「刑事ドラマ」の本庁と所轄のバトルはウソ? 元警察官僚の弁護士が語る「捜査本部」

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2015年03月07日 12:51  弁護士ドットコム

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「捜査本部」の張り紙が貼られた会議室の中に、ずらりと並ぶ捜査員たち。捜査をめぐって白熱する議論、上司と部下の対立。そんなシーンを刑事ドラマや小説で目にした人も多いだろう。では、現実の捜査本部はどうなっているのだろうか。警察官僚・警視庁刑事としての経歴をもつ澤井康生弁護士に、その実態や自身の体験談を聞いた。(取材・構成/具志堅浩二)


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●キャリア官僚とのバトルはありえない


特別捜査本部が設置されるのは、殺人や強盗傷害、放火など、重大で凶悪な事件が発生したときだ。「被疑者の早期検挙・治安維持に向け、戦力を集中的に投入するために発足します」と澤井さんは語る。重大で凶悪な事件ではない場合でも、複数の地域で連続して窃盗が発生したときなどは共同捜査本部というものが設置されることもあるという。



捜査本部は、原則として、事件が起きた土地を所轄する警察署の中に置かれる。事件にもよるが、メンバーはだいたい30〜40人ほどだ。各都道府県の警察本部からやってきた捜査員と、所轄署から選ばれた捜査員で構成されるそうだ。



所轄署からの捜査員には、実力的に二番手クラスの人が選ばれる傾向があるという。なぜ、最も優秀な人材を投入しないのか。澤井さんは「エース級の人材が捜査本部に取られると、所轄署の本来業務に支障がでるため」と実態を説明する。所轄署の通常業務とのバランスも大切とのことだ。



捜査本部の実質的なトップは、都道府県警本部から来た管理官が担う。「刑事ドラマでは、捜査の経験がないキャリア官僚が管理官になり、やりたい放題やって現場と対立する、というストーリーがたまにありますが、現実にはあり得ません。管理官は、捜査経験の豊富なベテランが務めます」(澤井さん)。



管理官に求められるのは「事件の筋読み」の能力だ。たとえば、殺人なら怨恨、物盗り、通り魔殺人、快楽殺人など、いくつかの種類がある。捜査の初期段階の限られた情報をもとに、事件の筋をどう読み、捜査方針を決定するのか。豊富な捜査経験がないとできない仕事だ。



澤井さんによると、現実の捜査本部でも、意見の対立は皆無ではないらしい。だが、最終的に管理官が判断し、命令すれば、事は収まるという。澤井さんは「軍隊と同じく警察は階級社会なので、上から命令されれば従うことになります」と語る。



●情報を聞き出すために、さまざまな角度から質問


澤井さんは、警察時代に、いくつかの事件の捜査本部に加わった経験を持つ。「捜査本部に行くことが決まると、いつもとは異なる重大事件なので、身が引き締まる思いがしました」と振り返る。



その一つが、暴力団員による殺人事件で発足した捜査本部だ。ある暴力団員が殺人を犯した事件で、このときは警視庁内に設置された。



捜査本部が立ち上がった当初は多忙で、家に帰れない日が何日か続く。捜査本部で活動しても「捜査本部手当」などのような特別の報酬はなく、通常業務と同じ扱いだ。「『被害者の無念を晴らし、治安を回復する』という目標意識がモチベーションの源で、捜査本部全体でも、この目標意識の共有が重要です」と澤井さんは強調する。



各捜査員は、地取り(じどり:犯行現場周辺の調査)、鑑取り(かんどり:被疑者の人間関係についての調査)など、担当に分かれて捜査に当たる。



澤井さんも、目撃者を捜すために聞き込み調査を担当したが、ここで、必要な情報を聞き出すことの難しさを思い知らされたという。「ただ、『怪しい人はいませんでしたか』と聞くだけでは、なかなか有力な情報が得られません」。



大切なのは、さまざまな角度から質問を行うことだという。澤井さんは「たとえば、『早歩きの人は?』『服装と荷物がアンバランスな人は?』『いつもは見ない人がいませんでしたか?』など、質問の角度を変えると、相手からは『あ、そういえば・・・』と有益な情報が出やすくなります」とテクニックを語る。



しかし、事件によっては、捜査が長期化することもある。その場合、捜査本部はだんだん規模が小さくなり、残った捜査員が継続捜査にあたる。捜査員は、遺族に会ったり、事件のチラシを遺族と配布したりしながら、被害者の無念を思い起こしつつ、地道に捜査を続けるという。



●捜査本部の「組織運営手法」を弁護士活動にも活かす


いまは弁護士として活躍中の澤井さん。警察時代に学んだことは、弁護士活動にも生かされているそうだ。



たとえば、証拠の見つけ方だ。刑事事件だけでなく、民事事件や家事事件でも、物的証拠の入手および確保が重要になる。「契約不履行に基づく損害賠償請求では『契約書の確保』がまず重要になりますが、仮に契約書を作成していない場合でも、それに代わるメモや手控え、メールのやり取りなどの状況証拠を集めることで契約の成立を立証していきます」と語る。



依頼者との打ち合わせでも、必要な情報を聞き出す際、警察の聞き込み捜査のように、さまざまな角度から質問を行うという。「いろんな角度から質問を行うことで弁護士として必要な情報を収集することができます。さらに依頼者にブレがないか、本当のことを言っているのか確認することができます」



また、「聞き出した内容が本当か否かの裏付けの確認においても、警察時代の裏づけ捜査の経験が生きています」と語る。ほかにも、複数の弁護士で弁護を担当する場合は、目標意識の共有や情報収集、役割分担などの面で、捜査本部の組織運営手法を応用しているそうだ。



刑事事件で弁護を担当するということは、以前自分が所属していた警察組織と逆の立場に立つことになる。複雑な思いを抱えているのではないかと思ったが、澤井さんは意に介さない。「警察の仕事も、弁護士の仕事も、真実を明らかにして裁判所に対して適正な法の適用を求める点では同じですから」


※澤井弁護士の動画はこちら。


https://www.youtube.com/watch?v=1MyPlLOpn1I




(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。弁護士でありながらMBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も兼任するなど幅広い分野で活躍。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:弁護士法人 海星事務所
事務所URL:http://www.kaisei-gr.jp/



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