
アメリカとイランが戦闘終結に向けた合意に近づくという情報が出る中、イスラエルとレバノンの間では戦闘が続き、停戦合意が形骸化しています。JNNはレバノンに入り、子どもを出産したばかりの母親の叫びを取材しました。
記者
「今、見えてきました。救急車の明かりも確認できます。停戦後、初めてイスラエル軍による攻撃がベイルートで確認されました。今も救助でしょうか、行われている様子が見えます」
6日、JNNの記者が入ったのは、中東レバノンの首都ベイルート。イスラエルはレバノンと先月、停戦合意していたはずですが、現地ではイスラエルとイスラム教シーア派組織・ヒズボラが攻撃を続けていました。
そして、レバノン南部では…。
記者
「レバノン南部の町です。今、遠くから煙が上がっている様子が分かります。イスラエル軍による攻撃が停戦期間中であっても続いていることがよく分かります」
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人の気配はなく、多くの建物が破壊されています。
イスラエルが軍を駐留させているレバノン南部のイエローライン=「緩衝地帯」でも。
記者
「私のいるここから数百メートルのところが、イスラエルが一方的に引いたイエローラインということになります。あの丘のあたり、つい2時間ほど前にもイスラエル軍の攻撃がありました」
記者
「私たち今、イエローラインの近くで取材をしていましたけれど、イスラエル軍による新たな退避勧告が出ました。このあたりの住民に対して、少なくとも1キロ以上は離れるようにということでした。念のため、我々も取材を中断して、この場から離れることにします」
この日、少なくとも5人が死亡しました。
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故郷を追われた人々の多くは停戦後も帰還を許されず、ベイルートで避難生活を余儀なくされています。
記者
「ここはベイルート市内の学校のホールですけど、このようにテントが設置されていたり、テントがない方は布で仕切りを作って、皆さん、この場所で暮らしているということです」
避難者
「ある日、朝3時に爆撃の音と人々の叫び声で目が覚めました。最低限のものだけ持って、家を飛び出しました。すべて置いてきました」
2歳の息子ともうすぐ3か月の娘を育てるダルウィッシュさん。出産のわずか10日後に戦闘が始まり、幼い子どもを抱えて逃げてきました。
ダルウィッシュさん
「ここでの生活は本当に大変で、満足な暮らしとは言えません。なんといえばいいのか…本当に過酷です。娘は喘息だと診断されました。病気の苦しみと闘っています」
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十分な医療を受けられず、食料も限られ、過酷な環境におかれています。
停戦合意をうけて、南部の自宅に戻り、「やっと子どもたちを故郷で育てられる」と願っていましたが。
ダルウィッシュさん
「故郷は崩壊していました。親友たちの家が瓦礫になり、若いにもかかわらず、自分の命や子どもの命が奪われました。心が引き裂かれます。故郷には素敵な思い出がたくさん。家や道で子どもたちが遊んでいる姿、心と笑顔で私たちを迎えてくれた」
ダルウィッシュさんは、娘に「ハナン」と名付けました。イスラエル軍に去年、殺害された義理の姉と同じ名前。いつでも弱い立場の人に寄り添う看護師だったといいます。
ダルウィッシュさん
「子どもたちの未来はどうなるんでしょう。子どもたちが平和に暮らせるよう、戦争が止むことを願っています。子どもたちや青年たちの命が奪われないよう、素敵な未来を築いていけるように」

