努力報酬、副業歓迎ーーイケダハヤト流「21世紀の報酬スタイル」弁護士はどう見る?

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2015年08月09日 10:51  弁護士ドットコム

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「まだ昭和の賃金体系で働いてるの?」。有名ブロガーのイケダハヤトさんが、自身のブログで、こんな刺激的なタイトルを使って、自身が考える理想の賃金体系を「21世紀の報酬スタイル」として披露した。自身の事務所で採用しているスタイルがベースになっているという。


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ブログによると、「21世紀の報酬スタイル」は、ライフステージや状況に合わせて最低限暮らしていけるだけの「生活保障賃金」を支給したうえで、成果と努力の双方を考慮した「フレキシブルな成果・努力報酬」を支払う。さらに、「働き過ぎを防ぐ労働時間規制」を導入して、過労による労働効率の低下を防止。事務所の経営が成り立たなくなってもやっていけるように、「副業を大歓迎」し、本人のレベルアップにもつなげる狙いだ。



イケダさん独自の考え方だが、この「21世紀の報酬スタイル」に参考になる点はあるのだろうか。また、多くの企業で実現する可能性はあるのだろうか。企業労働法にくわしい倉重公太朗弁護士に聞いた。



●意図は十分理解できるし、理想的だが・・・


「イケダハヤト氏の狙いとする報酬スタイルは、被雇用者のライフステージや状況に合わせて、最低限、支払う金額を決めています。つまり、一定額はある程度、病気になっても保証する一方、本人の努力も加味し、成果に応じて報酬を上乗せするというものです。さらに、稼ぎたければ副業もかまわない、というもののようです。



終身雇用・年功序列といういわゆる日本型賃金体系の限界が叫ばれる中、イケダ氏の意図するところは十分理解できるし、そのような運用が上手くいけば、理想的であるとさえ言えるでしょう」



この理想は、一般の企業で現実のものになる可能性はあるのだろうか。



「残念ながら、一般の企業が導入するのは、少なくとも現行の労働法の下では、リスクが大きすぎると言わざるをえません。



第一に、イケダ氏のように、副業完全OK、場所・時間も拘束せず、仕事を受ける・受けないの自由もある、ということができる企業は少ないでしょう。おそらくイケダ氏の事務所では、アシスタントとの契約は、労働契約ではなく、業務委託の形式を取っているのではないでしょうか。一般の企業で導入した場合、ある程度の業務指示をせざるを得ず、業務委託の域を超えて指揮命令を行った場合は、『偽装請負』とされるリスクがあります。



実質は、雇用契約の関係なのに、それを業務委託という形で偽装していると疑われてしまうのです。雇用保険・労災保険・年金などの社会保障も、どのような形式になっているのかが気になるところですね」



●現行労働法の下では「多大なリスク」あり


イケダ氏の提唱する「生活保障賃金」についてはどう考えればいいだろうか。



「イケダ氏は、アシスタントの必要な分を『10万』『7万』『15万』など例示して、これらを『生活保障賃金』として支払うということを書いています。適正な業務委託であれば構わないのですが、仮に労働契約であると判断される場合、労働時間によっては、最低賃金法違反が問題となります。



つまり、各都道府県や業種別に定められた最低時給というものがあり、これを下回ると違法になるのです。ちなみに、高知県の2014年度最低賃金は時給677円。2015年度改定においては693円になる見込みです。



また、労働契約であるならば、労働基準法の適用があります。労基法上は、成果が上がらなくとも、1日8時間・週40時間を超えて働いたり、休日・深夜に働いた場合には割増賃金を払わなければなりませんので、残業を行った場合の各種割増賃金についても懸念されます。これらが支払われていない場合は、労働基準法違反であるとの主張を受けるでしょう」



成果しだいで報酬が上がるのであれば、魅力的ではないのだろうか。



「この成果報酬査定も、一般企業で運用するには、いろいろと問題があります。イケダ氏によれば、努力や成果などを主観的に判断して決めるとのことです。しかし、これは氏のように、アシスタントから『ちゃんと見て貰えている』という信頼関係があり、本人が納得している場合でないと成り立たないでしょう。



もし、一般の企業で同じようにやろうとした場合、そもそも、評価基準は何なのか、評価者によって結論が変わらないか、好き嫌いで評価をしていないかといった心配があります。労使関係が悪化すれば、被雇用者から、成果報酬の査定が違法で『人事権の濫用だ』と訴えられるケースが想定されます。



成果報酬制度については、



(1)成果基準が公開されており、その内容が合理的であること


(2)評価方法が公平であること


(3)不服申立手続を備えていること


(4)減額幅の制限があること



といった点について、裁判で問われるケースが多いのが現状です。あまりに恣意的な制度であると『人事権の濫用』と言われるのです。イケダ氏の制度を一般企業が導入することは、現行労働法の下においては、多大なるリスクがつきまとうと言わざるをえません」



●「時給に縛られた働き方をすべきではない」の理念には共感


理想はあくまで理想で終わるということだろうか。



「繰り返しですが、イケダ氏の理念を批判するつもりは一切ありません。むしろ、『時給に縛られた働き方をすべきでない』というイケダ氏の提唱する理念は、個人的にはうなずけます。



終身雇用・年功序列型の日本的賃金構造が破綻しつつあるのもまた事実です。今国会の成立は断念したようですが、労働基準法改正により、時間に縛られず、成果によって報酬を支払う働き方(高度プロフェッショナル制度)の導入も控えており、旧来的な賃金体系からの脱却が検討されはじめています。



労働者の生活の安定と成果に併せた報酬支払いの方法を、どのように導入していくのか。今後10年・20年先を見据えた日本の労働政策における課題でしょうね。長時間労働や低賃金酷使の予防など、ブラック企業の規制をしつつ、労働生産性を上げるにはどうしたらよいか、検討すべきでしょう」



倉重弁護士はこのように話していた。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
倉重 公太朗(くらしげ・こうたろう)弁護士
慶應義塾大学経済学部卒業。第一東京弁護士会所属、第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、経営法曹会議会員、日本CSR普及協会労働専門委員。労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催。
事務所名:安西法律事務所


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