夫は62歳、トモカさんは今も仕事をしている。定年は65歳なのだが、それ以降も仕事を続けていくつもりだそうだ。
結婚して33年、2人の子どもたちは独立した。
「平日は、夫が家事をしてくれています。もともとが几帳面な人なので、私が掃除するより家の中はずっときれい。ただ、きちんと家事をしても昼間は時間が余ると言っています。行くところもすることもないとつぶやくこともある。図書館とか地域のサークルとかはどうなのと言うと、『図書館には時々行ってる。サークルは知らない人の間に入るのがちょっと』って。人見知りなところがあるんですよね。だったら一人で楽しめることをもっと見つければいいんですが」
夫が全面的に頼りにし、一緒にいたいのはトモカさんだけなのだ。それがトモカさんには少しうっとうしい。
妻の送り迎えをするように
「私は今も、平日夜はスポーツジムに行くことが多いし、同僚と飲み会もする。休日は学生時代の友人たちと会う機会が増えました。以前、夫が『一緒に行ってもいい?』と聞いてきたので、それだけはやめてと言い渡しました」すると夫は「じゃあ、送り迎えだけでも」と言いだした。送り迎えしてくれるのは楽だからとうっかり頼んだら、それが当たり前になってしまった。
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夫はトモカさんが大好きなのだ。それが分かっているから、トモカさんはどんどんわがままになってしまうという。
ありがた迷惑になってきて
「友人たちにもありがたがられるからと、夫は私を迎えに来るのが当然、もはや趣味という感じになっています。先日は『どうせなら会社にも送迎しようか』って。それはやめてと断りました。彼が自分の存在理由を探しているように見えて、私はちょっと痛いなと思っているんです。だから子犬を飼うなんてどうかと聞いたのですが、生きものは世話が大変すぎると断られました。私は自由に生きたいんです。夫は別に私を監視しているわけではないけど、なんだか見張られているようで……。それに夫自身も、何か自分のためにやった方がいいと思うんですよね」子どもたちの手が離れたのだから、もう自分のために生きた方がいいとトモカさんは考えている。だが夫は、「結婚したときから家族のために生きてきた、今さら自分のためには生きられないよ」と言った。
「優しい人なんですよね。現役時代から、どちらかといえば私は仕事が主で、夫は家族のためにあまり残業もしないタイプでした。当時はそれでいいと思っていたけど、今はもうちょっと自分のやりたいことをしたり、社会と関わったりしないと老けるのが早いよと脅しています」
一人旅がしたくて夫についたうそ
あるときトモカさんは1週間ほどの一人旅を計画した。だが一人だと言えば、夫がついてくるだろうと思い、友人と一緒だと夫に告げた。だったら送迎すると言われ、友人とは現地集合だからと伝えて、自分だけ空港まで送ってもらった。「ちょっと心が痛みましたけど、私は一人がけっこう好きなんですよね。でもきっと夫には分かってもらえない。だから仕方がないなとうそをつきました。ちょっと自己嫌悪に陥ったけど、夫を傷つけないためにはそれしかなかった」
平日も、帰宅すると夫は「今日はどんなことがあったの」と尋ねてくる。それもまた、ありがたいようだがうっとうしい。そしてうっとうしいと思う自分が狭量だと感じてしまう。
「これって結局、夫とは合わないということなのかなと考えるようになっています。誰から見ても優しくていい夫なんだけど、私はときとしてイラッとする。夫が悪いのか私がいけないのか……」
夫がいなくなったら、きっと寂しいと感じるだろうとトモカさんは言う。それが彼女の今の夫に対する気持ちの判断基準だそうだ。いなくなってもいい、いない方がいいとなったら、おそらく離婚を考えるようになるのだろう。
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トモカさんの表情がふっと曇った。
(文:亀山 早苗(フリーライター))

