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英ポーツマス大学などに所属する研究者らが発表した論文「A new understanding of Einstein-Rosen bridges」は、90年前にアインシュタインとローゼンが予見した「時空をつなぐ数学的な橋」を新理論で再検討し、宇宙最古の光で検証した研究報告だ。
1935年、アインシュタインとローゼンは重力(一般相対性理論)と量子論を統合しようとして奇妙な問題に直面した。ブラックホールのような極端な重力場では、数学的構造上、時間が2つの方向に流れる状態が現れる。1つの物理的な世界を記述するのに、2つの「時間の矢」が必要になるという奇妙な状況が生じるのだ。
この非両立性を解決するため、アインシュタインとローゼンは、粒子が2つの時空をつなぐ数学的な橋によって記述されなければならないと提案した。これが「アインシュタイン=ローゼン橋」である。この構造は後に「ワームホール」(時空をつなぐトンネル)として幾何学的に解釈されるようになった。
しかし、従来の物理学者たちはこの提案を深追いせず、どちらか一方の時間の向きを選んで計算するという実用的な道を選んだ。このアプローチは多くの場面でうまく機能したが、ブラックホールでは深刻な問題を引き起こす。ブラックホールの内と外で量子状態がもつれ合い、外部の観測者は完全な情報を得られなくなるのだ。
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量子力学では「情報は決して失われない」という原理が成り立つはずだが、ブラックホールに物質が落ち込むとその情報は取り出せなくなる。これが「ブラックホール情報パラドックス」と呼ばれる難問であり、1970年代にホーキングがブラックホールからの熱放射を発見して以来、物理学者たちを悩ませてきた。
今回、研究チームはアインシュタイン=ローゼン橋の本来の意味を再検討し、新しい理論「直和量子論」(Direct-sum Quantum Field Theory)を提案した。時間の向きを1つに決めるのではなく、両方を同時に扱うアプローチだ。量子状態を2つの成分に分け、一方は時間が普通に流れる世界、もう一方は逆向きに流れる世界に対応させる。この2つは互いに干渉せず、独立したまま全体を構成する。
この枠組みでは、ブラックホールの内側にいる観測者も外側にいる観測者も、それぞれ完全な情報を保持できる。しかも両者の記述は互いに補い合う関係にあり、ブラックホールは情報を飲み込むのではなく、いわば鏡のように機能するため、情報パラドックスは解消される。
理論の妥当性は観測によって検証されなければならない。研究チームは「宇宙マイクロ波背景放射」に着目した。これは宇宙が生まれて間もないころに放たれた光の名残であり、その温度には場所によってわずかなムラがある。このムラは宇宙の始まりに生じた量子揺らぎの痕跡だ。
従来の理論では、空のどの方向を見ても統計的には同じパターンが現れるはずだった。しかし今回の新理論は、ある方向とその正反対の方向で微妙な非対称性が生じると予測する。
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実際にプランク衛星が集めたデータを調べた結果、正反対の方向で温度ムラに約20%の差があることが分かり、非対称性の証拠が見いだされた。統計的な比較では、直和量子論に基づくモデルは従来のモデルより650倍もデータをうまく説明できるという。
アインシュタインとローゼンが90年前に構想した「時空をつなぐ数学的な橋」は、ワームホールのような幾何学的トンネルではなく、量子状態を通じて時空の異なる領域を結ぶ構造なのかもしれない。その痕跡は、宇宙最古の光にすでに刻まれている可能性がある。
Source and Image Credits: Gaztanaga, Enrique, K. Sravan Kumar, and Joao Marto. “A new understanding of Einstein-Rosen bridges.” Classical and Quantum Gravity(2025).
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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