【今週はこれを読め! SF編】科学技術の説明すら物語のアクセルとなる、月村了衛の筆さばきに驚嘆

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2015年01月27日 11:12  BOOK STAND

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『機龍警察 火宅 (ハヤカワ・ミステリワールド)』月村 了衛 早川書房
《機龍警察》シリーズはこれまでに長篇4作が発表され、SF読者からもミステリ読者からも高い評価を獲得している。第2作『機龍警察 自爆条項』は日本SF大賞を受賞。また、この第2作以降、第3作『機龍警察 暗黒市場』、第4作『機龍警察 未亡旅団』と、いずれも『このミステリーがすごい!』のベスト10以内にランクされている。ジャンル小説という枠を越えエンターテインメント一般として注目されるシリーズでもあり、第3作は吉川英治文学新人賞を獲得している。

 本書『機龍警察 火宅』は、この人気シリーズ初めての短篇集だ。8篇を収録している。

 このシリーズを読んだことがない読者のために、まず設定を説明しておこう。近未来の日本、凶悪犯罪やテロの顕在化に対し新設された警視庁特捜部は、次世代機甲兵装「龍機兵(ドラグーン)」を導入し、卓越した技能・判断力を備えた3人の搭乗員と契約する。百戦錬磨の傭兵である姿俊之、ロシア警察を追われたユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフ、北アイルランドのテロ組織を裏切った「死神」ライザ・ラードナー。キナ臭い経歴を持つ外部の人間を引き入れることに警察内部からの反発は大きく、また通常の組織系統から外れていることもあって、特捜部は白眼視される。

 3人の搭乗員それぞれに個性と実力が際立っているが、物語の陰影が鮮やかなのは彼ら以外の特捜課のメンバー(トップの沖津旬一郎部長、捜査班主任の由起谷志郎、技術班主任の鈴石緑、など)も同等の存在感で描かれているゆえだ。月村了衛が優れているのは、小説展開的に都合よく人物を配備しているのではなく、かといってキャラクター造型のためのキャラクター造型でもなく、立体的な人物像が物語のダイナミックスへ結びつくところだ。小説の運びに停滞がない。

 これまでの4長篇がしっかり作られているからこそ、この短篇集の各篇を読むとき、設定や人物背景をいちいちおさらいをせずにすむ。印象が自然と甦るよう、読者の記憶に働く"信管"が作中にさりげなく仕掛けられている。これまでこのシリーズにつきあってきた読者なら、前作から間が空いても心配無用。逆に、既刊を未読のかたは、第1作から順番にたどったほうがいい。面白さが数倍増しになります。

 本書収録作品は趣向がさまざまだ。たとえば、元テロリストのライザが特捜部と契約する直前のエピソード「済度」は、ハードボイルドの味が鮮烈。情緒性を微量にすることで、かえって香気をひきたたせている。テロ集団のお尋ね者として虚無的に生きているライザが、ベネズエラで麻薬取引のトラブルに関わりあう。彼女にとっては路傍の雑草を抜くほどのつまらない、しかも自分の身にはなんの利にもならない事件だが、わざわざ足を止めてしまう。そのわずかな心情のゆらぎを余計な説明抜きに捉えている。

 過去の経緯という点では「沙弥」も興味深い。ふだんは感情を押し殺して行動する由起谷警部補のすさんだ青年時代が描かれる。特捜課は警察組織のなかの異端だが、その立場をこともなげに引き受ける由起谷の原点を示すエピソードだ。これと対照的なのが、やはり由起谷が主役とした「火宅」で、彼に刑事としての心得を教えてくれた元上司(いまは病床にあって最期が近い)の生きざまに迫る。由起谷は怜悧な観察と洞察で未解決事件の謎をあばくが、それはもはや解決と呼べるものではなく、ひた隠しにされていた修羅との直面だった。

 この書評は「SF編」なので、そちらの側面についての評価も忘れてはいけない。巻末の「化生」は初出時(大森望編『NOVA+ バベル』河出文庫)にコメントしたように[http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2014/10/21/104855.html]、量子コンピュータ実現の要となる新素材がらみの事件を扱い、これまでの《機龍警察》では伏せられていたテクノロジカルな謎の一端にふれる。「龍機兵」の中枢ユニットはブラックボックスであり原理も由来もわからない。おそらく、それはシリーズ後続作品でより大きな構図をもって扱われるのだろう。

「化生」もそうだったし、同じく本書収録の「焼相」もそうなのだが、作中に科学技術的な説明がそれなりのボリュームを占めている。しかし、それが物語を停滞しない。むしろ物語の勢いに寄与している。これはちょっと驚きだ。この書きかたは、いわゆるハードSFの叙述スタイルとは異なる。ぼくはSFのなかで設定の合理的辻褄だとか、小道具の動作説明などが出てくると途端にウンザリするほうなのだが、《機龍警察》のテクノロジー描写はイメージを広げ、その先を知りたい気持ちを刺激する。

「焼相」は、子どもたちを人質にして児童教育センターに立てこもった、武器密売組織の残党に対するオペレーションだ。犯人たちは機甲兵装を備え爆薬を所持し、人質の命も道具にしか思っていない。一瞬で倒さなければ大惨劇となってしまう。特捜部は、ライザの「龍機兵」の特別オプション(指向性エネルギー兵器)を選択する。その装備のリアリティもさることながら、秒刻みで遂行される計画に息を呑む。

(牧眞司)


『機龍警察 火宅 (ハヤカワ・ミステリワールド)』
著者:月村 了衛
出版社:早川書房
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