限定公開( 2 )

ANAは4月23日、上級会員制度「スーパーフライヤーズカード」(SFC)の見直しを発表した。その内容を巡り、SNS上ではSFC会員やANAのファンから「改悪だ」と指摘する声が上がり、賛否両論が渦巻いている。
今回の制度見直しに踏み切った背景には、国内線事業の深刻な赤字構造に加え、ステータスホルダーの「選別」というやや冷淡とも言えるビジネス判断がある。
同社にとって必要な経営判断だと予想できる一方で、顧客体験(CX)へのマイナス影響は避けられない。今年2月には、テレビ番組でANAの“飛行機修行”を盛り上げる内容が放送されるなど、同社がSFCの特典を積極的にアピールする様子が見られた。それからたった2か月余りしか経っていない状況での制度見直しとなる。
現場や広報がファン作りに奔走する裏で、財務部門が冷徹にリストラを断行したような組織の“ちぐはぐさ”は否めず、利用者からは「最悪のCX」との声も上がる。
|
|
|
|
今回の改定がANAのビジネスに今後、どれだけの影響を与えるのか。競合JALの戦略と比較し、考察する。
●ANA「会員制度」見直しの衝撃 背景に“国内線赤字”の現実
ジェット燃料費の高騰に加え、高単価客だったビジネス利用の減少、人材不足による人件費高騰などを背景に、大手各社の国内線が実質赤字に陥っているのは以前レポートした通りだ。
ANAホールディングスの芝田浩二社長は2月、中期経営戦略を発表した際「成長領域は国際線と貨物」「国内線は収支構造を見直す」と発言した。今回のSFC見直しは、不採算路線の整理や機内サービスの簡素化など、現在ANAが全社で進めている「国内線緊縮経営」の延長線上にある。
今回、SFCの上級顧客を2つに「区分」することを発表した。ANAカード・ANA Payでの年間決済額が300万円以上の「ELITE」会員には、引き続きラウンジなどの各種サービスを提供する。その一方、300万円を下回る「LITE」会員には、原則としてラウンジ利用を不可とした。なお、ANAグループ運航便で100万ライフマイルを達成した「PLUS」会員については、決済額に関わらず利用対象としている。
|
|
|
|
これまでは一度SFC会員になった顧客には、1万円超の年会費を設定し、会員資格を継続して付与していた。そのため会員がどんどん増え、特にラウンジ混雑は今も激しい状況だ。筆者は、その混雑緩和のため、年間決済額300万円という極めて高いハードルを設けたのではないかと考えている。
年間決済額300万円となると、月換算で25万円の決済が必要だ。さまざまな固定費をカードに集約しても、多くの単身者や若年層、また年金受給者らには届きにくい。かつて「修行」によってステータスを得た層への、事実上の「退場宣告」とも取れる選別といえる。
ANAはコロナ禍からこの数年、搭乗実績のプレミアムポイント(PP)が多くたまる「PP2倍キャンペーン」をたびたび実施し、SFC会員を増やしてきた。SFC会員には、優先チェックインや優先手荷物受け取りの他、世界中の空港でのラウンジ利用など、毎年の搭乗実績が多い上級顧客に付与するステータス(上級会員)とほぼ同等のサービスを提供してきた。
このステータスをいわば“大盤振る舞い”してきた結果、ラウンジ混雑によってサービス低下を招いたわけだ。自社で増やした会員を今後もそのまま維持する余力が、今のANAにはないのだろう。
●テレビ番組では「ステータスの魅力」を積極アピール
|
|
|
|
日本テレビのバラエティ番組「沸騰ワード10」では、タレントが飛行機に繰り返し乗ったり、ラウンジでの飲食を楽しんだりする“修行”の様子を紹介するコーナーがあり、ANAも全面的に番組協力をしてきた。その放送回数は、2018年からコロナ禍を挟み、JALとANAがほぼ半々で合わせて10回以上に及ぶ。
特に、直近の「風間俊介の“地球半周以上”ステータス修行に密着&羽田空港ラウンジに水卜アナ合流で爆食!?」が放送されたのが、2026年2月13日。タレント・俳優の風間氏が2025年に獲得したANA「ダイヤモンド」のステータスを2026年も維持するため、ANA便に乗って山口県・岩国や沖縄などを経由して、トルコ・イスタンブール便を利用する様子が紹介された。
番組では旅先の様子と合わせ、ラウンジで“爆食する”様子など、ステータスの魅力を熱く語って紹介していた。そのわずか2カ月ちょっとで、今回の改訂を発表したのである。
ANA公式サイトにあるSFCの紹介ページには「会員である限り永続的に享受できるプレミアムな特典」「世界に羽ばたくステータスのサービスが永続的に」「スーパーフライヤーズ会員であればたとえ年間の搭乗機会が少なくなったとしても、『プラチナサービス』メンバーと同等の特典が受けられる」といった文言が並ぶ。その下に小さく「変更となる場合があるのでご注意ください」とあるものの、あまりに目立たない。
近年、メディアやSNSに背中を押されて「修行」に励んだ利用者は多い。憧れをあおった直後に手のひらを返せば、SFCの「一度取れば一生モノ」という約束そのものが崩壊してしまう。根幹の価値を否定された利用者が抱く「裏切られた」という不信感は、今後のブランドにとって深刻な痛手となるはずだ。
●ANAのサービス劣化と「インフラ維持」の苦渋
「特典航空券の予約枠が減った」「飛行機が古い」「座席に電源がない」「機内Wi-Fiが不安定」「サポートの電話がつながりにくい」。SNSにはANAへの不満があふれている。
加えて大阪・関西国際空港の国内線で、羽田便以外の新千歳・那覇・宮古・石垣の各路線を、2026年3月末から運休。静岡空港の発着便も2026年10月1日から運休すると発表し、事実上の撤退となり、利用者の利便性は低下している。
SFCでは会員特典だった国際線プレミアムエコノミーへの無償アップグレードや、会報誌、カレンダーや手帳の配布を廃止し、上級会員に毎年提供していたアップグレードポイントも今年度限りとした。それでも、SFCの年会費は据え置いている。
ANAは5月19日、国内線で運賃体系を刷新する。最安運賃では、事前座席指定を廃止し、受託手荷物を従来の2個から1個に減らした。利用者からは、新たな予約画面が「使いづらい」という声が相次ぐ。これまであった「介護割引」も廃止した。
●「既存客を捨てたANA」と「守ったJAL」
ANAと何かと比較されるJALにも、SFCと同様の会員制度である「JALグローバルクラブ」(JGC)が存在する。JALは、ANAと同時期にポイントを2倍にするキャンペーンを実施。「JGC修行」をする利用者も出るなどして、会員を増やしてきた。だが2024年4月、JALはANAに先行して、制度を変更した。
ANAとの大きな違いは、制度変更の際、既存のJGC会員に“配慮”したことだ。JALは「新規を絞って既存を守る」(既得権益の維持)という日本的な配慮によって、顧客との信頼をつなぎ止めた。対するANAは、既存客さえもカードの決済額によって一律に選別する「ドライな合理主義」に踏み切った形と言える。JALはラウンジや優先などのサービスが利用できるランクを既存会員に保証した一方、新規で会員になる基準を大幅に引き上げた。
会員増によるラウンジの混雑は、どの航空会社にとっても共通の課題だ。だが、ANAのSFCからJGCへの“大移動”が起きるかというと、すぐに移行しないと筆者は考える。もし利用者がJGC会員になろうとする場合、カード決済のみで総額約6000万円が必要となるからだ。それでも、JGCが生涯実績プログラムを維持している点を評価し、利用者からは「今後はJALを利用する」という声が続々と出ている。
JALは既存顧客の継続条件に手を付けなかったことで、信頼関係をそのまま維持した。一方、ANAはラウンジの混雑緩和の特効薬であっても、顧客との信頼関係、ロイヤルティ(忠誠心)を失いかねず、既存会員の解約が増えるのは確実だ。今後、利用者がJGCではなく、SFCを選ぶ動機となる施策も打てていない。
●「見直し=改良」の見方も 顧客ロイヤルティは低下
ANAホールディングスの株価は、昨今の中東情勢もあり、下がり続けている。特に、SFCの制度見直しを発表した4月23日、その下げ幅は大きく、年初来最安値となった。
今回の一件を「改良」と主張する利用者からは「ラウンジの混雑がやっと解消される」「特典航空券の予約がしやすくなる」「年間300万円すら決済できない人は分不相応」などの声も出ている。良質な顧客を選別する今回の見直しによって、顧客が離れるリスクが多少あったとしても、収益を上げる方向へ転換したのだと見ることもできる。企業としては優良顧客が残るため、健全とも言える。
だが、直近まで会員の特典をあおってから、いきなりはしごを外すような施策は、顧客が抱く企業イメージとして決して良いものでない。
ビジネスパーソンが中心だったステータスを一般客に広げる取り組みに、ANAも一役担ってきた。利益を追求する経営戦略としては正しくても「金の切れ目は縁の切れ目」と、ライト層のANA離れは進むことになるかもしれない。
合理性を突き詰めた先に待つのは、健全な収益か、それともブランドの空洞化か。ANAの真価が問われるのは、これからだ。
●著者紹介:シカマ アキ
大阪市出身。関西学院大学社会学部卒業後、読売新聞の記者を経てフリーランスのジャーナリスト・フォトグラファーとして活動中。主な取材分野は、旅行、飛行機・空港、官公庁や自治体、スポーツなど。国内外で、雑誌やWebなど向けに取材、執筆、撮影などを行う。ニコンカレッジ講師、空港や旅行会社などでのセミナーで講演活動も。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。

新聞販売店倒産 過去30年で最多(写真:ITmedia ビジネスオンライン)133

新聞販売店倒産 過去30年で最多(写真:ITmedia ビジネスオンライン)133