我々は「後藤健二」が残した足跡の上を歩いている

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2015年02月04日 11:40  FUTURUS

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FUTURUS(フトゥールス)

日本でも“イノベーション”という言葉が叫ばれて久しいが、日本人はつい先ごろイノベーションのキーマンともいうべき人物の死を目の当たりにした。

彼の名は、後藤健二。フリージャーナリストである。

後藤氏がシリアでISISに拘束されてから無残に処刑されるまでの間、日本国内では残念ながら“自己責任”という単語が飛び交った。曰く、「なぜそのような危険な所へ金儲けのために行くんだ」、「情報などインターネットでいくらでも得られる。日本人がわざわざ現地に行く必要などない」。

パイオニアの功績は忘れ去られるというが、後藤氏に非難の声を浴びせた大衆はやはりわかっていないのだ。実は後藤氏は、かつて日本にある重大な問題提起をし、それを我々日本人の心に焼き付けたという事実を。

“給料3ヶ月分”のダイヤの裏側

「婚約指輪は給料の3ヶ月分」。かつてこんなキャッチコピーを打ち出していた宝石会社があった。

一生懸命働いて得た稼ぎを愛する人のために、という意味のこのキャッチコピーは日本人の心を掴んだ。給料の3ヶ月分を本当に工面するとしたら、相当な労力が必要だ。その労力の結晶がダイヤモンドの指輪であり、自分と一生涯を添い遂げる女性の指で永遠に光り輝いてほしい……というロマンチックな夢を皆が抱いていた時代が、日本にもあったのだ。

だが、そのダイヤモンドの出所について考えていた日本人がどれだけいただろうか? 幸せな恋愛を全うした女性が身に付けているそのダイヤは、一体どこの誰が掘り出したのだろう?

そんな天邪鬼とも思えることを考え、しかもそれを調査したのが後藤健二という男である。

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ダイヤモンドの一大生産地であるアフリカ大陸西部から南部にかけての地域は、最近まで紛争が絶えなかった地域だ。いや、現在でもいつ大規模な内戦が勃発するのか、誰にもわからない状況である。

そんな不安定な地域の中にある小国シエラレオネは、それでもダイヤモンド鉱山を持つ希少価値の高い国として知られていた。

国土面積こそ小さい国だが、天然資源に恵まれている。それを活かせば経済成長など簡単にできる、と誰しもが考えていた。

ところが、現実は過酷だった。シエラレオネ国内に乱立した軍閥やゲリラ組織、そして隣国リベリアからもダイヤモンド鉱山を巡り、攻撃を受ける羽目になってしまったのだ。

鉱山を確保すれば軍資金に困ることはない、という安直な発想のゲリラ司令官がアフリカにはあまりに多過ぎる。彼らに国づくりの基礎となる教育に金をかけようという発想はない。

ゲリラ組織は子どもを利用した。中古のカラシニコフ自動小銃とRPG-7を小さい身体に抱えさせ、彼らを最前線に送り込んだ。当然、国は荒廃する。だがそれでもいいのだ。ダイヤモンド鉱山さえあれば、金はいくらでも……。

“血まみれダイヤ”を紹介した人物

ダイヤモンドの生産地で行われるこのような惨状を、いち早く日本に伝えたのは誰だろうか?

他でもない、後藤健二である。

彼が2005年に出版した『ダイヤモンドより平和がほしい』は、児童書でありながら一般層にも衝撃を与えた。それまでにも紛争ダイヤモンドに関する情報がなかったわけではないが、そのことについて万人にわかりやすく、かつ生々しく書いた文献はなかったからだ。

そしてそれからすぐに、紛争を呼び起こしている資源がダイヤだけでないということが日本でも知れ渡る。

石油は予想の範囲内にしても、まさかチョコレートの原料のカカオやモバイル機器のバッテリーを作るのに欠かせないコルタンが少年兵を生み出しているということまで、ほとんどの日本人は考えも及ばなかった。

繰り返すが、それらの情報は以前からあった。それに対する気づきを、後藤氏は与えたのだ。これをイノベーションといわずして何と表現するべきか。

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先述の書籍が出版されて以降、日本でも“フェアトレード”という単語を耳にする機会が増えた。給料3ヶ月分の値段で買うこの商品は果たしてどのような経緯をたどっているのだろう、という意識が少しではあるが、確実に日本人の習慣として定着している。

カラシニコフ銃でむしり取ったものではない、健全な生産過程が確認された商品はそれ自体がブランド価値を持つようになった。“紛争ダイヤモンドの排除”が、新しいビジネスを誕生させたのだ。

我々は後藤健二が残した足跡の上を歩いているのである。

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