サントリー株式会社 ビール・RTD本部ビール部の竹内彩恵子さん サントリービールが60周年を迎えた2023年に発売された『サントリー生ビール』。「これからの時代に適したスタンダードビール」を目指して作られた同商品は、発売初年度で約400万ケースを出荷する大ヒット商品に。開発を手掛けたサントリー株式会社 ビール・RTD本部ビール部の竹内彩恵子さんは異業種からの転職組で、産休・育休を経て新商品開発のチームに配属。様々な慣例もあるビール業界のなかで、既存の考え方にとらわれることなく、ユーザーに支持される“王道ビール”を開発した。「良い意味で、常識にとらわれない」。これを掲げる背景にはどのような想いがあったのか話を聞いた。
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■菓子メーカーから転職、スケールの大きいビール開発を通じて新たな発見も
元々大手菓子メーカーに勤務していた竹内さんは、産休、育休を経て、2020年にサントリーに中途入社。新商品開発の仕事を手掛けた後、2021年に新設された「イノベーション部(現・未来開発部)」に配属され、『サントリー生ビール』の開発に携わることに。
「前職ではお菓子のマーケティングをやっていましたが、ビールに関しては右も左も分からない状態。ただ、ビールの常識や知識は身につけながらも『あまり既存のセオリーに縛られなくていい』と言っていただき、ありがたい環境だったと思います」
竹内さん自身も異業種からの転職組だったが、当時のイノベーション部は、営業部門、経理部門、清涼飲料事業部門など様々な部署から来た人が多く、「ずっとビールの開発をやってきた人の方がむしろ少なかった」という。
「同じ部署には、飲食店様向けのサーバーを開発している人、炭酸で割って飲む「ビアボール」にチャレンジしている人など、皆さん、様々なことをやっていたんですよ。私が担当したのは『ど真ん中のビールを開発する』ことでしたが、ある種視野が狭くなってしまった時、これまでの常識の中で考えがちな時に、他の人たちを見て『なんて小さなところでまとまっていたんだろう』と気づかされることもありました」
入社してビールの開発に携わったことで、新たな発見もあったという。
「最初に思ったのは、お菓子とビールでは1つの商品の商売のスケールがかなり違うということです。お菓子は、たとえばチョコレートだったら、棒状なのか、板状なのか、あるいはもう少し特殊な作りをしているのかと、商品そのもので違いが出ます。商品そのものに新しさを感じてもらえるアイデア勝負だったので、開発研究員とマーケティング担当者という、かなり密な世界でやっていたところがありました。でもビールというスケールの大きい商品では、自分たちのアイデアだけでは収まりきらない大きなものを動かしていく感覚。クリエイティブやコミュニケーションなど、自社以外の方たちの力も借りながら、価値を引き出していく方法もあることを、この部署に来て教わりました」
中味の開発に膨大な時間がかかると言われるビール。実際、同商品は開発に5年の歳月を要している。
「スタート当初は『サントリー生ビール』の名前もなく、ターゲットやデザインも想定されていませんでした。あったのは『飲み応えはありつつも重くならず、どんな時も飲みたくなるビール』というコンセプトです。たとえばサントリーの『ザ・プレミアム・モルツ』はすごく余韻のある商品で、それはそれで独自のポジションだと思いますが、そうじゃない美味しさもあるよねと。時代的にもハイボールやレモンサワーなど、すっきりした味わいのお酒も増えているし、ビールももっと軽やかに飲める選択肢があってもいいよね、という発想でした。
ただ醸造家に聞いたところ、“軽い飲みごこち”を実現するだけなら簡単らしいんです。でも『最初はぐっとビールらしい飲みごたえがあり、アタックがあるけど、それが後に残らない』という要素を入れて、両者のバランスをとるのがすごく難しくて。そこに5年かかっています。結果的に、それが中味の特長になりました」
■ユーザーの暮らしに”すっと馴染む”ビール サントリー史上最速の売上を達成
他社商品では2021年にアサヒ『マルエフ』、2024年にキリン『晴れ風』が登場。『マルエフ』は”復刻“がコンセプト、『晴れ風』は売上の一部を寄付するコミュニケーションがZ世代に刺さったと言われている。各社ヒット商品が新ビールのカテゴリで誕生し、しのぎを削る状況を、竹内さんはどうとらえているのだろうか。
「いずれにしても、比較的若い世代にビールを飲んでほしいというつくり手の気持ちはみんな一緒で、そこに対するアプローチがそれぞれ違うのかなと思います。『サントリー生ビール』は、飲食店で飲むような美味しい生ビールを、家でもどこでも体感できることを追求しています。うまくいく日ばかりじゃないけど、良いことがあっても悪いことがあっても、ビールを飲むと1日が終わったなと無事確認できる、そして明日も頑張ろうという気持ちになれる。そうした日々の暮らしにすっと馴染んでくれる位置づけのビールを目指しました」
商品名に企業名を入れ、「我々が自信を持ってお届けする、ど真ん中のビール」であることをユーザーにさりげなく伝えている。またビール樽をイメージしたパッケージデザインも好評で、店頭でも大きなインパクトを与えているという。
「結局お客様に商品を知っていただくのは、ほとんど店頭です。となると、やはり勝負はパッケージのインパクトになります。最初、お客さんが定番感を感じられて、10年、20年見ても違和感のないデザインって何だろうと考えたんですね。昔ながらのメソッドに寄り添いすぎると、新商品なのに古臭く見えてしまう。なので、安心感プラス、斬新で新しい雰囲気を感じてもらえるデザインのパターンを検証し、試作で100以上は作りました。大きな『生』のロゴはすごく挑戦的なデザインですが、お客様からは『すごく斬新』『これまでのビールでは見たことのないお洒落さ』と言っていただいています」
結果として『サントリー生ビール』は発売初年度で約400万ケースを出荷。同社の過去20年のビール新商品の中で、史上最速の売り上げを達成した。
「達成した時は、単純に嬉しかった。良かったなと思いました。会社としては悲願達成かもしれないですが、私自身はそこまでプレッシャーには感じていなくて。発売するにあたって苦労が多かった中で、ちゃんとお客様に届いて良かったという気持ちの方が大きかったです」
また、昨年にはシールを集めると、自分の名前を入れられる『MYサン生ジョッキ』がもらえるキャンペーンも実施。こちらも好評で、SNSでは名前入りジョッキが届いたことを報告する投稿も散見。「多くのユーザーに商品をアピールできている」といい、サントリー生ビールは昨年も目標の600万ケースの年間計画を達成している。
■育児とフルタイム勤務を両立するうえでの工夫も「試行錯誤したからこそ、ショートカットするやり方も分かるようになってきた」
見事に結果を出した竹内さんだが、サントリーに転職後、すぐに新プロジェクトに加わった時はどんな心境だったのだろうか?
「すごく大きなプロジェクトで不安もありましたが、どちらかというとワクワク感の方が大きかったです。みんなが『よし、やるぞ!』となっている空気の中に入れることや、何か自分が役に立てるかもという期待感が強くて。実際大変さもありましたが、期待されていなければ、『考え抜こう、やりきろう』というエネルギーにも繋がらないので、そこはポジティブに受け取ろうと思っていました」
サントリーに入社当時、まだお子さんも小さかったが、フルタイム(9時〜5時半)で勤務。ご主人の協力を得つつ、竹内さんならではの”工夫”をこらし、さらに社内で助け合いながら仕事を続けていたという。
「頭の中で考えてすむことは、なるべく移動時間や家事の時間を使って考えていました。フライパンを振りながら、頭の中はビールのことでいっぱい(笑)。思いついたことはスマホにメモして、後からパソコンで一気に資料を作ったり。本当は仕事だけに集中した方がいいのかもしれないけど、このスタイルだと気持ちがヘルシーなんです。子どもと一緒にご飯も食べられますし。課題は、子どもを寝かしつける時に一緒に寝てしまわないことだけです(笑)」
「前職の頃は、スキルも経験も今よりなかったので、遠回りをしたこともあった」と竹内さん。「いろんなパターンを試行錯誤したからこそ、今の年齢、キャリアになって『ここは意外とやらなくていいよ』とショートカットするやり方も分かるようになってきました」と話す。「何より、周囲の皆さんの協力ですね。社会全体もここ数年で変わってきましたが、私の周りにも、女性と同じように「すいません、(子どもの)お迎えで帰ります」という男性社員がたくさんいます。ママだけじゃなく、誰もが育児も仕事も頑張っている雰囲気がありますし、お互い助け合える環境があるのはありがたいなと思います」
今後について、竹内さん自身は「まだまだこれからです」と展望を語る。
「まだ発売3年目のブランドなので、これからも生き残っていくために、お客様の気持ちを外すことなく捉えて、一歩先の提案をやり続けなきゃいけないと思います。今うちの娘が5歳で『いつかママの作ったビールを一緒に飲みたい』と言ってくれているので、少なくともあと15年は頑張りたい。娘と乾杯できる日を、夢見ています」
PROFILE 竹内彩恵子
2009年大手菓子メーカーに入社し、マーケティング部でさまざまな商品のブランド戦略に携わる。10年間の同社勤務を経て、2020年にサントリー株式会社に入社。2021年4月、ビール事業部内に新設されたイノベーション部から誕生した「サントリー生ビール」のマーケティングを担当。現在はビール・RTD本部ビール部で、引き続き同製品を担当する。