直木賞候補作『私に似た人』が描き出す現代社会の闇

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2014年07月16日 18:11  BOOK STAND

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 ミステリー作家、貫井徳郎さんの『私に似た人』が、第151回直木賞にノミネートされました。貫井さんにとって、直木賞候補4度目となるこの小説。ワーキングプアや、若者の過労死、ネットの匿名性など、現代社会が抱える問題を、一大エンターテイメント・ミステリーに昇華した、意欲的な作品となっています。

 暴走トラックが、たまたまその場にいた何の罪もない市民を殺傷する......舞台は、そんな小規模の自爆テロが頻発する日本。連続するテロは、いつしか〈小口テロ〉と呼ばれるようになります。〈小口テロ〉の実行犯の共通点は、それぞれ、まじめに働いても報われないと社会に不満を持つ貧困層で、〈レジスタント〉と名乗っていること。それ以外、何の接点もないように思われた犯人たちですが、実はネット上の〈トベ〉という人物と接触を持っていたことがわかります。〈トベ〉が実行犯たちに託したのは、一人ひとりの自爆テロという抵抗が社会を変える最終手段なのだというメッセージでした。

 テロの実行犯、テロをけしかける〈トベ〉、実行犯に同情する者、憎む者...。本書は、テロに関わる10人の主人公たちが、それぞれの立場から、その背景を明らかにしていきます。語られるのは、自分の命と同時に他人を巻きこむ自爆テロに至ってしまった動機。弱者に冷たい社会を変えたいという義侠心の持っていきどころ。そして、最終的に明かされる連続テロの黒幕〈トベ〉の本当の目的とは?

 読後、10人のドラマに触れ、誰でも、ちょっとしたボタンの掛け違いで加害者にも、被害者にもなるうることを実感することでしょう。スリリングなストーリーを楽しみながらも、自分自身の社会の向き合い方を胸に問わずにはいられなくなる、そんな1冊です。



『私に似た人』
著者:貫井徳郎
出版社:朝日新聞出版
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