子どもの未来を食らう魔女 「負のイノベーション」と対峙する

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2015年02月12日 11:40  FUTURUS

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FUTURUS(フトゥールス)

イノベーションの具現化が、必ずしも人類に好影響ばかりを与えるとは限らない。むしろ自らが生み出した新しい仕組みのせいで、死を迎えるその時まで良心を締め付けられていた人物も存在する。

彼は平和な国に生まれていれば、詩人か農業機械の技術者としてさほど派手ではない人生を送っていたはずだ。だが戦乱の時代に蘇った悪魔の息吹が、彼の天性の才能と仲間想いの性格に巣食ってしまったのだ。そこから生まれた魔女は、人類に殺戮の道具を手渡した。

“紛争地帯のクレジットカード”こと『AK47』。驚異的な耐久性、部品点数の少なさから世界中のゲリラ兵に愛され、そして町や共同体、国家をも破壊し続けている「現代の黒死病」。

人類はこの“負のイノベーション”に、正面から立ち向かわなければならないのだ。

とある軍曹のイノベーション

「畜生、魔女のバアさんの呪いか!」

もうすぐ22歳になるソ連軍軍曹が、そう悪態を吐いた。

1941年10月、ドイツとソビエトの装甲師団が激闘を繰り広げる東部戦線。機関銃と75ミリ砲のシンフォニーが平原を支配し、死を呼ぶカチューシャの唸り声がそれに花を添える。

「戦え! さもなくばシベリア送りだぞ!」

督戦を担当する政治指導員の怒号は、その数秒後に榴弾の爆発音で吹き飛ばされた。この時点ですでに幾万の兵士たちが泥濘の中で肉片と化し、その脇で破壊されたT34戦車の主砲が黒煙立ち込める空を眺めている。

軍曹の目の前にあるのは、銃痕だらけのトラック。その荷台の中には戦友たちの死体が折り重なっている。たまたま哨戒任務を言い渡されたためにトラックを離れていた軍曹は、それが故に苦楽を分かち合った仲間の惨状を見てしまったのだ。 戦友たちは、ドイツ兵の持つ短機関銃で射殺されていた。近距離戦闘では単射式のモシンナガン小銃など、まるで役立たずだった。

この瞬間、軍曹は決心した。戦友の無念を晴らすため、世界一の連射式小銃を設計しようと。

軍曹の名は、ミハイル・カラシニコフ。貧農家庭出身でありながら、機械製作に関しては天才的な腕前を発揮することで有名な戦車下士官だった。

すでに負傷していたカラシニコフは病院に後送されるが、彼はベッドの上で休もうなどとは微塵も考えなかった。

「看護婦さん、悪いけれどペンと紙を貸してくれないか。僕はこれから、大事な仕事をしなくちゃいけないんだ」

何とカラシニコフは病棟の中で、新型小銃を開発してしまったのだ。そしてそれを兵器局に持ち込み、審査を仰いだ。結果は不採用だったが、その熱意が銃設計の第一人者フョードル・トカレフの目に留まり、カラシニコフは小銃開発セクションのメンバーとして迎え入れられたのだ。

新しい小銃

トゥーラ造兵廠の技術要員となったカラシニコフは、天性の機械設計センスと戦場での苦悩を材料に革新的なアイデアを生み出す。

文盲の兵士でも使用できる、すなわちマニュアルなど必要としない銃を作ろう。

大戦当時のソ連軍兵士は文字の読み書きはおろか、共通言語であるはずのロシア語すら話せない者も多くいた。にもかかわらず銃というのは、早い話が機械である。機械は多少なりとも複雑な作りのものだ。それを使いこなすにはマニュアルがいる。

兵士にマニュアルを読ませることなど不可能だ。その事情を骨の髄まで知っているカラシニコフは、小銃の構造を単純化するというアイデアを打ち出した。

部品を極力ユニット化し、総数を少なくする。そうすれば機械特有の複雑さから起こるトラブルもなくなるはずだ。故障もなく、分解結合が簡単な銃ならばマニュアルを作る必要はない。世界兵器史上、こんなことを考えたのはカラシニコフが初めてである。

そうして完成した連射式小銃は、のちにソビエト当局から『AK47』という名称が与えられた。

魔女に支配された子どもたち

『AK47』は、広大なソビエト領各地で驚異的な活躍を見せた。

何しろこの小銃はどんな人間でも分解結合ができ、いかなる気候区分の戦場においても動作不良を滅多に起こさない。まったく新しい銃の登場に現場の兵士は驚き、そして信頼を寄せた。

『AK47』は戦場の女神、そして兵士たちの最愛の恋人となった。

カラシニコフの小銃の驚異的な使い勝手は、西側諸国も注目した。カラシニコフよりも10年ほど後にM16小銃を設計したユージン・ストーナーは、後年本人に対して「君はベトナムで私に勝った」と言葉を残した。

だが、『AK47』は女神ではなく、魔女だったのだ。

文字の読み書きができない者でも扱えるということは、それが小学生であっても構わないということだ。世界中に輸出された『AK47』は、いつしか地域紛争のシンボルと化していく。

『AK47』は、今までの戦争史では“弱者”とされてきた子どもたちを“戦士”にしてしまったのだ。日本ならばランドセルを背負っている年頃の少年に、たった数日の訓練で分解結合と射撃を覚えさせ、逐次最前線へ送り込むということが可能になった。

この悲劇が、晩年のカラシニコフの心に深く焼き付いた。彼はロシア正教会のキリル総主教に懺悔までしている。「私の銃が、世界の子どもたちの未来を奪っている。私に神の許しはあるのだろうか」と。

東部戦線で仲間を死なせてしまった後悔よりもさらに重い十字架を抱えながら、ミハイル・カラシニコフは2013年の年の瀬にこの世を去った。

魔女の弱点

彼のイノベーションが生み出した魔女は、今も地獄の大鍋を炊き続けている。

我々人類は、魔女に打ち勝つための新たな一手を創造する必要に迫られている。ではその一手がすでにあるのかといえば、残念ながらまだない。

だが、その方法論だけは確立している。

世界では今、国連機関や各NPO法人などがDDR(Disarmament, Demobilisation ,Reintegration)というプログラムを紛争当事国で実施している。これは端的に言えば、ゲリラ兵の武装解除と彼らへの職能訓練を一元化するというものである。「文盲のゲリラ兵に基礎教育を施せば、銃は必要なくなる」というのがDDRの趣旨だ。

この発想は、よく考えればカラシニコフが東部戦線でひらめいたそれとほぼ一緒である。彼は「文盲の兵士でも扱える銃を」ということを常に考えた。ならば、兵士に教育を施してしまえばいい。読み書きすらできなかったゲリラ兵が本を読むようになり、物事を考えるための視野が広がれば二度と銃を取らなくなるはずだ。

魔女の弱点は、すでに発見されているのである。そしてこの魔女が、決して不死身ではないということも。子どもたちの手から『AK47』が消え去る日、それはとある一人の老人の魂が救われる日でもあるのだ。

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  • 普通に無理ダロ。どんな理想も「力」無しには通用しない。「力」を得るには「銭」がいる。銭で買える力がある以上、買い手は存在し続け、売り手も存在し続ける。理想は理想に過ぎず、争いは絶えない。
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