この世には怪しい「通路」がいくつも隠されている。「通路」の先は、遠く離れた場所だったり別な時間だったり、記憶の底もしくは夢の内部、あるいは戦慄の異界かもしれない。ジョー・ヒルはそのつながり(地形というか位相というか)を、鮮やかに描いてみせる。まず目を引くのは「通路」入口のさりげない奇妙さだ。たとえば、頭のネジが緩い清掃員ビングにとって、別な人生へつながる入口は一冊の扇情的な古雑誌だった。
ビングはパルプ雑誌の裏表紙の広告が大好きだった----ブリキの箱に詰まったおもちゃの兵士たちの広告(《ヴェルダンの戦いの昂奮を再現!》)、正真正銘の本物と銘打たれた第二次世界大戦時の軍装品の広告(《銃剣! ライフル銃! カスマスク!》)、女にモテまくるようになる秘策を伝授する本の広告(《女の子からいわせてみようぜ----愛してるって》)。観察用の蟻の飼育セットや金属探知機を買いたい一心で注文用の紙を切り取って、小銭や汚れたドル紙幣を送ることもままあった。
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パルプ雑誌は父親のコレクションで40年以上も前のものだから、広告を載せている企業の大半はすでになくなっている。しかし、ビングにそんな道理はわからない。とりわけ彼を魅了したのは〈クリスマスランド〉の広告だった。《毎日だって毎朝だって いつだってクリスマスの朝 そんなところの終身入場券 もし手にはいったら さあ、きみはなにをする?!》。ビングは広告の宛名に手紙を書き「〈クリスマスランド〉で雇ってほしい」と訴える。返事が待ち遠しくてならず夢うつつ(なかば幻覚を見ている状態)でいるところへ、1938年型のロールスロイス・レイスが迎えにくる。ナンバープレートは「NOS4A2」。乗っていた老人は連続児童誘拐犯チャーリー・マンクス。マンクスの姿を見たとき、ビングは彼が来ることが事前にわかっていたと感じる。
ドイツ怪奇映画の古典「ノスフェラトゥ」に因むナンバーをわざわざ選ぶ悪趣味からうかがえるとおりマンクスは芝居がかった人物で、ビングに向かって「わたしをだれだと思っている? まさかチャーリーが行ったチョコレート工場のウィリー・ウォンカ工場長だとでも?」とおどける。
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このあたり、ジョー・ヒルの堂々とした(というかヌケヌケとした)ところだ。映画監督ティム・バートンからインスパイアを受けたことを、作中であっさりと表明してしまう。実際、現代の吸血鬼マンクスの屈折したユーモアといい、〈クリスマスランド〉のオモチャめいた景観といい、そこで暮らす少年少女たちの異様さといい、バートン作品と重なるところが多い。
わが子を虐待する父親と、それを見過ごしてる母親から子どもを救うために〈クリスマスランド〉はある、とマンクスは主張する。子どもだけ連れてくると大騒ぎになるから、親は処分する。「悪い親」なのだからどんな酷い目に遭わせてもかまわない。一方、〈クリスマスランド〉で子どもはもう苦しむことはない。無邪気なままで、ちょっと変貌するだけだ。鋭い歯が何重にも生えてきて〈いちばん小さいものに噛みつこう〉ゲームに興じてすごす。
〈クリスマスランド〉はマンクスの内界----自分の思考と現実の世界を合体させた領域----だ。このような能力を持つ人間は彼だけではない。マサチューセッツ州に住む少女ヴィク・マックイーンは、自転車で〈近道橋〉を抜けることで探しものへとたどりつく能力を有する。彼女がこの物語のヒロインであり、八歳のときに自分の力に気づき、のちにマンクスやビングと死闘を繰り広げる。
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〈近道橋〉そのものは森林中の川にかかった屋根つき橋だが、ヴィクにとっては別領域への「通路」なのだ。彼女が渡ると橋の出口が別な場所に突如出現するので、それを目撃したひとは驚愕する。この即物的なスペクタクルも本書の面白さのひとつで、その重量をこともなげに扱うジョー・ヒルの力業はスティーヴン・キングを彷彿とさせる(ファンならばご存知のとおりヒルはキングの実子)。また、ヴィクを味方する女性司書マギーは、〈スクラブル〉によって出来事を予知する。文字遊びのコマが時間・因果を抜ける「通路」というわけだ。
ヴィクは少女時代にマンクスと対決し辛くもその魔手から逃れるが、その恐怖で重度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)にかかってしまう。それが彼女の成長後、家族の生活に翳りをもたらす。一歩間違えれば、ヴィク自身が「悪い親」になりかねない。一方、復讐に燃えたマンクスはヴィクの息子ウェインをさらい、〈クリスマスランド〉の住人にしようともくろむ。
「超自然な邪悪」対「家族の絆」でくっきり描かれるテーマ面、および「〈クリスマスランド〉能力」対「〈近道橋〉能力」というアクションが、この作品の大きな読みどころ。しかし、これらはいわば物語の上層であり、深部ではマンクスとヴィクそれぞれの内界が干渉/浸食しあっている。さらにはビング、マギー、ウェインの意識も深く関わってくる。冒頭で述べた「通路」は一本道ではなく、いくつもが交錯しているのだ。
(牧眞司)
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