安倍談話の「中道シフト」はホンモノか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2015年08月18日 11:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 ニューヨーク・タイムズが "keenly awaited"(強い関心と共に待たれていた)と表現していた安倍首相の「戦後70年談話」ですが、私は「上出来」だと思いました。何よりもこの談話に期待されていた内容、つまり「4月の首相訪米以来の日米の良好なムードに水を差さない」、「9月以降の日米による中国との関係改善外交を妨害しない」、「日韓相互の関係改善模索外交に新たな障害を作らない」という3点がカバーされていたことは評価できます。


 談話そのものについては、エコノミストの吉崎達彦氏がブログ『溜池通信』の中で以下のような評価をしていますが、私はこれにほぼ同意します。


「これが閣議決定されたことで、向こう10年くらいは右の側から歴史認識問題で現状に挑戦する人は現われなくなる」


「これで日本国首相の歴史認識は『村山談話(1995年)と安倍談話(2015年)の中間のどこかにある』ということになり、それは『国際社会として許容範囲』」


 その通りだと思います。特に枢軸国として第二次大戦へ参戦した歴史が、いかに「誤りであったか」を叙述した部分は、戦後日本の「国のかたち」の根幹をなす価値観をかなり正確に反映しており、国際社会として「許容範囲」どころか、胸を張ってもいいレベルになっていると思います。


 この「談話」は安倍政権の「中道シフト」に他なりません。「中道シフト」というのは、アメリカではよくある話です。例えば、1993年にビル・クリントンが大統領に就任した際には「ベトナム反戦の運動を行った人物が軍の最高司令官になるのには反対」という声が軍部などから起きました。ですが、就任後のクリントンはイデオロギー的な言動で、軍の実務的な運営に支障を来すようなことはありませんでした。これは「左から中道へのシフト」と言えます。


 一方で、保守派の政治家であったジョージ・W・ブッシュ大統領は、イラク戦争が膠着状態となって世論の批判を浴び、2006年の中間選挙に大敗した後は国防長官を更迭して穏健な政権運営にシフトしました。さらには政権末期の2008年に「リーマン・ショック」が発生すると、共和党の党是である「小さな政府論」をかなぐり捨てて、公的資金の注入を含めた金融システムの防衛を躊躇なく進めました。これは「右から中道へのシフト」と言っていいでしょう。


 では、この安倍政権の「中道シフト」はホンモノなのでしょうか?


 当面はそうだと思います。何よりも中国経済の動揺によって世界経済が影響を受けそうな情勢下、アメリカと共に、中国との関係を改善していかなくてはなりません。また、4〜6月期のGDPが「年率換算でマイナス1.6%」という厳しい数字を受けて、より生産性の向上と産業構造のシフトをしなくてはならないという点は、9月以降の政局の中心テーマになると思うからです。


 さらに言えば、アメリカの連銀が利上げを見送るようですと、円高圧力が高まる中「流動性供給からの出口戦略」が見えなくなる危険、さらには2017年の消費税率アップをどう成功させるかといった課題もあり、イデオロギーで国論を分裂させているヒマはないと思います。政権にとって「中道シフト」というのは、当然過ぎるほど当然のことだと思います。


 1つだけ気になるのは、「退任後の変節」です。ここ数十年、総理経験者が官邸で指揮を取っている時には「現実と向き合っていた」にも関わらず、退任後は「一方的なイデオロギーの発信」に逆戻りしてしまう例が余りにも多いからです。


 安倍首相自身にしても、第一次政権の際にはワシントンで「歴史修正主義者ではない」ことを必死に弁明しておきながら、一旦退任した後は相当に右のイデオローグ的な言動に逆戻りしています。


 今回はこれで「中道シフト」して、仮に2018年まで「完走」できたとしても、あるいはそれ以前に退任したとしても、官邸を離れた後に再び偏ったイデオロギーの発信を再開し、例えば自身が発表した「談話」の精神を自分でダメにするというような可能性はゼロではありません。


 先の話になりますが、それだけは避けていただきたいと思います。タダでさえ「軽く」なっている「総理経験者」の重みが、それでは、本当に吹けば飛ぶようなものになってしまうからです。



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  • 安倍談話の核心は私は謝罪しませんよ、これからも謝罪はありませんよ、に集約される。中道シフトか、どうかの答えは、一言で言えば「極右隠し」。
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