気候変動問題のカギを握る「悪名高き」巨大企業は生まれ変わるのか

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2015年03月04日 17:30  FUTURUS

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FUTURUS(フトゥールス)

2014年9月23日ニューヨーク国連本部。各国首脳をはじめ、グローバル企業や著名NGOの代表者が一堂に会した国連気候サミットの場において、『森林に関するニューヨーク宣言』が署名・宣言された。

これは、自然林消失に対しこれまで以上に厳しい制約を課し、世界的な森林回復に向け、新興国・先進国を問わず歩調を合わせようという、これまでにない大胆な取り組みだ。今年12月にパリで開催される国連気候変動会議(COP21)での共同議定書策定に向けて、重要な一歩といえる。

その署名の場に、世界の製紙業界から唯一参加した人物がいた。インドネシアに拠点を置く世界最大の総合製紙企業アジア・パルプ・アンド・ペーパー(APP)会長のテグー・ガンダ・ウィジャヤ氏だ。

同業者たちが参加を見合わせた、企業としては自らの首を絞めかねないこの場に、なぜAPP会長がいたのだろうか。

APPが抱えた問題

APPはインドネシア屈指の財閥シナルマス・グループ(Sinar Mas)の中核企業だ。同グループは1960年代の創業以来、製紙業、並びに食品加工業を中心にインドネシアを代表する企業群へと成長した。

インドネシア国内に豊富にある森林を伐採し、紙を作り、伐採跡地には石鹸やパーム油の原料生産のためアブラヤシ・プランテーションを造営。世界的需要が爆発する80年代には一気に事業規模を拡大し、世界中にその製品は輸出された。

日本も関わりは深く、日本で使用されるコピー用紙の4枚に1枚は同社の製品だという。また、スナック菓子の原材料として、マーガリンや食用油でも大きなシェアをもつ。

だが、その事業拡大のなかで行われてきた大規模な自然環境破壊は非常に深刻な問題を生んだ。過去30年間にわたり、毎時東京ドーム約1.8個分を伐採するという恐ろしいスピードと規模で森林を破壊し、ついにはインドネシアの自然林は30年前の半分にまで減少してしまう。

また、熱帯雨林が形成される土壌の特質である泥炭には、多くの二酸化炭素が含まれている。木を伐採しアブラヤシを植えるためには、この泥炭層から水を抜き、表面を乾燥させなければいけない。そのために大規模な焼き畑が行われ、泥炭内の二酸化炭素は大量に放出される。

この泥炭からの排出量を含めると、インドネシアは中国、アメリカに次いで、世界第3位の二酸化炭素排出国家となるという。

もちろんこの焼き畑では膨大な噴煙も発生させており、隣国マレーシアやシンガポールに深刻なダメージを与えている。

世界に広がったAPPバッシング

多くの科学者や環境保護活動家たちは、この問題をかなり以前から訴え続けていた。世界中から研究者や活動家がインドネシア入りし、森林伐採の実態を調査。開発によって森から追い出される原住民たちを組織し、反対運動を繰り広げた。

しかし、政府やグローバル資本という圧倒的なバックをもつ同社には敵うはずもなく、多くの死傷者・行方不明者を出し、事態は悪化の一途。

だが、インターネットとSNSの登場が、その流れを大きく変えた。


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世界自然保護基金(WWF)とグリーンピースという世界的に影響力をもつ環境保護団体がこの問題を重点的に取り上げ始め、インターネットを使って世界規模のキャンペーンを打ち始める。

APP及びシナルマス・グループ会社と取引のある企業を徹底的に叩き、不買運動を展開。融資を行う金融機関や投資家たちにも、APPと関わることへの危険性を警告した。そしてこの問題をより多くの人々に知ってもらうために、あえて目立つ会社を標的に選び、不買運動を世界に拡散させた。

バービー人形で知られるマッテル社は、バービーの梱包箱にAPPの紙が使われているという理由で激しく糾弾され、不買運動を仕掛けられた。

また、P&Gはシャンプーなどの原材料にシナルマス企業のパームオイルが使われていることで、こちらもネガティブ・キャンペーンの標的となった。


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世界的な不買運動は功を奏し、マテル、P&Gをはじめ、ネスレ、ユニリーバ、ダノン、レゴ、ナショナルジオグラフィックなど100社以上の企業が、APPとの取引を停止せざるを得ない状況にまでになった。

APPの変化の兆し

これにより多大な経済的損失をうけ、社会的信用をも失ったAPPとシナルマスは、2013年2月に森林保護方針と自然林伐採ゼロの誓約を発表。これまで行ってきた森林破壊への反省と、未来に向けた企業活動の指針を定めた。

また、第3者機関による監視を受け入れ、グリーンピース、WWFといったステークホルダーとも共同歩調をとることを決意。すべては解決へ向かうかと思われた。

だが、この問題は“きれいごと”では済まされない事情ももつ。インドネシアは製紙産業を国家の5大基盤産業のひとつと位置付け、製紙産業では世界トップシェア獲得を国家目標としている。そのためにこれまでシナルマスとAPPには、様々な政府からの支援があったわけだ。

数少ない“売上1兆円企業”であるAPPには、これまで通りの成長を続けてもらわないと国家としても困る。そんななか、法を曲解し、誓約の目をかいくぐる森林伐採が横行。インドネシアの森林は原則国有林であり、役人のさじ加減ひとつで自由に扱える。企業トップと現場レベル、そして各州政府間での言動の乖離が目立ち始め、混乱は続いた。

インドネシアの問題から世界の問題へ

そこに救いの手を差し伸べたのが、国連だ。折しもパン・ギムン国連事務総長は、自らが提唱した気候変動問題に対するイニシアチブにおいて、インドネシアを最重要国家として位置づけた。

NYでの気候変動サミット開催直前にもインドネシアを訪れ、政府首脳や経済界の重鎮と会談。また同国の教育界首脳とも会合を開き、国家規模での環境教育の推進を図ることを確認。

その後バリ島にある環境・社会問題に特化した学校グリーンスクールを訪問し、REDD+(途上国における森林減少と森林劣化からの排出削減並びに森林保全、持続可能な森林管理、森林炭素蓄積の増強)プログラムとグリーンスクールの協働を仲介。国連のバックアップの下、インドネシア中の学校で環境問題に関する授業を行うことが決定した。

インドネシアが経済成長と同時に環境保全を実現させるモデル国家として、世界の新興国をリードすることの意義は非常に大きいだろう。

APP会長をサミットに招き、世界が注目するなかで『森林に関するニューヨーク宣言』に署名するようパン・ギムンが図ったのも、もちろん国連とインドネシア政府との共同歩調の確認があってのことだ。

またシナルマスは、ジャカルタ郊外に現在も建設が進む新興都市BSD内にある同グループ幹部社員の子弟向け学校Sinarmas World Academyにおいて、ICT教育を促進し、いち早くペーパーレス教育の実験を始めた。

APPが大きな生産拠点をもつ中国との結びつきも一層強化され、北京大学をはじめ、中国トップクラスの大学との関係強化も打ち出された。大きな社会問題になりつつある環境問題に取り組まざるを得ない中国での大規模な環境改善事業開始に向けて、環境規制などに大きな決定権を持つ国連や政府機関、様々な研究機関やNGOなどに同校から多くの人材を送り込もうと狙う。


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かつては環境破壊の代名詞ともされて、世界に悪名を轟かせたAPPとシナルマス・グループは、環境・気候変動問題をリードする存在になれるだろうか。

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