【今週はこれを読め! SF編】異端のショートショート。こんなの、自分ひとりで読みたくない。

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2014年08月19日 11:11  BOOK STAND

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『月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)』レイ・ヴクサヴィッチ 東京創元社

もしかして、このごろショートショートの面白さが見直されている? 新鋭・田丸雅智の『夢巻』(出版芸術社)がこの著者最初の単行本にもかかわらず版を重ね、星新一ショートショート・コンテスト出身のベテラン太田忠司も『星空博物館』(PHP文芸文庫)で健在ぶりを示し、同じくベテラン江坂遊(このひとは星新一が唯一の弟子と見込んだショートショート専業作家だ)は「ショートショート創作技術塾・星派道場」の活動をつづけ、後進の育成に取りくんでいる。田丸も江坂のお弟子さんだ。1960〜70年代は企業のPR誌がショートショートの主要舞台だったが、現在はWebが発表の場として機能しはじめている。代表的なものとして、日本SF作家クラブが運営する〈SF Prologue Wave〉があるが、ネットの可能性を考えると今後もいろいろな仕掛けが期待できるだろう。


 ショートショートは手軽に読めるので、そこから小説を読む楽しさを知った読者も多い。そうした間口の広さがある一方で、短さゆえに瞬発力でエキセントリックな小説も書けてしまう。よく「新鮮なアイデア」「完全なプロット」「意外な結末」がショートショートの3条件と言われるが、これはいわば楷書体であって、実際のスタイルはさまざまだ。ときに読者がたじろぐ異端のショートショートもある。


 レイ・ヴクサヴィッチもそんな作品の書き手だ。『月の部屋で会いましょう』は彼の第一作品集で、33篇を収録している。ユニークな作風だから、コレは凄いと仰天する作品もあれば、コレはナンなのと首を捻る作品もある。読むひとによって相性が違うだろう。ぼくは「ケッサク!」「ほうほうオモシロイ」「うーんワカンナイ?」が3分の1ずつってかんじでした。割合としては悪くないね。


「僕らが天王星に着くころ」は、皮膚が宇宙服化する病に罹ったモリーの物語。足のほうから症状がゆっくり進行し、全身を覆うと宇宙へ飛びたってしまう。治療法がない流行病なので、恋人のジャックも遠からず同じ事態になるはずだが、問題は飛びたつ時期が違うことだ。地球の自転とか公転とかのタイミングで、同じところへ行くことができない。麗しいラヴ・ストーリーとも読めなくはないが、成りゆきのぐだぐだ感といい、シーンごとの視覚的な残念感といい、もう笑うしかない。ちょっと引きつった笑いだけど。


「床屋(バーバー)のテーマ」も失笑系だが、それは最初だけで、途中からアクセルが上がってワケがわからなくなる。理容師ブレンダの憂鬱。それはダーコヴィッチじいさんの髪を扱わなければならないことだった。髪だけでなく、鼻毛まで切ってやらねばならない。ツンとくる体臭、髪の下に潜む得体のしれぬもの。ブレンダは櫛と鋏だけを頼りに、枝や蔓が絡まるジャングルに分けいっていく。比喩ではなく、そこはほんとうのジャンルなのだ。サルが逃げまわり、小鳥の群れが舞いあがり、古ぼけた皮のような大地には干上がった川や溝が走っている。しわくちゃのシロアリ塚、ずたすたの爆発跡もあちこちにある。ブレンダはこの魔境を抜け、恋人ユーリーと再会できるのだろうか......。って、ユーリーって誰だよ? ヴクサヴィッチの筆の強引な勢いが読者を引きずりまわす。いや、ここまでやられると、いっそ痛快。


「家庭療法」もギアが壊れるほど回転数がアガっていく話だが、それよりなにより題材がヤバすぎる。たいがい無神経なぼくだが、さすがにこれを明かすわけにはいかない。筒井康隆「最高級有機質肥料」がほのぼの思えるほど、キモチ悪いです。でも、グロさを別にすれば、こういう感じってあるよねと思いあたったりする。ほら、カユくてカユくてムキーってカサブタを剥がしてしまうときがあるでしょ。あれを一万倍強烈にした感覚っていうか。まあ、読んでみてください。きっとノタうつよ。
(牧眞司)




『月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)』
著者:レイ・ヴクサヴィッチ
出版社:東京創元社
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