「駐妻」たちのリアルライフ

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2013年07月19日 10:00  MAMApicks

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華麗なる「駐妻」時代の終焉 海外赴任「帯同せず」が過半のワケ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130702/250509/
という記事が目に留まった。

夫の海外駐在に「帯同」(一緒について行くこと)しない妻が増えているそうだ。すでに仕事をしていて離職したくない、子どもの受験が心配なので海外に連れて行きたくないというのが、その大きな理由なのだという。

●縮小する海外日本人コミュニティ
企業の懐事情が逼迫するこの時代、海外に派遣される人員の数もかつてより激減した。そのうえ帯同数も減って、単身赴任のケースばかりとなると、海外における邦人のコミュニティは目に見えて縮小する。

筆者は今年3月末に、約4年間の駐在帯同生活を経て、欧州から帰国した。はじめに渡ったスイスの中都市では、現地のスイス人と結婚した日本人や、我が家のような駐在組をすべて合わせても、日本人は全部で200人程度。実際に目にする日本人は、大人子どもを合わせて数十人もいなかった。インターナショナルスクールでの日本人コミュニティは数家庭だけ。しかし10年前までは、日本人はその10倍いたと聞いた。隣接する地方にあった、日本を代表する某エレクトロニクス企業の工場が撤退してしまったのだ。

次に駐在したロンドンでは、駐在や現地永住や留学者など、日本人の多さにびっくりした。それでも、数年前まで5万人超と言われた日本人の数は、3万人以下に落ち込み、なお減り続けているのだと言われた。日系の不動産業者や引っ越し業者は、「日本人のお客さんは帰国されるケースばかりで、新規のお客さんが入ってきません」とぼやいていた。

引っ越しの担当者は、「3月末までは毎日大型の引っ越しを数件ずつ抱えて大忙しですが、4月からはだいぶラクで……」。3月に帰国する日本人は子持ち家庭が多く、家財も家一軒ぶんだが、4月から入ってくる日本人は単身赴任者ばかりなので、家具はレンタル、男性一人分の洋服と、パソコン程度に過ぎないのだ。

●「駐在婦人」は死語
こうして、少なくとも欧州の在外邦人コミュニティは縮小している。むしろ筆者は中国人や韓国人コミュニティの、肉食な“イケイケドンドン”ぶり、悠久インド人の、“一人見たら背後に数十人”的数学マジックに圧される日本人の草食ぶりを心配していた。

日本人のアクのなさ、自己主張のなさは、ひょっとしてそのまま消えていなくなっても、欧州の人たちは誰も気がつかないんじゃないかとさえ思えた。

そんな寂しげな日本人コミュニティではあったが、筆者の目で探すと、駐在の奥さんたちはたしかにいた。ロンドンやらパリなんかには、結構まとまった数でいた。でも、その昔、高級婦人誌を飾ったような、全身ブランドものの大げさな「駐在婦人」には、とんとお目にかからなかった。それは現在、中国人マダムの専売特許である。

日本もかつて、海外駐在が珍しかった時代には、「夫の仕事で海外転勤に帯同し、駐在員夫人となって現地の素敵な生活を堪能する専業主婦(いいご身分)」とか、「海外駐在を命じられるような優秀な夫を首尾よく捕まえることのできた成功者(ドヤ)」みたいないやらしい言われ方、描き方をされたこともあったようだが、悪いけどそんな男も女も相当古い。

ぶっちゃけ、日本人駐在員なんて、諸外国の超絶リッチな出稼ぎエリートたちに比べたら、可哀相なくらい質素だ。弱肉強食の国々のエリートの年収は、桁が2つ3つ違う。

今の時代、駐在員ごときにお金をかけてやる体力のある日本企業はない。それに大変心苦しいが、世界レベルで見ると、日本のサラリーマンなんてそんなに優秀でもない。奥さんも、みんなちゃんとキャリア経験があり、異国で家族や自分の悩みを抱えて日々の暮らしをがんばって開拓していた、普通の奥さんだ。みんな、ごくフツーの人びとなのである。

そもそも、日本人が駐在と聞いて思い浮かべる、“素敵”ニューヨークとかロンドンとかパリとかに、いま日本企業は駐在員を派遣するどころか、逆に撤退させている。ものづくり大国日本における、現代の海外駐在の行き先は、おもに「世界の安価な工業地帯」、すなわちタイやインドネシアやインドや中国、ベトナムにマレーシア……、つまりもっと身近なアジアなのだ。海外駐在すなわち「洋行」だったり、「駐在員」や「駐在夫人」が箔だったような時代は、1ドル=360円の時代の話だ。

●「駐在ですか?」の特殊な響き
日本人同士で出会ったりすると、現地で雇用されて働いている人や、現地人と家庭をもつ人に、時折「駐在ですか?」と聞かれることがあった。どれだけ現地で友人を作り活動し、現地の事情に慣れたつもりで楽しく暮らしていても、自分は「お客さん」であることを否応なく強く意識させられる瞬間だった。

日本人駐在員が比較的質素だといっても、現地で学んだり現地で雇われ働く人たちから見れば、駐在員なんて「恵まれているお客さん」に過ぎない。日本企業に渡航費を出してもらって、小さくても家や車をあてがわれ、授業料や日々の請求書のために必死に働く必要はない。長居しない。現地に骨を埋める覚悟なんてない。言葉だって、どれだけ得意だと言ったところで家庭内は日本語で暮らせている。現地の親戚との関係に悩むことなどもない。

駐在員は、「いずれは帰る人たち」。現地に溶け込まなくても生きていけてしまう人たち。「駐在ですか?」の距離感を前に、筆者はいつも駐在組ではない在外邦人が持つ覚悟と不安と、そしてどこか「自由」をヒリヒリと感じ、小さく「はい」と答えるしかなかった。

●駐妻のリアルライフ
どこの国に駐在するかにもよるのだが、駐在員の妻たちの一番の関心と悩みは、ひとえに子どもの学校だ。

気がつくと筆者は、スイスでもロンドンでも日本でも、PTAに入れられていたりする。日本人駐在妻たちのお世話役やら通訳になって、学校と交渉していたりする。彼女たちはいつも、子どもの教育のことで真剣に悩んでいた。だって、子どもがしあわせに暮らせてなくてお母さんがしあわせに暮らせるわけがないからだ。

よく言われることだが、海外に行ったお母さんたちは、子どもの学校の送迎に追われる。治安が信じられないほど良い日本と違って、学校の外での子どもの安全は保護者の責任だからだ。集団登校だろうが何だろうが、小さい子どもだけで歩くなどしたら、一瞬で事件か事故に巻き込まれるだろう。親はネグレクトで捕まっちゃうことさえある。

だから駐妻たちは、子どもが学校に行っている間に息抜きをする。語学学校に通う人もいれば、知り合い同士で連れ立って出かけたり、ランチをしたり、習い事をしたりする。

屈折している筆者は、アフタヌーンティーもアンティークも料理教室もナントカペインティングも一切興味がなくて困ったが、まぁそんなのに興味がない筆者でも、細々書き仕事をし、学校に関わる傍らでフランス語なぞ習ったり、友人と映画や美術館に行ったり、たまには素敵ランチに挑んでみたり、ピアノを弾いたり酒を飲んだり遠出したり、そこそこ楽しくやっていた。なんといってもネットが筆者をいつも日本と繋げていてくれたから、日本の最新のお笑い事情はつねにキャッチアップしていた自負がある。(なにそれ)

ひたすら楽しかったわー、ストレスはなかったわー、なんて真っ赤な嘘はつかない。でも、かつて噂に聞いたような「駐在婦人のヒエラルキー」「駐在者同士のいがみあい」「日本人の子ども同士のいじめ」なぞ、ライターという職業的興味からいつ出会えるかとワクワクしていたのだが、ついぞリアルに遭遇することはなかった。感じ方や暮らし方によるのかもしれないけれど。

そして、長く滞在する駐在組の中には、奥さんが「いい加減、わたしも働きたい」と仕事を始めるケースもあった。柔軟で仕事ができる人は、どこに行ったってどんな形でもできるのだ。

●諸外国の駐妻たちは、こう暮らす
外国人の駐在妻たちを見ていると、ライフスタイルにそのお国柄がよく出ていた。意識の違いは、明確にキャリアの違い、年収の違いだといってもいい。

研究者、デザイナー、コンサルタント、医師、教師など、そうそうたる学歴とキャリアの「彼女たち」も、夫の仕事について海を渡ってくる。そして、子どもの学校が落ち着き、生活が軌道に乗ったところで、自分なりにその国でできる仕事のつてを探す。大学院で学ぶ人も多い。そのためにはビザの取り直しもいとわない。

妻が多国籍企業の重役で、夫が専業主夫となって子どもの送り迎えをする家庭はいくつもあった。政府系銀行の管理職をしているフランス人女性や、製薬会社に勤める台湾人女性は、シングルマザーとして赴任してきていた。

彼女たちは外国で暮らすことに抵抗はないし、外国だからといって何かをあきらめることもない。外国暮らしは、純粋に「キャリアや人生のチャンス」なのだと言う。そして、「家族はなるべく別々に住まないほうがいい」と、また次の国へ向かう。そうやって、2年や3年のペースで世界中を転々とする家庭もまた、びっくりするほど多かった。どこの国にも住めて、学べて、稼げる。彼らこそが本当のノマドだ。

●わかった気になって日本に引きこもるのが、一番ソン
「駐妻なんて、外国でヒマを持て余す専業主婦」とか、「帰国子女なんて言ったって、実際の受験は結構大変」とか、「ちょっと海外に行ったくらいで何ができる」「仕事を手放したくない」「結局日本人なら日本を不在にしない方がいろいろ有利」とか。

巷のウワサだけで分かった気になって、一度も日本から出ないで引きこもるのが、最終的には一番ソンだ。視野も拓けず、経験も育たない。何よりも、つぶしがきかないからだ。

夫だけが海外へ単身赴任、妻と子どもは日本に残るという選択 ――。
それが「女性の立場が上昇したから」「強くなったから」などと思ったら、それには異を唱えたい。日本のシステムが、世界からどんどん遊離していることの表れだ。

夫も妻も子どもも、要するに「日本以外でつぶしがきかない」のだ。語学力、教育システム、就業習慣、キャリア形成、再雇用の流動性など、すべては日本のシステムが世界のそれと比べて独自、ユニーク、流動的でない、互換性が低い……要するに、ヘンだからである。

世界でつぶしがきかないというのはつまり、世界で使えないということだ。もともとつぶしがきくのだったら、あるいはつぶしのきく人間になりたかったら、喜んで海外へ出て行けるからである。

この「変わったシステムの変わった国」で、内向き引きこもり姿勢をキープするのは、自分たちが日本でしか生きていけないようにわざわざ選択肢を狭め、出口を塞いでいることに気づきたい。

日本でしがみついている、出世に受験。それが「普遍」だと思って語ってはいけない。もし海外に行くチャンスがあるのなら、その波には乗ってしまったほうがいい。いま自分が置かれている「狭い世間」を俯瞰する自由を得たとき、海の外から見える景色がある。それは海の外からでないと見えない景色でもある。

【関連アーカイブ】「駐妻ノマド」のススメ
http://mamapicks.jp/archives/52121137.html

河崎環
コラムニスト。子育て系人気サイト運営・執筆後、教育・家族問題、父親の育児参加、世界の子育て文化から商品デザイン・書籍評論まで多彩な執筆を続けており、エッセイや子育て相談にも定評がある。家族とともに欧州2ヵ国の駐在経験。

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