安倍政権とアメリカ政治の「ねじれ」に危険性はあるか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2015年01月29日 14:21  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 日本国内での一般的な印象とは異なって、アメリカの左右の対立軸から見ると、安倍政権の政策はハッキリと「リベラル」に属します。


 まず、経済政策上の「アベノミクス」ですが、これはアメリカでは完全に「リベラル政策」になります。自国通貨の価値を下げることをおそれずに流動性を供給してデフレを抑止しようとすること、国土インフラなどの公共投資を積極的に行うこと、こうした姿勢はオバマ政権が2009年に発足して以来、一貫して強く進めてきた政策とピッタリ一致します。


 つまりアベノミクスの「第一の矢」も「第二の矢」もアメリカでは「左派」の政策なのです。野党の共和党は、このいずれの政策にも強く反対してきています。


 では「第三の矢」である規制緩和はどうかというと、この点に関しては確かにアメリカの民主党は規制強化の立場で、共和党が規制反対の立場です。ですが、現在の日本に残る「諸規制」の多くはアメリカのリベラルにも理解できない「極端なもの」ですから、この「第三の矢」もアメリカのリベラルからは全く違和感はないばかりか、日本経済の成長率改善のためには「早く進めて欲しい」という立場です。


 一方で、現在問題になっている「テロとの戦い」に関してはどうでしょう?


 この点については、「共和党の軍事タカ派」の方が熱心であるように見えます。少なくとも、オバマの民主党は「イラク戦争への疑問」という世論を背景に政権交代を実現したわけですし、そのオバマ政権は昨年末にCIAによる拷問行為を暴露した膨大な報告書を公開しました。報告書はネットで公開されているばかりか、全国の書店に積み上げられて販売されています。


 これに対して、ディック・チェイニー前副大統領は、そのような「不必要な情報公開、不必要な反省」はアメリカの安全を損なうとして猛反発。また、今回、安倍首相が中東を訪問した際に会談をしたジョン・マケイン議員なども、この「軍事タカ派」に数えられるでしょう。マケイン議員は、シリアへの介入を早期から強く主張した人物に他なりません。


 ですが、実はこうした「軍事タカ派」というのは、現在の共和党では旧世代に属します。例えばリバタリアン(政府の極小化)に属するランド・ポール議員(上院、ケンタッキー選出)などは、「アメリカとは無関係な局所的な紛争への介入には反対」という立場であり、ISILへの空爆に関しても決定のプロセスに異議を唱えているのです。


 共和党では、ジェブ・ブッシュ、ミット・ロムニーに加えて、ニュージャージー州のクリス・クリスティ知事も2016年の大統領選へ向けて出馬準備に入っていますが、こうした顔ぶれへの期待感も基本的には「内政重視」という観点が中心です。「強いアメリカの復活」などという「カネがかかる一方で世界から嫌われる」政策を期待する意見は、特に若い共和党支持者の間では少ないのです。


 では、現在のアメリカの対外政策を進めている民主党の方はどうでしょうか?


 例えば、オバマ大統領であるとか、その周辺にいる外交の専門家たち、つまりスーザン・ライス補佐官とか、サマンサ・パワー国連大使といった顔ぶれ、あるいは大統領選への期待論が高まるヒラリー・クリントンはどうかというと、こうした人びとは「被抑圧者の人権」ということを極めて重視する人びとです。


 例えば、シリアの反体制派の中で難民化している人々をどう救うか、あるいはISILの迫害を直接受けているイラク領内のヤジーディー教徒を、どうやって救出するかという問題には、そのこと自体に大きな関心があるのです。


 一方で、オバマ政権は隠密的な軍事作戦には積極的です。パキスタンの主権を侵害してまで「オサマ・ビンラディン殺し」を超法規的に遂行したのが良い例ですし、国際法上のグレーゾーンを突いた格好のドローンの使用は、オバマの時代になってエスカレートしています。


 それ以前の問題として、オバマ大統領という人は、自分がノーベル平和賞を受賞した直後に、アフガニスタン戦線における「増派(サージ)」を決断するなど、軍事的な行動に関しては果断な決断をする人物でもあるのです。


 では、オバマはブッシュと同じかというと、その行動の背景にある思想は全く違います。ブッシュの場合は、あくまでアメリカの「一国主義」が基本になっています。あくまでアメリカが最優先なのです。ですが、オバマの目標は、国際協調主義による「人道支援」であり「人権の確保」です。そのためには軍事作戦を厭わない、それがオバマの政策です。


 そう考えると、安倍首相の主張する「積極的平和主義」というのは、アメリカから見ると、右派の「一国主義的な反テロ戦争」というよりも、オバマ政権とその周辺の「リベラル」に近いことになります。経済政策同様に、軍事外交政策においても、安倍政権の政策は「アメリカの左派との親和性」があると言えるのです。


 ですが、これは明らかな「ねじれ」です。というのは、アメリカのリベラル派は、安倍政権の政策は歓迎していますが、その歴史認識については、サンフランシスコ体制への根本的な反逆を秘めているのではないかという疑念を抱いているからです。


 その「ねじれ」を抱えたままだと、安倍政権の対米政策は「疑われる分だけ、疑いを晴らすためにアメリカとの協調にのめり込む」という力学、そして「対外的なタテマエと、国内向けのホンネ」の分裂により内外から不信を買うことによって不安定になる危険があります。


 その意味で、今回のISILをめぐる危機と、戦後70年をめぐる「談話」の問題は密接に関わっている、つまり日米関係のオモテとウラの関係がそこにはあると言えるでしょう。




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