
半導体メーカー『ラピダス』が北海道千歳市で最先端の「2ナノ半導体」の試作ラインを稼働させ、街は特需に沸く。「失敗のリスクも極めて高い」との指摘がある一方で、期待が寄せられるラビダスの「2つの強さ」とは。
【写真でみる】物件の奪い合いも…地価高騰に建設ラッシュ「ラピダス特需」に沸く千歳市
ラピダスで経済効果「18兆円超」北海道の空の玄関口・新千歳空港がある千歳市内を車で走ると、至る所でマンションなどの建設が進んでいる。
千歳市では再開発の動きが加速していて、3月に発表された2025年公示地価(商業地)では全国の上昇率でトップ3を独占した。
こうした状況のきっかけとなったのが、国産半導体の製造を目指す『ラピダス』の工場の建設。
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4月1日には、まだ世界のどのメーカーも実現できていない最先端の「2ナノ半導体」の量産化を目指し、試作ラインが稼働した。
政府も国策として『ラピダス』に【最大1兆7225億円】の支援を決定。
今後は2号棟の建設も予定されていて、ラピダスによる北海道内の経済効果は、2036年までに【最大18兆8000億円】と試算されている。
追い付かない「オフィスの供給」半導体関連企業も、新たなビジネスチャンスを得ようと続々と千歳市に進出している。
半導体製造装置メーカー・SCREENのグループ会社である『SCREEN SPEサービス』(本社・京都市)は、装置のセッティングやメンテナンスをサポートする事務所を2024年11月に千歳市に設置。
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『SCREEN SPEサービス』弓削俊哉会⻑:
「ラピダスは国からも支援を受けていてどんどん発展していくと思っているので、従業員ももっと増やしていかないといけない。地元採用ができれば我々も好都合。できればそういう方向にもっていきたい」
千歳市への進出にあたり、苦労したのが“オフィスの物件探し”だったとのことで、JR千歳駅に直結するショッピングビルだった施設の空きテナントに入居。
100円ショップも同居するこのビルには、『東京エレクトロン』やオランダの『ASML』といった半導体製造装置メーカーもオフィスを構えている。
中にはレンタカー会社のオフィスだった所にそのまま入居している企業もある。
4月10日時点で、
▼千歳市進出を決定した半導体関連企業⇒37社
▼進出を検討⇒84社だが、オフィスの供給が追いついていないのが現状だ。
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急増するオフィスのニーズに合わせて、不動産デベロッパーによる再開発も進む。
JR千歳駅に直結する7階建てオフィスビルの建設やホテルなどの開発を手掛けている『アルファコート』(本社・札幌市)もその1つだ。
都市開発事業部・濱形陸久主任:
「ラピダスの進出から10個以上のプロジェクトを進めていて、事業費は総額100億円くらい。勢いよくスタートダッシュは切れたと思うが、これからは土地代や工事費の高騰もあるので、ちょっと慎重に開発を進めていかなければいけないという段階」
さらに住宅の供給も追いつかず、新築物件ができても内見なしで予約が埋まるなど“物件の奪い合い”が起きているという。家賃の高騰も問題だ。
『ジョイトーク』梶田多恵子代表:
「家賃相場はラピダスの進出前と比べて1.5倍くらいに上がった。土地の価格も人件費もすべてが上がっているから仕方がないが、学生は高い家賃のところには住めないので、そういうところには若干支障が出てきている」
こうした中、千歳市は地元不動産36社と「居住支援プロジェクトチーム」を結成し、物件情報を共有して対応。
他にも、台湾の半導体大手‧TSMCが進出した熊本県菊陽町での交通渋滞を教訓に、「バス輸送体制の構築」など先手を打って動いている。
『千歳市』次世代半導体拠点推進室・森 周一室⻑:
「サポートがないと安心して拠点を移してもらうのが進まないし、こうなっていくだろうと想定をしながら街づくりを考えていかなければ、今後のチャンスを生かすことは多分出来ないだろうと思っている」
市内にある『公立千歳科学技術大学』では、必要とされる理系人材の育成のためにラピダスとの共同研究など「産官学の連携強化」を目指しているが、学生からは不安の声も…。
学生:
「国とかがちゃんと支援してくれないと、これから成立していくかどうかわからない」
「今のままだったらラピダスに関することはあまりない。共同研究などに関することが増えてきたらうれしい」
ラピダスの進出で大きく生まれ変わろうとしている千歳市。市⺠はどのように受け止めているのだろうか。
「半分死んだ街」がラピダスで一変「ラピダス様様だ」
こう話すのは、千歳市内にある喫茶店のマスター、鈴木英範さん84歳だ。
こだわりのコーヒーを目当てに多くのファンが通う『東亜珈琲館』を営みながら、街の変化を見続けてきた。
鈴木さん(84):
「1974年の開業当時は、米軍の残留組がいて当時レートが1ドル360円。米軍の方はやっぱり景気がよかった。チップを置いていって、夜掃除するとチャリンチャリンって(笑)」
しかし活気にあふれていた千歳市は、バブル崩壊以降衰退を続け街の中心地はシャッター商店街となり徐々に寂れていったという。
鈴木さん(84):
「昔なんか街が半分死んでいた。もう開発されないのかと思ったけどラピダスでいっぺんに変わった。ラピダス様様だ(笑)。今自分でやっていて楽しい。体がもつ限りはやっていたい」
千歳市の繁華街でも、新規オープンする飲食店が出始め活気を取り戻しつつある。
2年間空き店舗だった物件を全面改装し、それまで周辺になかった洋風バルを始めた高野さん。地元の食材にこだわり、客単価は市内では比較的高い5000円ほどに設定した。
『Eclat Clara』高野義広店⻑:
「ラピダス関係で人口というか千歳に来る人も増えて、それに合わせてお客さんが来てくれればいい」
市民の中には「色んな人が来て街並みが変わっていくのでは」という不安の声もあるというが、前向きな意見も多い。
60代男性:
「急に固定資産税が高くなるわ、なんじゃこりゃって思ったけどラピダスが来て先があるなと、希望は十分あるなと思う」
大きな期待が寄せられているラピダスだが、まだ最先端の「2ナノ半導体」の試作品ができたわけではない。
半導体産業に詳しい専門家は、最先端半導体の量産化について“不確実な部分”が大きいと話す。
『オムディア』南川 明さん:
「少量の生産はできると思う。ただ何百万個と作るのは、歩留まり(完成品の割合)を上げていかないといけないので、100個とか200個作る技術とは全く違う製造技術が必要になってくる。量産ができるようになるには、ちょっと時間がかかるかもしれない。そこでインテルもサムスンもみんな苦しんでいる。TSMCはだいぶそこが上手い」
一方で、日本のラピダスが最先端半導体の生産技術を確立することには、大きな意義があるという。
南川さん:
「今はTSMCが1強になっているので、顧客たちはもう1社は欲しいと考えている。1つの会社に頼っていると価格もなかなか下がらないし、思うように数も確保できない。さらに中国による台湾リスクがあるので、どうなってしまうか分からない。それを少しでも和らげることができるので、ラピダスへの期待は海外からも大きい」
国際経営論と経営戦略論が専門の入山章栄さんも、「失敗した時のリスクは極めて大きいが、同時にものすごい可能性がある」と期待を寄せる。
『早稲田大学ビジネススクール』教授 入山さん:
「久々に日本が大博打を打っているなと。当然リスクは大きいが、ラビダスには少なくとも“2つの強さ”があるので当たる可能性を期待している」
その強さの1つとして挙げたのは、【AIを使った新しい半導体の製造方法】だ。
そもそも、半導体の製造方式は2つある。
▼バッチ式⇒複数枚を同時にまとめて処理
▼枚葉式⇒一枚ずつ処理
入山さん:
「やはりカギは“歩留まり率”。バッチ式だと様々な調整が行き届かず不良品が沢山出て歩留まり率が下がる。枚葉式で1枚1枚やる方が当然歩留まり率は高くなる可能性が高い。ただ手間がかかるので、おそらくラピダスは【AIを入れて1枚1枚処理するところで学習させて効率を上げていく】ことを考えている。これは非常に新しい斬新的なやり方」
そして、ラビダスのもう1つの強さは、複数の半導体チップを組み合わせて1つのパッケージにする【チップレット】だという。
入山さん:
「1個のチップで複数の半導体の機能を持たせるのがこれからの技術として期待されていて、おそらくラピダスはこれをやってくる。全く新しいこれからの時代に合った新世代の半導体を作ってくる。これができると、かなり世界からの需要はあるだろう」
(BS-TBS『Bizスクエア』 2025年4月19日放送より)