医療の分野において、ピンポイントで狙った部位にだけ薬剤を投与する技術の開発というのは、ひとつの大きなテーマであるようだ。薬剤が広く拡散してしまっては、効かせたい部位への効果が弱まってしまうし、患部以外の場所への副作用も問題になるからだ。
当サイトでもこれまでいくつかこの分野の新技術の開発を紹介してきたが、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームが、また新たな技術を発表した。それはジェルを使うというものだ。
形を変えやすいジェル
ジェルを使うメリットは、様々な形に成形できること、そして一定期間にわたって薬剤を放出するようにできることだ。
一方でデメリットもある。いままでのところ、外科手術によって埋め込むしか方法がないという点だ。というのは、従来のジェルはソフトコンタクトレンズに使われるようなもので、耐久性は高かったが、いちど成形すると形を変えることは困難だったからだ。
しかし、MITの研究者たちは、一度に2種類までの薬剤を運ぶことが可能で、注射器で注射することができ、自己修復機能を持つ新しいタイプのジェルを開発した。これはがんや黄斑変性や心臓病などの治療に特に効果が期待されるという。
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このジェルは圧迫すれば形を変えるのですが、解放してやれば自らもとに戻ることができるのです。だから外科手術なしに、注射針を通して体内に投与することが可能なのです。
と、この研究のリーダーのひとりMark Tibbitt氏はいう。
自己修復するジェルは、以前にも別の研究者たちが工学的タンパク質を使って作り出したことはあったが、それは非常に複雑な生化学の工程を必要とするものだった。MITの研究チームは、より簡単に作れるものを目指していた。そして、これができあがったという。
ジェルならば狙った場所にとどまってくれる
MITの研究チームが活用したのは、すでに十分使われている素材だ。ひとつはPEG-PLAコポリマーを使ったナノ粒子。そして、そのナノ粒子をポリマー(ここではセルロース)と混ぜてジェル状にした。
それぞれのポリマー鎖は、弱い接着力で多くのナノ粒子を結合している緩い格子状になっている。そのため力を加えると容易に離れる。したがって注射器を通して投与することが可能だ。しかし、力がかからなくなると、ポリマーとナノ粒子はまた別の相手と結合し、ジェル状に自己修復するというわけだ。
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また、PEG-PLAナノ粒子は中に核を持っていて、水と親和性の低い薬剤を運ぶのに適している。そしてポリマーは親水性の薬剤を運搬するのに適している。そのため、この新しいジェルは2種類の別の特性を持つ薬剤の投与に使えるのだ。
このタイプのジェルは、特に液体の薬剤を投与するのに適している。薬剤がすぐに体中に拡散してしまうことはなく、注射されたジェルは狙った部位にとどまり、2種類の構造によって、異なるペースで薬剤を放出することができる。そしてそのペースもまた調整可能だ。
研究者達は、このジェルはまず黄斑変性の血管新生阻害剤の投与に役立つことを期待している。現在その投与のためには月に1回のペースで目に注射をしないといけないが、このジェルを使えば数ヶ月に1回のペースに減らすことができると予想される。
そのほかにも、心臓病後の心臓細胞の修復や、外科手術後の抗がん剤の投与などに活用されるだろう。
現在、医療の分野においては、ナノ技術が薬剤の新しい投与方法の開発に大きく貢献しているようだ。
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近い将来、副作用のあまりない強力な薬の投与が可能になったり、慢性的な病気の薬を投与する回数を減らすなどして、患者の負担を減らせそうだ。