過保護な実母と甘え上手になれない私

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2014年03月17日 09:30  MAMApicks

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1週間ほど前、母が関西から東京に遊びに来た。
母の目下の生き甲斐は、2人の孫。私の娘と、私の兄の娘である。母はフルタイムではないが今もまだ働いているので、お給料が入ると孫の洋服やおもちゃを買い、数ヵ月に1度、孫に会うために上京してくる。

私はこのところ寒さのせいなのか疲れのせいなのか、気分が沈むことが多く、このままじゃマズイなという自覚もあり、とにかく人と会って話がしたかった。なので、母が遊びに来てくれることはとても嬉しく、その数日前から美味しいものを食べに行こうね、とか買い物も行こうね、などメールのやり取りをしていた。

私と、私の娘のことをとても大事に思ってくれる母。
私ももちろん母のことが好きだし、娘にもおばあちゃん大好きっ子になってほしいなと思う。ただ、ここ数年ほど母に会うと、ほぼ毎回のようにイライラしてしまったり、どっと疲れることがある。


このたびも、最初は穏便に過ごしていたのだが、ふとしたことからキツく当たってしまい、別れたあとで「もう少し優しくすればよかったのに、何であんな物言いをしてしまったんだろう」と反省する、毎度の流れになってしまった。

会うまでは本当に楽しみだったのだ。美味しいものを食べて、お喋りをして、ついでに娘の面倒も見てもらったりして、私は羽を伸ばすことができるかな、と期待していた。

しかし、母が帰ったあと、どうしてあんな態度を取ってしまったのかと省みたとき、甘えるという行為には意外と体力がいること、ある程度の余裕がないと甘えることさえできないのだということに気付いた。

近年「毒親」や「毒母」という言葉がポピュラーになっており、時々テレビ番組でも特集を見かけるようになった。それだけ母親との関係性に悩んでいる女性が多いのだろうと思う。

私は決して自分の母を「毒母」と思っているわけではない。
基本的にはとても好きな人なのだが、会うとどうも母との距離感に戸惑ってしまうことがある。家族のあり方なんてほんとに千差万別で、その家庭によるものなので、うちがよそと比べておかしいとか、他の人はこうなのに、とか嘆きたいわけでもない。

どの家庭にも大なり小なりイザコザはあるだろうし、「うちは本当に関係が良好なので何の問題もありません!」なんて人はきっとそういないだろう。もしいるとしたら、それはお互いの気遣いの上に成り立っているんじゃないだろうか。親子と言ってもしょせんは他人だから、何の遠慮も気配りもなしに健全な状態を維持するのは難しい。

ただ、どうして毎回母と衝突してしまうんだろうとイライラの原因を探ってみると、問題は母の過保護なんだろうな、ということ。


母はよく言えばフレンドリーで人懐っこい性格。悪く言えば私に対しても私の娘に対しても過保護で過干渉だ。まだ結婚する前、当時私が住んでいたアパートに遊びに来ては掃除や片づけを始めるので、「放っておいて」とお願いをしたら、「周りの友人は娘さんが近くに住んでいるから、よく面倒を見に行っている、でも私は離れているからあなたに何もしてあげられなくて申し訳ないと思っているの」と吐露された。

その気持ちは凄くありがたかったのだが、もうその時私は30歳になっていたので、「いや、もう私子どもじゃないんですけど……大体自分の意思で1人暮らししてるんだし、自分のことは自分でしますよ……」と、後ずさりしそうになった。

また、妊娠して間もない頃、東京で出産することにしたから産院を決めてきたよ、と伝えたら、どんなところか事前に見ておきたいから見学に行くと言って聞かなかったし、出産の瞬間には絶対立ち会いたいから、いつ頃生まれそうかマメに連絡してくれ、と無茶なことを言ってきた。

いつ頃生まれるも何も、計画出産じゃないんだから予定日なんてあくまでも目安だよ、遅れることもあれば、早まることもあるんだから、こっちに来るのは生まれてからにしてください、と必死に説明してやっと納得してもらえた。

自分自身も二度出産を経験しているはずなのに、この人は何を言っているのだろう?と心配になった。

それだけ孫の誕生が楽しみだったのだろうし、いつまで経っても自分の子どもは子ども、と思う親心なのだということが今になってようやく分かるが、その時の母の言動の数々は暴走としか受け取りようがなく、産後の手伝いに来てくれることも決定していたので正直先が思いやられるなと感じていた。

そんな不安を、先輩ママである友人に漏らしたところ、彼女から「産後はとにかくお母さんにワガママを言って甘えること。それが何よりの親孝行だから」というアドバイスを受けた。

甘えることが親孝行、その時はその意味が分からなかった。
孫の顔を見せることならまだしも、私が甘えることが親孝行になるの? 私自身が自立してることの方がよっぽど親孝行じゃない? と首を捻っていた。

だから産後もできる限りのことは自分でしようと考えていた。決して簡単ではないだろうけど、きっと楽しく子育てができると思っていたのだ。しかしその思いが崩れるのはあっという間で、産後ろくに睡眠が取れない日々で、あっさりとメンタルがやられてしまい、涙が止まらなくなった。

子育てを余裕だと甘く見ていた自分が情けなかったのだ。
そんな私を見て、母は「最初からうまくできるわけないんだから、落ち込まなくてもいいのに、バカねー」と笑い飛ばしてくれた。娘ができて、一気に「甘えられる」立場になった私は、本当は物凄く誰かに甘えたかったのだ。
こんな風に母の前で泣いたのはいつ以来だろう、というくらいわあわあと泣いた。


それをきっかけに私は張り詰めていた気持ちを解いて、母に何もかも任せようと決めた。
私がすべきことは娘の世話だけ、それ以外の家事や用事は何でも母にお願いしよう、きっとこれが、友人が言っていた「甘える」ということなのだと確信した。

そこからも決して順調な日々ではなく、一晩眠れないなどはザラにあったが、日中母が手伝ってくれる間に仮眠を取ったり、娘の世話もサポートしてもらったりで、少しずつ軌道に乗るようになった。母が関西に帰る日は心から淋しくなり、同時に今までそっけない態度を取っていた自分を反省した。

孫に会えて心底嬉しそうな母の顔、「○○ちゃんがお嫁に行くのを見届けたいから、長生きしなくっちゃ」と、本気なのか冗談なのか分からないことを言う。女性の平均寿命が86歳と聞くから、あと20年ちょっとはある。しかし1年に数回ペースかと思うと、私が、そして娘が、母と会える回数はあとどれくらいあるだろう。その1回1回を無駄にしたくないし、できるだけ楽しい思い出を多く作りたいと思うのだが、近頃は毎回消化不良でモヤモヤしてしまう。

こういう時、実家が近くて頻繁に子どもを預けたり、泊まったりする人はきっと上手に甘えてるんだろうなと羨ましくなる。もちろん頻繁に会うからこそのストレスもあるだろうし、実家が遠方でも甘え上手な人はいるだろう。私も分かっているのだ、実家の近さどうこうではなくて、自分の甘えるスキルや、うまく家族を巻き込む能力の問題だってこと。

娘といる時間が一番長いのが自分で、娘のことを一番分かっているのも自分、その自負や責任が思い込みとなって、自分を閉鎖的にさせているのかもしれない。誰より分かっているのは私なんだから余計な口出しをしないで、そんなこと言われなくても分かってる、と母はおろか、夫に対しても時折思ってしまうことがあり、その反発が言葉となり、態度に出る。


うーん、こういう子育て、したくなかったはずなんだけど、自分が進みたくない方向に行ってしまっている予感がする。これが激化すると、私自身も娘に対して過保護で過干渉な母親になってしまいそうな気がするのだ。

この間はキツい言い方してごめんね、と母に謝りたいけど、今さら蒸し返すのもなあと、ここ数日悶々としている。次会うときこそは優しく接するぞ、同じような失敗はしないぞ、と誓いを立てつつ、同時に母の過干渉をうまくスルーするコツを考えている。

とりあえず孫の顔を見たい、それが望みだと思うので、娘が何か新しいことに挑戦してる姿をうまくムービーにおさめて、メールで送ってやろうか。決定的瞬間が来ないかな、と娘の一挙一動を見張っている。

真貝 友香(しんがい ゆか)
ソフトウェア開発職、携帯向け音楽配信事業にて社内SEを経験した後、マーケティング業務に従事。高校生からOLまで女性をターゲットにしたリサーチをメインに調査・分析業務を行う。現在は夫・2012年12月生まれの娘と都内在住。

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