白紙になったインドネシア高速鉄道計画 …問題視される「ジャワ島偏重」

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2015年09月06日 22:10  FUTURUS

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FUTURUS(フトゥールス)

去年から今年にかけて、インドネシアの高速鉄道計画が大きな話題になった。

新幹線の国外輸出事業は、ここ最近加熱している。その中でも2億5000万もの人口を誇るインドネシアでの新幹線開通は、日本の財界人の夢だった。

だがその夢は、「事業そのものの見直し」という結末によりあっけなく砕かれてしまう。ビジネスマンたちの落胆ぶりは、普段からインドネシアに接している筆者にもよく伝わっている。

この計画は、日本と中国が受注を争っていたことでも有名だった。日本側が円借款の金利を1パーセント未満にしたかと思えば、中国側がジャカルタで高速鉄道イベントを仕掛けてくる。日中の鉄道会社の重役がインドネシアのメディアに登場し、自国の高速鉄道がいかに優れているかをアピールする。

その様子は、まるでレスリングだった。バックを取られたらスイッチをかけて逆にバックを取り返す。タックルに来た相手をがぶり、リバースネルソンで引っくり返す。だが両者が持てる力を費やせば費やすほど、試合は長引いていった。

結局、その試合はレフェリーが止めたのだ。

「日尼の架け橋」の退場

新幹線の輸出計画の鍵を握っていると言われたのは、前貿易大臣のラフマット・ゴーベル氏だった。

ゴーベル氏は現政権内の知日派だった。中央大学の卒業生で、松下電器でビジネスマンとしての修行を積んでいた時代もある。去年10月のジョコ・ウィドド大統領就任から今に至るまで、インドネシア共和国貿易大臣として3度も来日している。ゴーベル氏は、日系財界人にとっての「窓口」であり「パイプ」だったのだ。

高速鉄道計画に対しても、日本の新幹線を推すようにと地方自治体の首長に呼びかけていた。

ところが、そんなゴーベル氏は8月に貿易相を辞任した。内閣改造の際に、続投の声がかからなかったのだ。これは明らかに引責辞任だった。実はインドネシアでは、7月から8月にかけて「牛肉ショック」というものがあった。牛肉の価格が、地域にもよるが30〜40パーセントほど高騰してしまったのだ。中には50パーセントアップという都市もある。

もっとも、この国の場合はラマダン明けに牛肉価格が高くなる。それ自体は毎年の出来事だ。だが今回は、そんな牛肉価格が時期を過ぎても高止まりしている。インドネシア政府が、オーストラリアからの牛の輸入枠を厳格化したからだ。

インドネシアとオーストラリアの外交関係は、はっきり言って険悪である。今年に入ってからもオーストラリア人死刑囚の恩赦を巡って、両国の首脳が対立した。しかもオーストラリアの現首相は、「失言の多いヘビー級ボクサー」として知られるトニー・アボット氏だ。

「インドネシアは、スマトラ地震の時にオーストラリアから受けた恩を忘れたのか!」

アボット氏の余計な一言は、インドネシア市民の怒りを買った。

ところが現実問題として、インドネシアの食料事情はオーストラリアに大きく依存している。かつては東南アジアの穀倉地帯として知られてきたインドネシアだが、今や自国のみで食料を賄うことはできない。肉にしろ穀物にしろ、世界有数の農業国オーストラリアに頼っている状態だ。

にもかかわらず、インドネシアは無謀をやらかしてしまった。そして食用牛の輸入枠の大幅縮小という決定を出したのは、他でもないゴーベル氏なのだ。

中国側のPR活動

そのような経緯で、閣僚随一の知日派は政界を去った。

このことは日本の鉄道関係者に、大きなショックをもたらした。だが中国側にとっては日本を蹴落とすチャンスである。「待ってました」とばかりに、ジャカルタで高速鉄道計画をPRするイベントを催した。

日本の鉄道企業は「新幹線の安全性」を第一にアピールするが、それは中国も同じである。2011年7月に温州市で発生した高速鉄道の衝突事故は、対外セールスに大きな悪影響を及ぼした。「あの国の高速鉄道は大丈夫なのか?」。中国側は、そのような悪評を払拭したい。

ちなみに筆者は、例の事故があったちょうどその時杭州にいた。しかも事故車両に乗る予定だったのだ。その頃はアテのない放浪をしていて、バックパックを背負いあちこちをカラスのようにさまよっていた。高速鉄道よりも長距離バスの方が料金が安かったから、乗るのを諦めたというだけのことだ。もしそうでなかったら、筆者はこうして記事を書いていなかった。

話は脱線したが、そのような理由で中国側は「安全な高速鉄道」の宣伝に必死だ。「我が国の高速鉄道は、例の事故で露呈した問題点を完璧に改善しました。そうしつつも安い工費で素早い建設が可能です」。総括すれば、これが中国側の宣伝文句である。

だが結果的に、この文句も現政権の閣僚全員を説得することができなかった。かといって、日本側の新幹線計画を積極的に支持する者が多数に上ったというわけでもない。インドネシアの政治家の多くは、こう考えている。

「日中どちらの高速鉄道を選ぶにしろ、莫大な額のカネが必要になる。そのカネでジャワ島以外のインフラを整備できないのか」

この意見は、確かに正論だ。

ジャワ島以外でのインフラ整備

高速鉄道は魅力的だ。だが政治家は、一般市民の持つ票から選ばれている。そしてここで言う「一般市民」とは、ジャワ島の都市部に住まう人間だけを指してはいない。

インドネシアという国の素晴らしい点は、「ジャカルタ市民も地方の少数民族も、同等の政治的権利が保証されている」ということだ。ミャンマーのロヒンギャ族のように、国民としての権利が一切認められていない少数コミュニティーは存在しない。だからといって差別や現実的な苦難がないというわけではないが、少なくとも法律の上では誰しもが選挙権を有している。

なのになぜ、ジャワ島にばかり特殊なインフラが次々と整備されるのだろうか。これはジャワ偏重主義ではないのか。そのような声が出るのは当然である。

だからこそ現大統領のジョコ・ウィドド氏、そして去年の選挙で対立候補だったプラボウォ・スビアント氏も、公約に「地方間格差の是正」を掲げていた。公約を途中で投げ出してしまうわけにはいかない。ジョコ氏は来日の際の講演で、「ジャワ島以外の投資の可能性」を積極的に訴えていた。実はこの部分に、日本の財界人との「焦点のズレ」がある。

だから、インドネシア政府はこう言った。

「計画されているジャカルタ〜バンドゥン間は、300キロオーバーの高速鉄道を走らせるにはあまりに距離が短い。本当なら200キロ程度で充分だ。我が国は中速鉄道の重要性を優先する」

高速鉄道を諦め中速鉄道にすれば、工費を大幅に安くできるだろうという打算だ。となると、線路をわざわざ新設する必要性もなくなるかもしれない。実際に今走っている長距離鉄道は、数年前よりも移動時間が短くなった。動力車の性能がアップし、速度が上がったためだ。

以上が、此度の高速鉄道計画見直しの内情である。

【画像】

※ hxdyl / Victor Maschek – Shutterstock

このニュースに関するつぶやき

  • スマトラの恩を忘れちゃダメでしょ… 国内業者の保護とかなのかな? 何回か国内で大虐殺してるろくでもないイスラム国家だからな。 東南アジアはこれだから…
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