はしかの流行が暴露したアメリカの予防接種の実態 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2015年02月04日 16:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 2007年の日本での「麻疹(はしか)」の流行に際しては、日本の子供たちへの麻疹予防接種の接種率低下が大きな問題になりました。低下の原因は、予防接種による副反応が過剰にメディアで取り上げられる中で、厚生労働省が一斉接種を一時期断念させられていたことにあります。


 流行が深刻になるにつれて、こうした経緯がようやく反省され、高校生への追加接種を含む対策が実施されるようになりました。日本での流行はまだ続いていますが、現在では散発的で小規模なものとなっています。


 その当時、例えば日本からアメリカの少年スポーツ大会に遠征したチームの中に麻疹の感染者がいたために、アメリカでの感染を広めたとして一部で問題になる事態も起こりました。


 この頃のアメリカでは、MMRという麻疹を含む三種混合ワクチンの接種は強制的に行われており、麻疹に関しては事実上の収束状態にあるとされていたのです。ですから、余計に日本での流行という現象はアメリカをはじめとした国際的な批判を受けることになりました。


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 ですが、そのアメリカで昨年から急速に麻疹が流行しています。アメリカの中央官庁であるCDC(米疾病予防管理センター)の最新の発表によれば、13年までのアメリカにおける麻疹の感染者数は「年間100人以内」で推移していたものが、14年には急速に拡大して「年間644人」というハイペースになっています。


 特に昨年12月には、テーマパークの集団感染が発生したカリフォルニアで50人の感染が確認されています。更に年が明けて今年になると、1月の1カ月で「感染数が105人」と感染が加速し、一気に社会問題化しました。


 現在のところ、CDCの発表によれば、直接の要因は「海外から感染した旅行者が継続的に流入」していることであり、この流れは「ゼロにはできない」一方で、「国内においてワクチン未接種の人口が増えていることが流行拡大の原因」だという問題提起をしています。


 というのは、07年に日本での流行が問題視された際には、アメリカでのMMRの接種率はほぼ100%であるという前提で議論がされていたわけですが、実際の接種率は低下してきていることが調査の結果として判明したからです。


 どうして未接種者が増加しているのかというと、州によっては「保護者の判断で接種を拒否できる」からです。では、どうして接種拒否が出てくるのかというと、日本と全く同じ理由です。要するに「副反応が怖い」という理由です。


 特に欧米の場合ですと、イギリス発の「MMR接種を行うと自閉症になる確率が高くなる」という根拠のない風評が一時期かなり広まったことがあり、その影響もあるようです。また、女子対象の「子宮頸ガン予防(HPV)ワクチン」接種を各州が進めることに対して、アメリカの保守派の間に反発があり、その反発とまとめてMMRについても「保護者の任意」にすべきだという政治運動になっていることもあるのです。


 この問題では、ニュージャージー州のクリス・クリスティ知事がこの「保護者による予防接種の拒否権」を認める発言をして「物議を醸して」います。クリスティ知事は、2016年の大統領選に意欲を見せており、既に「PAC(政治活動委員会)」を立ち上げているのですが、「国際問題には全くの素人」という「弱点」を補うために1月の末にイギリスを訪問してキャメロン首相とも会談しているのです。


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 ところが、訪問先のケンブリッジでの記者会見で強調したのは「予防接種の任意性確保」という主張でした。要するにHPVにしても、MMRにしても強制接種はダメだというのです。


 この発言には、ある種「政治的な必然性」があることが指摘できます。クリスティ知事は、小さな政府論など「コストカット」に関しては良くも悪くも実績があるのですが、共和党の候補として指名を獲得するための「社会価値観」では大きなハンデを背負っているのです。というのは、このニュージャージーは「リベラル州」であり、その州政を担う中で、クリスティ知事は「銃規制と妊娠中絶は容認」という立場に立っているからです。


 知事自身は「州の特性に合わせているだけ」で自分はそんなにリベラルではないと強弁しているのですが、共和党内からは「アイツは真性保守ではない」という烙印を押された存在になってしまっています。そのハンデを何とか克服するために、「予防接種の拒否権ぐらいは主張する」ことで「辛うじて保守の魂があることを証明したい」のだと思います。


 ですが、タイミングは最悪でした。麻疹の流行が社会問題化する中で、このクリスティ発言はメディアの「格好の餌食」にされた格好です。CNNの医療評論家であるサンディ・グプタ医師などは、早速このクリスティ発言に対して噛みついています。


 民主党のヒラリー・クリントンなどは「地球は丸いし、空は青い。ワクチンは有効で、我々は全ての子どもを守らなくてはならない」として、共和党側の「任意接種」を強く批判しています。この辺りの左右対立は、国民皆保険論争にも重なってきています。


 CDCも声明を出して、接種の徹底を呼びかけています。例えばミシシッピ州などは、「医師の診断による接種不適事例」以外の接種拒否を認めていないために、摂取率は99.7%だそうですが、同州では今のところ罹患事例は出ていないということです。


 要するに、アメリカのMMR摂取率100%というのは神話に過ぎなかったのです。07年当時も、アメリカで感染が起きたというのは、アメリカでのワクチン接種が徹底していなかったことの証明でもあるわけです。ということは、当時は日本ばかりを悪者にしたことで、アメリカ自身の問題を直視するのが遅れることになったとも言えます。




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