【寄稿】産後クライシスには意味がある

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2013年11月18日 11:00  MAMApicks

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NHKの朝の情報番組をきっかけとして、「産後クライシス」という言葉が話題になり、取材班が著した書籍まで売れている。書籍のカバーには、「日本の少子化、離婚の背景には『産後クライシス』があった!」とある。
おいおい、それは煽りすぎというものだろう。

産後クライシスという言葉自体は取材班がつくった造語だが、そういう現象自体はずーっと前からあったはず。それこそ人間が人間になる前、サルのころまで遡ることができると思う。

子連れのメス熊が、神経を尖らせて、近寄るものはすべて威嚇するように、産後の女性が神経過敏になることなど、昔の人なら誰でも知っていたはずだ。

産後クライシスという名前がついたとたんに、それはそれはおどろおどろしい現象のように世間中が騒いでいること自体がクライシスであると思う。
しかも産後どころか妊娠中からクライシスは起こっているのだ。

妊婦に理屈は通じないというのは出産や育児にかかわるひとたちの間では常識だ。
つまり現在における少子化や離婚や離婚の原因を産後クライシスに求めるのはちょっと行きすぎであるということ。
産後クライシスは古今東西あるはずだからだ。

産後クライシスは、思春期の子どもの反抗期のようなもの。
起こる現象だけを表面的に見れば、やっかいに見えるが、それにはちゃんと意味があり、成長のために必要なもの。
夫婦関係も、産後クライシスを経て、成長する。
夫婦の成長のために欠かせない発達段階のひとつといえる。

あるいは風邪にたとえてもいい。
産後クライシスは、夫婦関係の変化によって引き起こされる風邪のようなもの。
子どもができることによって、夫婦関係に変化が生じるのは当たり前。
ふたりきりのときの関係性からは当然変わらなければならない。
季節の変わり目に風邪を引きやすいように、ふたりの関係性が変化するときには人間関係も風邪を引く。
その意味で、産後クライシスを夫のせいにするのも本質を見誤っている。
たしかに風邪もこじらせれば死にいたる。
しかしだからといっておどろおどろしく、どうしようもない現象のように語るのは間違っている。

しょせん風邪。ほとんどのひとたちはそれを何とか乗り越える。
たとえば風邪をひいたときに発熱するのには意味がある。
体温を高くして、抵抗力を高めるのだ。
しかし発熱という現象だけを捉え、それを悪いものだと思い込み、解熱剤を飲むようなことをしてしまうと、本来的にはよくない。
また最初から抗生物質に頼ってしまうと免疫がつくられない。
自分の力で対処できなくなってしまったときはそういう対処もしょうがないが、本来的には自力で治癒する力、すなわち免疫を身につけなければならない。

むしろ産後クライシスがない夫婦のほうが危険だ。
夫婦が成長するために必要な試練を経験していないということだ。
長い人生の中で、これからやってくるであろう、さまざまな危機に対処する免疫がつくられない。

子どもの反抗期を回避しちゃいけないように、夫婦間の産後クライシスだって回避しちゃいけない。
回避しようとしたってうまくいかないからそれ自体がストレスになる。
産後クライシスを回避するために、たとえば夫が、妻を、腫れ物に触るような扱いをするというのは最悪。そんな関係性長続きするわけがない。
夫が無理をして、「都合のいい夫」を演じていれば、たしかに産後クライシスという「発熱」は一時的にはおさまるだろう。
しかし、それでは免疫がつくられない。
本当の意味で危機を乗り越えたことにはならないのだ。
ときにはガツンとぶつかってもいい。
そうやってお互いの腹の内をさらけ出しあい、相互理解を深めるために産後クライシスはあるのだ。
産後クライシスを回避しようとして、場当たり的な対応をとってしまうと、あとで大変なことになる。
免疫ができていないのだから、新たな危機がやってきたときに持ちこたえられなくなる。
産後クライシスは回避すべきものではなく、真正面から向かい合うべきもの。

産後、どうしたって、妻から夫への愛情曲線は低下するものなのだ。
産後クライシス中、妻は、思い通りに動いてくれない夫にイライラする。
夫は妻の言動の真意がつかめず、おろおろしたり、無視したりする。
妻は、思い通りにならないことへの適応力を高める。これが子育ての予行練習にもなっている。
夫は、理不尽なことを受け止める懐の深さを身につける。長い人生において、理不尽に際しても、家族を守る覚悟ができているかどうか、試されているのだ。
また、妻も夫も、不平や不満があるときには口に出せばいいのだということを学ぶ。
ふたりきりのときはどちらかががまんしたり、相手に合わせればすんでしまうようなことでも、子どものこととなるとお互いに譲れなくなる。

そのときに、上手に相互理解し合意形成する技術を磨く貴重な時期が、産後クライシスなのだ。

そのためには、夫婦喧嘩に際しても、不平や不満をぶつけるだけでなく、お互いに、相手を思いやり、助け合わなければ解決できないことがあることを学ぶ。

産後クライシスを悪いこととして捉えるのではなくて、夫婦として乗り越えなければいけない場面に来たなと、前向きに捉えることが大事。
ぶつかりあって夫婦喧嘩になってもいい。
そうやってふたりのコミュニケーションは少しずつ進化する。
夫婦なんて最初から夫婦になれるものではない。何十年もかけてやっと夫婦らしきものになっていくもの。幾多もの葛藤を経験するのが当たり前だ。
幾多もの葛藤を乗り越えるためには、どちらかがどちらかに合わせるというのではなくて、本当の意味でふたりが力を合わせてお互いを思いやらなければならない。

夫が仕事にかまけて育児を妻任せにすることも許されないし、妻が産後クライシスを免罪符にして横暴に振る舞うことも許されない。
お互いに、相手を理解し歩み寄る訓練の場として、産後クライシスは存在しているのだ。
子どもを育てている中で、さまざまな困難や危機に際しても、コミュニケーションパニックに陥ることなく、ふたりがいつでも力を合わせることができるように、ふたりの関係を強めるための訓練なのだ。

産後クライシスは、夫婦を成長させる最高の教材である。

反抗期を前向きにとらえてもらうために、「男の子が反抗期を迎え、部屋の壁に穴が空いたら赤飯を炊こう」などということがあるが、同様に、夫婦の間に産後クライシスがやってきたら、赤飯を炊いたっていいくらいなのだ。

産後クライシス的な状況をダメなことと思うのではなく、「これも必要な経験」と受け入れたうえで、対処する方法を、インターネットメディアをはじめ、書籍・雑誌を通じて訴えてきた。

もし、今ことさら産後クライシスが脅威となっているのであれば、それは夫の無神経とか、妊娠・出産に対する世間の無理解とかいうミクロなことが理由ではなく、夫婦関係以前の基本的な人間関係の構築方法において、十分な免疫がつくられていないまま夫婦になる人が増えており、ただの風邪である産後クライシスに耐えられない夫婦が増えているというマクロな問題を指摘するほうが理にかなっているように思う。

「産後クライシス」をあたかも悪いことのように取り扱うことこそ、「ことなかれ主義」「衝突回避志向」の表れだと思う。

たとえば「喧嘩は悪いこと」として夫婦喧嘩をさけてしまったり、遠慮ばかりしてはっきりと自分の考えを述べられないこととか。これ、世界の中で張り合っていけない日本人のコミュニケーションパターンと同じでしょ。
ぶつかってもいい。本気でぶつかり合えば、わかり合えるという、他人に対する基本的信頼が育っていないのだ。
だから、私はことあるごとに、夫婦喧嘩や、子どもに夫婦喧嘩を見せることすら推奨している。もちろんそのためには「上手な夫婦ゲンカ」というものがわかっていなければいけないのだけど。

産後クライシスというネーミングや着眼はいい。
育児関連の書籍がこれだけ売れることは珍しい。
せっかくこれだけ話題になるのだったら、産後クライシスをのネガティブな側面だけではなく、もっとポジティブな意味合いがあることを、もう少し丁寧に見てほしかった。

少なくとも、このコラムを読んでくれた皆さんには、産後クライシスを恐れるのではなく、成長するための試練として、前向きにとらえてほしい。

育児・教育ジャーナリスト:おおたとしまさ
株式会社リクルートを経て独立。男性の育児・教育、子育て夫婦のパートナーシップ、無駄に叱らないしつけ方、中学受験をいい経験にする方法などについて、執筆・講演を行う傍ら、新聞・雑誌へのコメント掲載、ラジオ出演も多数。All About公式「子育て」ガイドであり、心理カウンセラーの資格、中高の教員免許、小学校教員の経験もある。『パパのトリセツ』、『忙しいビジネスマンのための3分間育児』、『中学受験という選択』など。
パパの悩み相談横丁
www.papanonayami.net

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  • >産後クライシスを恐れるのではなく、成長するための試練として、前向きにとらえてほしい。 出産は20年以上前に2度経験していますが、これ同感です。
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