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2016年3月9日は皆既日食の日。観光業 「天体ドラマ」で地方活性化へ

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2015年11月05日 21:00  FUTURUS

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2016年3月9日は何の日か、皆さんはご存知だろうか?

皆既日食が観測される日である。場所はインドネシア。しかも首都ジャカルタから離れた都市の上空に皆既日食帯が通過する。

現地の報道を見ても、日食の話題が最近ちらほらと出ている。だが実を言うと、インドネシアでは日本ほど日食が騒がれない。

この国では33年ぶりの日食観測というにもかかわらず、だ。どうもインドネシアの人々は、こうした珍しい自然現象に一喜一憂するということはあまりしないらしい。皆既日食のことも「知らない」という人が多いくらいだ。

しかしそれでも、現地の観光関係者にとっては一大イベントである。

日食は不吉?

インドネシアは今でこそ国民のほとんどが一神教、すなわちイスラム教やキリスト教を信仰しているが、600年ほど前まではアニミズムの国だった。

アニミズムとは、すべてのものに人格的霊魂が宿っているという宗教概念である。その影響は今でも色濃くあり、インドネシアでは今も幽霊を信じる人が非常に多い。

一神教の概念に幽霊など存在しない。だがアニミズムはそのような信仰上の矛盾を人々に受け入れさせてしまうほど、粘り強い概念なのだ。

そうした人々が日食を見たら、どう思うだろうか?  「精霊がお怒りになった!」とパニックを起こす。

現に33年前、一部の地域でそういうことがあったと聞く。もちろん今現在のジャワ島市民はそうはならないが、それでも「日食は不吉なもの」という考えを心のどこかに持っている人も少なからず存在するようだ。

80年代には、そういう市民が現在より多くいたことは間違いない。それに加え1983年の皆既日食は、人類史に残るほどの劇的な日食だった。

というのも、皆既日食帯が世界遺産ボロブドゥールのある地域に接近したのである。これは当時、NHKが番組制作のためにその様子を撮影した。

現場にいた人たちは、世界最大の仏教遺跡と皆既日食のコラボレーションという、稀有な瞬間を目撃したのだ。これ以上の幸運はない。

だが、当時と今が違うのは、「日食を観光業活性化につなげよう」という意識があるかないかである。

格差是正の切り札

インドネシア政府は、観光PRに力を入れている。

観光当局が打ち出した『Wonderful Indonesia』キャンペーンのポスターは、インドネシアの周辺諸国でもよく見られるようになった。シンガポールの地下鉄車両にも広告料を払い、まるまる一両このキャンペーンのポスターで埋め尽くすという手段にも出ている。

しかも好都合なことに、2016年の皆既日食帯はインドネシアにしか通らない上に、ジャワ島から離れた地域での観測になる。ジャカルタでも日食は見られるが、それは部分日食だ。

なぜ、地方部での皆既日食が“好都合”なのか?

インドネシア政府は、地方部への富の分散を目論んでいるからだ。たとえば先日日本でも報道されたインドネシア高速鉄道計画は、最終的に中国案が採用された。

これはインドネシア政府が、国庫を高速鉄道に投じたくないという理由が一端としてある。もっと詳しく言えば、「ジャワ島とバリ島以外の地域に国庫を使いたい」ということだ。

要は地方格差是正である。それは観光分野でも同じだ。インドネシアへの観光といえば、今まではバリ島とジョグジャカルタにほぼ一極集中していた。インドネシア政府はそれを分散させたい。

その視点で見れば、皆既日食は願ってもない好機だ。

何しろ皆既日食帯の下に位置する都市はスマトラ島パレンバン、カリマンタン島パランカラヤとバリックパパン、スラウェシ島のパレ、そしてマルク諸島に位置するテルナテ。パレンバンやバリックパパンならば、資源関係の会社の駐在員には馴染みの町かもしれない。

だがそれ以外の所はお世辞にも“外国人が行きたがる場所”とは言えない。

それが皆既日食という、ほんの3分も続かない天体現象のおかげで状況が変わるのだ。これほどありがたい話はない。

幻の香辛料王国

さて、来年の皆既日食帯が通る都市の中で筆者のオススメは、テルナテである。

16世紀、テルナテはヨーロッパ諸国にとっての“宝石箱”だった。というのも、マルク諸島は香辛料の一大産地であり、テルナテはその中心地だったからだ。古代ローマ帝国があった時代から、マルク諸島ははるばるヨーロッパまで香辛料を供給していた。現代人には想像のつかないほど壮大なスケール感である。

もちろん、当時の香辛料は現代のように簡単に買えるものではない。ヨーロッパでは、ナツメグやクローブなどは貴金属と交換していた。ヴァスコ・ダ・ガマが命がけでインド航路を開拓した目的は、香辛料貿易のルートを確保するためである。

だからテルナテには早くからヨーロッパの文化が上陸した。あのフランシスコ・ザビエルも、このテルナテで福音宣教を行っていた。ザビエルが日本にやって来たのは、そのあとのことだ。

テルナテは観光地化されているとは言い難い場所だが、それでも訪れてみる価値は充分にある“歴史都市”だ。

そのような町で2016年3月9日を迎えられるとするならば、それはやはり滅多にない幸運である。

そして筆者も気がつけば、スケジュール帳とにらめっこしているのだ。

【参考・画像】

※ 2016年の皆既日食 「地方観光促進の機会に」 国内外の天体愛好者ら誘致(じゃかるた新聞)

※ matteobedendo / Shutterstock

※ chikaphotograph / PIXTA

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