中台密談で歴史問題対日共闘――馬英九は心を売るのか?

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2015年11月11日 19:21  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 7日の中台トップ非公開会談で、台湾の馬英九総統(国民党)が歴史問題に関し対日共闘を誓っていた。9月3日の軍事パレード前夜、国民党の連戦元主席と中国の習近平国家主席の会談でも約束。馬氏は心を売るのか?真実を訴えるのか?習氏の対日包囲大戦略は?


馬氏は北京政府に心を売るつもりか?


 11月9日、台湾の行政院大陸委員会が、7日に行われた馬習会談(馬英九・習近平会談)の中の、報道陣に非公開で行われた、いわゆる「密談」の部分をネット公開した。馬習会談は冒頭部分を報道陣に公開し、その後はドアを閉じて密室会談を行っている。本来なら、報道陣に非公開なので、道義上、30年ほど後ならばいざ知らず、すぐにネット公開すること自体、問題があるが、われわれとしては中台のゆくえと習近平の魂胆が読めるだけに、ありがたいのはありがたい。


 そこで、馬氏が習氏に密室で語った歴史問題の関連部分だけを、まずは忠実に日本語訳する。


――歴史文化部分に関してですが、習先生が2カ月前に提案なさった抗日戦争の歴史資料を共有し、ともに抗日戦争史を描いていこうという建議に対して、われわれは開放的な態度を保っています。そして「対等互恵、档案(ダンアン)(ファイルとか資料のこと)公開、禁区を設けない、自由に研究する」という4つの原則のもとに民間の共同作業を行いたいと思っています。われわれは、双方が誠実に歴史を直視し、両岸人民の距離を近づけ、共同の歴史記憶を構築し、両岸関係の平和的発展を願っています。


 馬氏が「習先生が2カ月前に提案した」と言っているのは、今年9月1日に台湾国民党の元主席だった連戦氏が、人民大会堂で習近平氏と会談したときのことを指す。


 連戦は9月3日に天安門広場で行われる抗日戦争70周年記念の軍事パレードに参加するために8月末から北京入りしていた。そして9月1日に人民大会堂で習近平氏と対談したのだが、そのときに習近平氏は、「中台共同で抗日戦争史を描いていこうではないか」と提案している。


 連戦氏に呼びかけるときに、習近平氏は台湾の学者たちが「習近平の講話」に関する解説を行っていることに触れた。


「習近平の講話」とは、今年7月30日に開催された中国共産党中央委員会(中共中央)政治局の第25回集団学習において話した「抗日戦争史に関する客観的研究を徹底して深めていかなければならない」という講話のことだ。


 この講話の中で、習近平氏は「当時の資料や証言者、物証などを徹底して集めること」や「両岸(中台)の歴史学者が史料を共有し、ともに抗日戦争史を描いていくこと」などを強調している。さらに「中華民族が極悪非道の日本軍と戦った歴史を、世界反ファシスト戦争勝利の中に克明に刻んでいかなければならない」という趣旨の主張を何度もしている。


 7月30日の講話を受けて、9月1日に「連戦・習近平会談(連習会談と称する)」で、習近平氏は中台が共同して抗日戦争史を描いていこうと、連戦氏に呼びかけたわけだ。


 この「連習会談」における習氏の話を受けて、11月7日に、馬氏は「習先生が2カ月前(9月1日)に提案なさった〜〜建議」と、台湾側から積極的に話を持ちかけたのである。それは当然、習近平氏の「中華民族の尊厳を共有した中台協力」という出発点を受けてのものだ。


 仮にもし、馬氏が、「抗日戦争において、蒋介石率いる国民党軍が正面戦場で日本軍と戦い、中共軍は国共合作を口実にして生き延び、日中戦争の間に勢力を拡大していった」という真実を語るのならば、それは歴史的に非常に有意義なことだ。


 しかしシンガポールのシャングリラホテルにおける7日の、あの満面の笑みの握手から見て、そのような真実を馬氏が語る勇気を持っているとは言い難い。


 これまで日中戦争の主戦場において戦ってきたのは国民党軍だとして、北京政府にものを言うことができた「台湾」は、もう消えたのか。蒋介石が毛筆の日記に綴ってきたあの無念を晴らしてあげるどころか、国民党軍自身をさえ裏切ろうとしている。


 少なくとも今の時点では、台湾国民党は中国共産党が書き換えてきた、日中戦争における中国共産党軍の役割を容認するつもりだろう。


 そのために、習近平氏はあの「歴史的握手」という演出を馬英九氏にプレゼントしたとしか思えない。


 来年の総統選のために馬英九氏は、日中戦争時における国民党軍の功績を矮小化し、事実を歪曲してまで、共産党軍を讃えるという卑屈を選ぼうとしている。


 民間の学者に任せると言っているから、せめて民間の学者が「御用学者」ではなく、良心を持った、真実を求める学者たちであることを祈らずにはいられない。「禁区を設けない」という提案を、忠実に守るか否か、それが分かれ目となる。


 それは台湾の分岐点であるとともに、日中関係の分岐点でもあることを、日本は心得ておかなければならない。


習近平の対日包囲大戦略


 習近平氏が韓国を抱き込み、そして台湾をも抱き込んで、何としても対日包囲を固め、国際社会において「日本軍の戦争犯罪」を共通認識に持ち込もうと大戦略を練っているというのに、日本の一部のメディアは何を見ているのか。中台トップ会談が初めて公けになった日に、日本の大手テレビ局は特定のチャイナ・ウォッチャーに「中国は南シナ海で緊張を招いているので、せめて台湾問題では融和策を取っているという柔らかい姿勢を世界に見せたいのでしょう」という趣旨のことを言わせ続け、そのコメントに基づいて中台トップ会談を位置づけ解説してきた。


 唖然とする、としか言いようがない。


 ここまで世界情勢が読めず、日本政府の耳に心地よい言葉だけを発信し続けることは、日本の国民を守ることにつながるのだろうか?


 それは結果的に日本の国益をさえ損ねるのではないのか?


 このようなことを繰り返しているから、日本外交は中国にしてやられるような失敗ばかりを重ねているのである。中国の戦略と外交を鋭く見抜く目を養い、勇気をもって真実を発信する姿勢を望みたい。


 なお、日中戦争において、中共軍が何をしたのかに関しては、11月13日に出版する『毛沢東 日本軍と共謀した男』に詳述した。中台の共同研究が拙著に書いてある真実を直視できることを切に望む。同時に日本国民もまた、中共が創った土俵で物を考えずに、そして中国が怒るのではないかなどと気を遣わずに、真実を見る勇気を持ってほしい。さもなければ、負のスパイラルを断つことはできず、日本はまたしても、気がつけば中国の思う壺にはまっているようなことになる。それだけは防ぎたい。


[執筆者]


遠藤 誉


1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。



遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)


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